ショート

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「何でいきなり逃げるわけ?逃げるようなことしてないよね?」


怒った口調に静雄は驚いた。何故臨也が怒るのかわからなかった。
「……あそこに居たくなかったから」
「何で?」
「何でって…」
言えるわけがない。新羅に嫉妬していたなんて、余計に気持ち悪がられる。
「シズちゃんさ、俺のこと好きなの?」
「っ…」
直球な言葉に引いていた熱が戻ってきた。
「て、てめっ…何言って」
「薬のせいなんでしょ?別に本当に好きなわけじゃないんだしさ」
言ってもいいのか、今なら薬のせいに出来るけど、後で後悔しないか?薬を飲まなくても俺は…
ふと握られていた手に視線が行った。静雄からは決して握ることはなかった。臨也が離せば自然と離れる。でも臨也は握ったままだ。
どうしてと、言いかけ口を閉じた。握られていた手に少しだけ力を入れ握り返し口を開いた。
「臨也が……すき」
空いている手の甲で口許を塞ぎ小さな声でそう言った。臨也に届くかわからないくらい小さな声で。
部屋には二人しかおらず、時計の針が動く音以外は静寂に包まれており、静雄の声は臨也の耳にちゃんと届いていた。
「そう、新羅の薬って効くんだ」
手を離し背を向けた臨也。そのままパソコンのある机まで歩く。
「効力が無くなるまでここに居て、俺は仕事するから」
「いざ…」
「テレビも見ていいし喉が渇いたら適当に漁って。ただし此処からは出ないで」
「……わかった」
急なことにそう言うしかなかった。言われた通りこの部屋からは出ず大人しくしていることにした。
ソファに座りテレビの電源を入れる。でも普段からあまり見ないのでただ点けているだけの状態。
暇だ。
横目で臨也を見るも本人は気付かずパソコンに熱中している。
せっかく喧嘩もせずに近くにいるのに…
段々乙女思考になっていることに気付き頭を振った。自分が惨めになるだけだ。
テレビに視線を持って行くと静雄の弟、幽が映っていた。いつもなら食い入るように見るのだが、今日はまともに聞くことが出来なかった。近くに臨也がいるだけなのに静雄の視線は幽に向くことはなかった。
「幽くん良く出るよね、テレビ点けたら大抵映ってる」
真横から声が聞こえ静雄は大袈裟に肩が跳ねた。

「そんなに驚く?ちょっと傷つくんだけど」
本心なのか嘘なのか、笑みを浮かべながらそう言った。
「悪い」
「別に謝らなくていいよ。ココア、飲むでしょ」
ココアの入ったカップを差し出された。さっきは勝手にしていいと言っていたのに。手にしたカップは熱く、湯気が上がっていた。
今は冷たくてよかったなと、渡されたカップを見ながら溜め息をついた。
「ホットは嫌だった?何だったら新しいの持ってくるけど」
「いや、これでいい」
心の中を読まれた。静雄は内心ビクビクしっぱなしだ。
「隣座るね」
「え…」
直ぐに仕事に戻ると思っていた臨也がソファに、しかも隣に座ってきた。
「仕事があるんじゃ」
「明日でも出来るから」
まだ怒ってる?
静雄の緊張はピークに達していた。臨也が座る瞬間、反射的に臨也との距離を空けてしまい気まずい雰囲気になってしまったのだ。
静雄の手が震える。
「シズちゃんもう一回言って」
「…何を?」
「俺のこと、どう思ってる?」
「っ、」
恥ずかしげもなく言ってくる臨也に静雄の方が戸惑ってしまう。だが臨也の目は真摯だった。
「さっきも言っただろっ」
「だからもう一回って言ったの」
聞かせて。
臨也が何を考えているのか、全く理解出来ない。ただからかっているだけなのかもしれない。今の静雄には追求するどころか臨也を見ることもままならない。
「シズちゃん、お願い」
「っ、だから、俺は」

臨也が好きだ。

「もう一回」
いい加減にしろと思い切り睨んだ。涙が溜まっているため全く迫力がない。今まで見たことのない臨也の笑みに力を抜き唇を動かした。
「…すき」
「もう一回」
「すき」
「もっと言って」
「っ、好き!」
「俺も」

「───……え」

最初何を言ったかわからなかった。
また言ってと強要するのかと思っていたから。
目を見開き顔を上げると、思ったより近い距離に臨也が居た。
「ねえ、キスしよっか」
「……はっ!?」
手に力が入り思わずカップが割れそうになる。なんとか堪えたが頭はパニックになったまま。
殆ど口をつけてなかったカップを取られ、空になったカップと隣に並べられた。
一気に距離を縮めて来た臨也に手持ち無沙汰になった両手で軽く肩を押した。それは臨也でも退かすことの出来るくらい弱い力。
「何で抵抗すんの」
「だって手前が変なこと言うから…!」
「キスのどこが変なのさ」
両手で頭を包み込み二人の距離はなくなった。
「…っ、」
最初は軽く触れるだけのキス、唇を嘗め、驚いた静雄は口を開きその隙に臨也の舌が入りこんだ。
口腔を好き勝手に貪り続ける。固く目を瞑れば感覚が敏感になり閉じたことを後悔した。ゾクゾクする感覚に力が抜けていくのが分かる。
臨也も悟ったのか、ゆっくりと後ろに押し倒される。
逃げ場がなくなり口づけは更に深いものに変わった。
「ん、っ……は」
「シズちゃん…」
合間に何回も名前を呼ばれる。それが嬉しくて背中に腕を回した。
「ぃざ、ゃ…」
甘ったるい声。もっと欲しい、そう思いを込めて。
それが通じたのか、優しかったキスは乱暴な、喰われてしまうのではないかというくらい熱く濃厚なものになった。
もう、どうにでもなれ。
静雄は自ら舌を絡めた。



カーテンの隙間から光りが差し込む。その眩しさに目が覚める。脳は睡眠を欲しているため寝返り布団の中に潜り込んだ。
「ん…」
眠りにつこうとすれば急に肩を抱かれ、引き寄せられ息苦しくなった。もがけば息は出来たが温かさが心地好く頭を擦りつけ離れることはしない。

「シズちゃんくすぐったいよ」
臨也の声にはっと目を開ける。顔を上げるとキスが出来るくらい近い距離に居て静雄の顔は真っ赤に染まった。
「身体大丈夫?一応手加減はしたつもりだけど」
「だ、だいじょうぶ」
肩を抱いたまま、一向に離す気配がない。目線を反らし答えるのがやっとだった。
「そ、よかった」
昨日から臨也が笑うことが多くなった。いつも笑ってはいたが、こんなに優しい目はしていなかった。
「俺、帰る」
「何で?まだ5時だよ?」
「仕事あるし、歩いて帰るから」
「ここから行けばいいよ。何なら運転もしてあげるよ」
「……いい」
臨也の運転姿が頭に浮かび返事が遅れた。

「────シズちゃん」

顔を捕まれ引き寄せられた。軽く触れるだけのキス、それだけで眩暈がしそうだった。
「まだ居てくれるよね?」
少し寂しそうな表情をされ気付いたら頷いていた。
結局はこの顔に弱い。いつも自信満々な顔が暗かったり寂しそうな表情をしているとつい手を伸ばしたくなる。そのせいか、喧嘩に発展するパターンが多い。
満足げな臨也に懐に戻され温もりを味わった。
「シズちゃん、仕事行く前に新羅の所にいこ」
「何で?」
「ちょっとね」
臨也が何か企んでいるようだったが気にしないことにした。
自然と瞼が閉じていき意識が遠退いていく。擦り寄れば頭を撫でてくれる。ずっとこのままがいい、何て思ってしまう自分に哀しくなった。
どうせ今だけなのだから。



「二人一緒なんて、まだ効いてるんだ」
「みたいだね」
朝早くにも関わらず招き入れてくれた新羅。セルティは仕事でまだ帰ってきていない。
三人分の珈琲を出すと静雄の前に砂糖とミルクを置いた。
「それで、わざわざ来るくらいなんだから何か言いたいことがあるんだろ?」
「俺達付き合うことにしたんだ」
「へーそうなんだ、…………え」
「ばッ、」
「ええぇぇえええェ!!!」
新羅の叫び声が部屋中に響き渡った。
静雄は顔を真っ赤にし何かを言おうとしたが上手く言葉にならない。
「ちょ、本気で言ってるのかい?」
「こんな嘘をわざわざ朝来て言ったりしないよ」
「そうだよね、二人一緒なことで証明してるもんね」
「ちょ、待てって、俺は何も」
「俺の事好きって言ったよね」
「それは…っ」
それに対し返す言葉がなかった。薬のせいと、言えば済む話なのに。
「それでも…つ、付き合うとか、言ってねーし」
「ならシズちゃんはまた喧嘩の毎日送るんだ」
「そういう訳じゃ…」
言い合いをする二人はいつもの喧嘩と違いどちらかと言えば和やかにも見える。静雄が大人しいのはまだ薬の効果が続いているからだろうが、臨也はそれを利用しているようだ。
「お話し中悪いけど、静雄はもう行った方がいんじゃない?そろそろ時間だよ」
新羅の言葉に時計に視線をやれば来た時間からかなり経っており、遅刻ギリギリの時間帯だった。
「やば…っ俺行くわっ」
「あ、待ってシズちゃん」
「何だよ俺急いで……っ!」
立ち上がり玄関へ向かおうとした静雄を呼び止める。振り返った静雄は睨みつけようと臨也へ視線をやればとても近い距離にそれはあり、言葉が飲み込まれてしまった。
「いってらっしゃい、シズちゃん」
「…っ、行ってくるっ」
真っ赤になった静雄を臨也は楽しそうに見送った。
「朝から見せ付けてくれるね」
「意識させるならこのぐらいやらないとね」
すっかり冷めきった珈琲を口へと運ぶ。いつも眉間にシワを寄せるが、今はそれがない。気にならないくらい機嫌がいいのだろう。
「薬が切れたらどうなることやら」
大暴れするであろうと予想し家にはあげまいと決めた。
「新羅から見てまだ効果は続いてると思う?」
「そりゃあ、あれだけ仲睦まじくされたらね」
でなければ今臨也はこの世にいないだろう。あんな風に動揺したり頬を染める静雄を新羅は今まで見たことがない。目の前の光景が今だに信じられないでいる。
「でもさ、昨日と違うんだよね」
「何が?」
「態度、口調、行動。微妙にね、ツンツンしてるなって」
「それって効果が薄れてるってこと?」
「ていうか、切れてるんじゃないかな、俺の予想だけど」
「え、でも静雄怒らなかったじゃないか」
「照れがあるからかな、それかもう少し甘えたいとか」
それはないか。
否定はしていたが心の中ではそう思っているはず。
「顔、緩んでるよ」
「そう?」
気にしてないのか、新羅の前だからか、表情が変わることはなかった。
「静雄のこと、本気なの?」
「まあね」
「そ、なら何も言わないよ」
からかうなど、静雄を哀しませることをしようとするのなら新羅は全力で止めていただろう。
それでも、あの薬を飲ましたのは二人がお互い意識しているのがわかったから。新羅なりの応援だった。惚れ薬と言って飲ませたあれは、実は思ったことを行動に、そして言葉にしてしまう素直になる薬だったことは新羅しかしらない。
臨也は気付いていそうだけどね。
これで喧嘩が減れば言うことなしだ!




 
つの罠、そして

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