ショート

□一つの罠、そして策略
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「これ飲んで、静雄」
「そのために呼んだのかよ」
「うん」



休日のためゆっくりしていた静雄。ベットに転がり寝たり起きたりを繰り返していた。
何時までそうやっていたのかわからない。机に置いていた携帯が光りバイブ音が鳴り響き、やっと体を起こした。
開けばメールが届いたと表示がしてあった。
相手は新羅で、今すぐ来てほしいとのことだった。内容はその一文だけで何処に行けばいいのかも書かれていない。
余程焦っているのか、新羅からのメールは珍しく、静雄も急いでベッドから起き上がった。
いつものバーテン服を着、サングラスをかけて外へ飛び出した。向かった先は新羅のマンション。思い付く場所がそこしかなかった。
「新羅!」
「静雄!待ってたよ!」
待ち構えたように玄関を入ってすぐ新羅は姿を現した。
命の危険にでもあっているのかと思い走って来たのに、静雄は混乱した。
「何があったんだ、メールには何も書いてなかった」
「話しはするからこっちに来て」
急かしながらリビングへ案内される。中はいつも通りの綺麗な眺めが広がる。
「とりあえず座って」
言われるままにした。椅子に座ると新羅はリビングから出ていってしまった。
静雄はポケットに入れていた煙草を取り出し愛用のZippoで火をつけた。深く煙りを吸い肺いっぱいにしてゆっくりと吐き出す。上へ昇って消えていく真っ白の煙りをじっと眺めた。
「お待たせ」
されど時間は経っていない。
変わった様子のない新羅に静雄は。
「で」
「まあまあ、そんな青筋立てないで」

学生時代の静雄ならとっくに切れて殴っていただろう。成長したなあと思う半面、それが普通かと新羅は思った。

「これ、飲んで欲しんだ」
「何だこれ」
「僕が作ったの」
「そのために呼んだのかよ」
「うん」

平然と言う親友に思わず手が伸びそうになった。
「体には影響があるものじゃないし大丈夫だって」
「何故言い切れる」
「僕が作ったんだよ?平気に決まってる」
その自信はどこから来るんだ。
殴る気も失せてしまう。
「ならなんの薬だよ」
「内緒」
「手前…」
「何かわかると実験の効果がどれくらい効いてるかわからないだろ?」
本当は飲み物に入れておこうと思った。と続けようとして言うのを止めた。新羅も命が惜しい。
「はい。たまには僕に付き合ってくれてもいいだろう?」
怪我をするたび世話になっている新羅に頼まれては断りづらい。
小さい瓶の中に入った血のように真っ赤な液体へ目をやり細めた。自然と眉間にシワができ、それを見た新羅は言った。
「味は甘めのはずだから静雄でも飲めるよ」
まるで苦いのが苦手な子供に言うような口ぶりに思い切り睨んだ。新羅は口をつむる。
くわえていたタバコを灰皿へ押し付け、瓶に手を伸ばした静雄は蓋を開けると匂いを嗅いだ。
鼻を動かすその姿は犬のようで新羅も思わず笑ってしまう。そんなことも知らず静雄は瓶に口をつけ一気に飲み干した。
「どう?」
「まずくない」
「体に変化は?」
「……今のところは」
得に変わった様子がないことに二人は安心した。元々体に影響が出るものではないので、逆に反応があったら実験は失敗したことになる。
これからどう変わって行くかは新羅しかわからない。どうなるか知らされていない静雄は何もできなかった。
「何の実験か教えろよ」
「まだ駄目だよ」
ちっと舌打ちをし、新しい煙草を取り出した。
ピンポーンと軽快なチャイム音。
来たね。と一人呟き玄関へと向かう新羅。
誰か客だろうか。ならばさっさと退散しようと静雄は腰を上げた。
玄関に近づくと新羅の声ともう一人、聞き覚えのある声が聞こえた。まさかと思いつつ足を進めた。
玄関では白い背中と黒い姿、二人が見えた。


「────え」


紛れも無く新羅と臨也だった。
だがどういう訳かいつもの苛立ちはやって来なかった。動揺した静雄は二人には見えないよう壁に身を隠した。
何が、どうなって…
バクバクと鳴っている心臓をどうにかしようと服を握りしめた。くしゃくしゃになるのもお構いなし、自分に何が起きたかわからなかった。
「ここで何してるの、静雄?」
「っ、…新羅か」
「何その言い方、僕で残念だった?」
「あいつは?来てただろ」
「無視ですか。臨也ならそこに」
「新羅ー?シズちゃんがいるとか聞いてないんだけど?」
「そりゃ言ってないからね」
帰ろうとする臨也を何とか引き止めリビングへと誘導する。
「ほら、静雄も立ってないでこっちに来なよ」
「いや、俺はか」
「静雄、座りなって」
いつもの明るい声が消えいきなり引くいトーンで言われ静雄は大人しく聞くことにした。
「珍しいね、シズちゃんがキレないなんて」
「うるせえ」
「まあまあ今日は喧嘩はなし。ところで静雄、体に変化は?」
「あー得には……ん?」
あるとすれば心臓がめちゃくちゃ早くなっているくらい。でもこれを言っていいものなのか迷った。
「まさか、反応が出た!?臨也にドキドキする!?」
「は?新羅何言って」
気を抜いていた臨也は急に名前をだされたことに顔を歪める。
「てめっ、これあの薬のせいかよ!!」
立ち上がり新羅に向かって叫ぶ静雄、その顔は林檎のように真っ赤だった。
「やっぱり反応あったんだ!僕って天才!?」
「ねえ、さっきから何の話してるのさ」
二人の会話に嫌な汗が流れた臨也。確信でなかったので、思い切って聞いてみた。
「静雄に僕が開発した惚薬飲ませたんだ。臨也を好きになるようにね」
「なんで?」
「二人とも喧嘩しすぎ。これ以上家具を壊されたくないからね」
今までのことにかなり頭にきているようだった。流石の二人も謝った。
「謝ってくれるのは嬉しいけど、今後家の中で暴れたら治療しないから」
「新羅腹黒くなったね」
「誰かさんのおかげでね」
二人が話している間、いたたまれなくなった静雄は家を飛び出していた。後ろで名を呼ばれていたがどうしてもその場にいたくなかった。
アイツは新羅と喋ってるだけなのに、胸が締め付けられるみたいに苦しい、これじゃまるで…。
出た答えに耳まで紅くする。目には僅かな涙を溜めて。
人通りの多い場所まで走り一息つく。流れに任せゆっくりと歩みを進めた。頭の中は新羅と臨也の姿でいっぱいだった。

「静雄」

肩を叩かれ呼び止められた。
「───門田」
意外な人物に再び足を止めた。
「一人なんだな、上司はいないのか?」
「今日は、休みだから」
「休みにもその服か、お前らしいな」
明るく話しかけてくるも、静雄は最低限の返事だけ。
「……嫌なことでもあったか?お前が泣くなんて相当だろ」
言われて自分が涙を流していることに気付いた。服の袖で涙を拭き取り門田から視線をそらす。
「臨也が関係してるんだろ?」
「…っ」
思わず頷きそうになったが弱い所を見られたくないという気持ちに頷けなかった。
「あん時もそうだったが、静かに泣くよな静雄は」
「?あの時…?」
門田の前では泣いた記憶はない。過去泣いたとすれば一度あるくらい。
「見るつもりはなかったんだが、たまたま見かけたんだ。高2の時だったか?」
「っ…!」
確かに高2だった。誰もいないと思っていたのに。
「あんときも臨也に何か言われて、泣いてただろ」
静雄は首を前に倒した。
そこまで言われたら肯定するしかない。門田のことだ、誰にも言わないだろう。
「あれは」
「シズちゃんって泣き虫だったんだね」
割って入ってきた人物、臨也の登場に二人共驚いた。
得に静雄は過敏に反応した。逃げようと背中を向けた静雄だが、咄嗟に腕を掴まれた。
「なっ、」
「ドタチン一人?いつものメンバーは一緒じゃないんだ」
「いつも一緒じゃねえよ。つかお前ら何があったんだ?」
いつもなら喧嘩が始まり自販機が飛び交っていてもいい。それが静雄は逃げようとし臨也は逃がさまいとしっかり腕を掴んでいる。
静雄の力なら腕を振り払うことは簡単に出来るはず。今の静雄はそれをしようとしない。
「まああったと言えばあったね」
静雄に視線をやり笑顔を向ける。目が合い静雄は赤面し視線をそらす。
その光景はまるでカップルのようで、だが本人が機嫌を損ねると困るので言わなかった。
「そろそろ行くよ、またシズちゃんが泣いたら困るし」
「泣かねーよっ」
「またねドタチン」
静雄の腕を引き歩き出した。静雄本人はまさか自分まで行くとは思っていなかったらしく動揺が見てとれた。

「おいっ、臨也…っ」
呼んでも返事はなく、代わりに腕を持つ手に力が篭った。静雄はそれ以上言わなかった。
周りの視線が二人に集まるが歩くスピードは落ちることはなかった。
携帯を取り出した臨也は何処かに電話をかけていた。場所を告げすぐに切った。
「タクシー使うから暴れないでね」
タクシーを呼ぶ為の電話だったらしい。
暴れるつもりもないので無言でいた。
停めてあったタクシーに乗り込み、中でも変わらず会話はなかった。
運転手がチラチラこちらを伺うのに気付くも敢えて何も言わなかった。
腕を握られていた手がそっと離された。代わりに血が出るくらい握っていた静雄の手を優しく包み込み指を絡めてきた。
静雄は耳まで紅く染めた。
暫く走り続けたタクシーが停まり臨也は素早くお金を払っていた。お釣りも受け取らず静雄の手を引っ張りタクシーを降りた。
目の前には見慣れた臨也の事務所があった。中へ入ると秘書の波江が仕事をこなしていた。
珍しい組み合わせに少しだけ驚きを見せたがまたいつもの表情に戻した。
「今日はもう帰っていいよ」
「……あまり散らかさないでよ」
それだけ告げると荷物を持ち部屋からでていった。

「これでやっと二人きりだ」

臨也が喋るのと扉が閉まるのと同時だった。










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