ショート

□手を取る、その意味はわかってる
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「頼みがある」
真摯な表情で静雄がいった。


犬猿の仲といわれている二人が、新宿の、臨也のマンションへ静雄は訪れていた。
静雄が新宿に来ること自体が珍しいことなのだが、その静雄が臨也へ頼み事があるといい出した。

「珍しいじゃん、シズちゃんが俺に頼みだなんて」

ここに来ること自体珍しいか、と楽しそうに話した。静雄は何も言わず黙っていた。
俯いたまま、臨也の反応を待っていた。
「で、何の頼み? 死んでくれっていうのはごめんだよ」
深刻な静雄に臨也は平気で言った。
そんなことを言うためにわざわざ臨也のもとまでやってこないのを知っておきながら。


「臨也…」


いつもの強気の声とは打って変わり、弱々しい。声が震えているのがわかった。
臨也を見つめる瞳も揺らいでいるようだった。
そんな静雄を初めてみた臨也は喋るのを止めた。そして静雄が話し出すのを待った。


「身体を、貸してほしい」
「は?」

思いもよらぬ言葉だった。意味もわからない。


「シズちゃん意味がわからないよ。もっとわかるように話してくれない?」


静雄はそれ以上は何も言わない、言うつもりもないようだった。


「嫌ならいい」


臨也へ背を向けて歩きだす。


「ちょっと待ちなよ」


扉に手をかける静雄に臨也は声をかける。

「シズちゃん勝手すぎでしょ。いきなり来たのにわけわかんないこと言って」

椅子に座っていた臨也が静雄のところまで歩いていく。
背中を向けたままの静雄。真後ろまでやってきて、扉にあった手を上から重ねた。
ビクリと肩が上がる。
臨也は嫌な笑みを浮かべた。


「俺の推測で行くとこうなっちゃうけど」


首にかかっている髪を掻き上げ、舌で舐める。


「それでもいいの?」


片方の手でボタンを器用に外していく。
再び首に唇を寄せ、何度も吸い付いた。たまに強くすると身体を更に震わせる。紅い痕が残っていく。
抵抗を見せない静雄、臨也の手が動くたびに静雄も敏感に反応した。


「いざ…」

「嫌ならいいけど?」


先程の静雄の真似をし言葉を放つ。そして距離をとった。
引っ付いて熱かった背中が一瞬で寒くなった感覚に陥った。
反射的に臨也へと顔をを向ければ、いつもの嫌な笑みで静雄を見つめていた。


「どうしたの、シズちゃん」


何をしても言わそうとする臨也に静雄は舌打ちをした。
臨也へ近づき耳元で呟いた。
そのまま肩へ顔を埋める静雄に臨也は言った。


「よくできました」


静雄の顔を無理やり自分の方へ向けると、今まで見たことがない真っ赤な顔をした静雄と目が合う。
そのまま引き寄せてお互いが目を閉じるのと同時に唇は重なった。




---------------------------……



「で、何で僕のとこにわざわざ報告しに来るの」


わざわざの部分を強調して言った。
臨也は新羅のマンションへ訪れ静雄との間に起こった出来事を話していた。

「だってあのシズちゃんがだよ? 新羅は何か知ってるんじゃないの?」
「僕は知らないよ」

煎れたての熱々のコーヒーへ手を伸ばし一口啜った。


「自分で何かしたんじゃないの?」
「まさか。最近池袋にも行ってないんだよ?」


つまり静雄にも会っていない。
出されたカップに手を伸ばし口元へ運んでいく。


「だからじゃないの?」


その言葉に手が止まる。中に入ったコーヒーは喉を通ることはなく波を打ち、再びテーブルへ置かれた。

「どういうことかな?」
「臨也も知ってるだろ、静雄が寂しがりやなのは」
「そうだね」
「高校から毎日、24時間っていっていいほど監視やら刺客を送り込んでいたのが、それを指示してた本人は遠くへ行ってしまい会うことが減ってしまった」
「遠くって、そんな距離じゃないでしょ」
「でも静雄にとって臨也は天敵、わざわざ新宿まで電車に乗って会いに行こうと思うかい?」
「……」
「行ったら行ったで君にからかわれるだろ? 静雄にとって新宿は遠いんだよ」


確かに。

新宿で静雄を見かけることはない。臨也から行かなければ会うこともないのだ。

「喧嘩するかもしれないけど、たまには逢いに行ってあげたら?」

それなら静雄のその行動もなくなるかもね。と軽く言ってのけた。

「それって期待してもいいってことだよね」
「さあ。あくまで僕の推測だからね」

弄ぶかのような発言だったが臨也は耳に入ってなかった。


「またね新羅。また来るよ」

臨也が来て30分も経っていないが、来た時とは違い、自信が持てたかのような顔をして帰っていった。
意外とわかりやすい表情をしている。と新羅は思った。
それも静雄関連だからなのかもしれない。
やれやれと肩を竦め、少なくなった自分のコーヒーを足すため、そして結局出した相手に飲まれることなく煎れた時のままのカップを持ち、台所へと向かった。





あの時の自分はどうかしていた。
滅多に人が通らない路地裏。タバコをくわえるが、その先に火はついておらず、壁に背を預け佇んでいた。
何故新宿へ行き、大嫌いなアイツに会いあの言葉を言ったのか。
自分がわからない。
いや、本当はわかっている。
でも認めたくなくて考えないようにしていた。それがあんなことになるなんて誰が思う。
全部臨也のせい、アイツのせいで狂い始めたのだ。高校のときに出会っていなければよかったのに。
静雄は言い聞かせるようにした。
チッと舌打ちをしくわえていただけのタバコを握り潰した。


「相変わらず荒れてるなーシズちゃんは」

このあだ名で呼ぶ人物は一人しかいない。静雄は視線をやった。


「臨也……」
「こんなとこで吸うなら俺のとこに来なよ」

一人は寂しいでしょ?
目を細め、サングラス越しに赤い目を睨んでやった。


「誰が行くかよ」
「ほんとに素直じゃないなー。あの時は気持ち悪いくらい素直だったのに」

「黙れ」

静雄を怒らすのはとても上手い。静雄の眉間のシワが酷くなる。
自販機があれば速攻投げていただろう。


「じゃあ黙ってあげるからうちに来なよ」


静雄に向かって手を差し延べた。
まるで王子が姫にダンスを申し込む時のような。それほど低姿勢ではないが、静雄にとってはとても恥ずかしいことだった。


「どうして、そこまで」


俺に付き纏うんだ。と言いたかったが答えはわかっている。
なら聞く必要もないかと、言葉を最後まで言わなかった。

「どうしてと聞かれてもなあ」

差し出していた手を下げ静雄に近づく。
静雄は逃げようとも殴ろうともしなかった。ただ黙って臨也を睨んでいる。
臨也は静雄を睨まず、あまり見せない優しい目で見つめていた。


「シズちゃんが好きだから」

「嘘だ」

「決めつけないでよ」


二人の間に距離はなくなった。
重なり合う唇。目をあけたままの静雄、ちゅっと音をたてて臨也は離れた。

「シズちゃんは?」

左手で頬を撫でながら静雄に問うた。

「俺のこと、好き?」

触った頬とは反対の方へ顔を近づける。口へしたように軽く触れるキスを何度も。
静雄はされるがままだった。


「俺は手前が嫌いだ」

「そう」

口端を上げいつもと変わらず笑っていた。


「手前なんか」

「わかってる」


嫌いだと言い続ける静雄の頭を引き寄せ乱暴に口づけた。
口腔を舐め回し動かない舌を絡めとる。
ビクビク身体を震わせ臨也の服を掴む。それも無意識。
気付いた時の恥じらいの顔を思い出し臨也はキスの最中に関わらず笑った。
動き回る舌に弄ばれ静雄は気付かない。
どちらの唾液かわからない、顎を伝って流れ落ちる。
静雄の手は先程取ることはなかった臨也の手に絡めあっていた。






を取る、その意味はわかってる

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