ショート

□瞳に映るのはただ一人
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臨也は夜の池袋を歩いていた。
用がない限りここに来ることはない、つまり仕事で訪れていたのだ。
いつも賑やかな街も深夜になれば人通りも少なくなる。たまたま通りかかった公園へ足を運べば人は誰もいない。
唯一ベンチに座っていた金髪の青年がいるだけ。
服装がバーテンの時点でそれが静雄だと気付く。
脚に肘を乗せ上体が前屈みになっている。
体調でも悪いのか、と考えたものの静雄にかぎってそれはないだろうと思って、側まで近寄った。
触れるか触れないかという距離まで行ったが反応する気配が全くない。
よく見れば右手に缶を持っており、お酒の名前が入っている。

「酔っ払ってる?」

だとすれば臨也が近付いても起きないのも納得する。でも酒の缶は静雄が持っている缶一つのみ。その程度で酔ってしまったのだろうか。

「シズちゃんお酒に弱いんだから」

呆れた目で静雄を見つめた。前に上半身を倒しているため、変わらず表情が見えない。
傷んだ金の髪に手を伸ばす。
ふわりとした触り心地に自然と笑みがこぼれる。
いつもの臨也を知っているものが見たら驚くに違いない。
優しく微笑む、なんて臨也らしくないからだ。
何回か撫でる行為を続けると、静雄の体がぴくりと反応した。つられるように臨也も手を離した。
体を起こしやっと顔を見ることが出来た。
ぼーと足元を見る様は、寝ぼけているのか、酒のせいで焦点があっていないのか、定かでない。
臨也は何も言わなかった。ただ黙って様子を伺っていた。
やがて静雄の目が臨也を捉えた。
瞳はとろんとしていて、まるで誘っているかのよう。静雄にそんな気は全くない。その姿に顔を歪めた。
赤い双眸だけが静雄を見つめている。
数秒見つめあうと静雄の手が臨也の胸倉を掴んだ。
いきなりのことで臨也は避けることが出来ず、静雄によって引き寄せられた。
殴られる、そう思った臨也は自分を責めた。
いくら酔っていても大嫌いな臨也の判別が出来るなんて思ってもみない。臨也は顔の形が変わらないことを祈った。

「……ん?」

痛みがやって来ない?
痛みの変わりに唇に柔らかい感触。臨也は目を見開く。
シズちゃん。
言おうと、口を開けば舌が侵入して上顎を舐める。舌を絡めようと口腔を動き回る。
どうしたものか。
今の静雄は酔っている。欲求不満で誰かれ構わずやっているのか、誰かと間違えているのか。どちらにしろ臨也の機嫌は悪くなる。必至に吸い付く静雄に臨也から動きを始めた。
自分から進んで舌を絡ませた。上唇を唇で挟み、何度も甘噛みした。両手で頬を包み込み逃げられなくする。
カランと、軽い音が響いた。
静雄が持っていた缶を落としたのだろう。その手は臨也の腕にしがみつくように握られた。
徐々に体が力を無くし、倒れそうになるのを臨也がカバーした。膝をベンチに置き、静雄に負担がかからないよう上手く誘導する。
背を預けたことにより力が更に抜けていく。
ほぼ真上からの口づけに静雄は眉を寄せた。

「はっ…、」

舌を抜けば呼吸を求め肩で息をする。


「シズちゃん」


静雄の呼吸が整うまで名前を呼び続けた。
やがて静雄の目が臨也を捉える。




「――――いざや」



掠れた声で臨也の名前を呼ぶ。逆光で見えないはずなのにはっきりと臨也を呼んだ。
目を丸くし、驚く臨也の背に静雄は腕を回し再び口づけた。静雄は確かに臨也の名前を呼び、自ら行為を再開した。
臨也は目を細めのちに瞼を閉じていった。







瞳に映るのはただ一人

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