novel 2

□スパイラル・スパイラル
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ぽすん。

「あ?」

ベルフェゴールは任務を終え、恋人の部屋を開いた瞬間自分の脚に軽い衝撃と温もりを受け止め、反射的に下を向くと、このアジト内ではまずお目にかかる事等無いであろうモノがそこに居た。
自分の膝上辺りまでしかない小さな身体。
磨き抜かれた上質な黒曜石の様に艶々と輝く黒髪。
ふくふくとした柔らかそうな頬と、熟れた果実の様な唇。
大きな榛色の瞳は驚きに大きく見開かれ、みるみる内に淵に小さな湖を造りあげた。

「うあーん」
「ぅおっ何だよこれっフランっ早くこいつ消せよっ」

ベルフェゴールは突然響きだした泣き声に声を上ずらせると、部屋の奥でぐったりと項垂れる、本来の部屋の主に向かって叫んだ。
声をかけられたフランは顔を上げ、嫌ぁな顔をして暫くの間泣きじゃくる子どもを眺めた後、ベルフェゴールへと視線を戻し億劫そうに口を開き、これまた面倒を滲ませた声を上げた。

「子どもを消せ?随分ひどい事さらっと言いますねー…」
「ひどいってこれ、お前の有幻覚だろ?何の修行でガキなんか出してんのかしらねぇけど、うっせぇ…」

街中に非常事態を知らせる鐘の音の様な泣き声は最早叫び声と言った方が相応しい程で、銃撃戦等でけたたましい音に慣れている筈が、それとはまた違う甲高い人間の声に辟易すると、やたらとリアリティのある幻術を出し続けるフランに早く事態を収拾させよと再び視線をぶつけた。
その視線を受け止め、フランは立ち上がると疲れ切った様子で子どもを抱き上げ、ぽんぽんと背中を叩く。

「あーもーアレックスー前髪お化けを見て怖いのは分かりますけどー子どもにナイフ投げつけはしないと思いますからーほらー泣きやんでー」
「うあぁぁんっ」
「せんぱーい、子どもが見たらその前髪やっぱ悪の親玉みたいで怖いんですってー前髪上げて下さーい」
「あ?てめぇ王子を悪の親玉とか何とか言いやがって。ってか、それ幻術じゃねぇのかよ」

すぐ近くに居ながら耳を塞ぎ、泣き声に負けないように声を張り上げてベルフェゴールが問えばフランは遠い日の出来事を思い起こす様に空(くう)に視線を投げた。

「あぁ…まぁ色々あってですね…とりあえず、前髪上げて下さ…」
「やだ。俺、国連とか色んな関係あるから目ぇ出せねぇし」
「…なら速やかに部屋から出て下さい」

前髪を上げなければ部屋を出て行けと扉に指さしまでするとは恋人に対してあんまりではないかと、ベルフェゴールはフランを見返したが、当のフランは子どもを抱き上げて泣き止ませる事に必死になっているし、兎にも角にも現状を把握したい。
何よりひたすら耳が痛い。

「分かったよ」

ベルフェゴールは洗面所に行き、時折セットに使うヘアピンで目にかかる部分を上げて一纏めに捻って止めた。

「おい、これでいいんだろ」
「おぉっベルせんぱいの珍しい姿が…。ほらーアレックスー前髪お化けじゃなくなりましたよー。だからもう泣き止んで下さーい」

フランこそが泣きそうになりながらあやすと、アレックスと呼ばれた子どもはぐずぐずとしてはいたが、ひとまず泣き叫ぶのを止めフランに身体を預けながらベルフェゴールを見た。

「ねーほらー怖くないですからー」

害が無い事を証明しようとフランはずいっと子どもをベルフェゴールに近付けてみるが、向けられる子ども独特の真っ直ぐな視線に今度はベルフェゴールが戸惑いを覚え、一歩後ろへさがった。

恐怖や愛想笑いを含んだ人間の視線には慣れているが、毒気のない子どもの視線等、受け止めた事がない。
というよりもヴァリアーに入隊するまでは王子として育てられ、自分がまだ子どもであったし城を出てからは周りは大人ばかりな上に日々命のやり取りをしてきた。
ベルフェゴールは衝動的に前髪を下ろしてしまいそうになりながらどうにか子どもを見返すと、それまでは泣き叫ぶ声に気をとられていたが、改めて姿形を見るとどことなく気にかかる。

「んー?」
「何ですかー?」
「何か…この間抜け面、見た事…」

零れ落ちそうな程大きな瞳だとか、つつけば焼き立てパンの様な感触であろうふっくらとした頬だとか異常に神経質な程、見知らぬ人間を警戒する仕種だとか、それでいてぽやんと何か抜けている表情だとか。
何よりフランに抱かれて子猫の様に安心しきった顔が。

ベルフェゴールは自らの記憶を探り、今までに出逢った人間、それでいて記憶に残る程印象に残る人間を次から次へと思い出しては該当せず思考の端へと追いやった。
安心した顔やらを見た事のある人間なんてヴァリアーか、せいぜいがボンゴレファミリーか、関わりの深いキャバッローネファミリー圏内だろうと絞り込み更に頭を捻る。

「せんぱーい?」
「ちょっと待て…フラン、もうちょいで…」

ベルフェゴール何か記憶の端を捕らえる物があり、声を掛けたフランを軽く制止するが、視界に入る恋人の姿に息を詰めた。

ぱっちりと開かれる宝石の様な翡翠色の瞳。
内側から輝く滑らかな頬。
常、可愛げなく毒を吐き出す事に精を出していても口づけて腕の中に抱き込めば、すっかりと安心した様子を見せ子猫の様に甘えた表情を見せてくれる。

「…お前…っ」
「はいー?」

ヴァリアー内どころか、直ぐ傍、それも最愛の恋人に子どもが重なった事に愕然とすると、ベルフェゴールはフランの両肩に手を置き、珍しく狼狽を隠さず口を開いた。

「こいつ…お前のガキかよ…っ」
「…はい?」
「顔とか似てるし。それでお前が抱くと安心してんのか。そりゃ親だもんな」
「ちょっと…ちょっとせんぱい?」
「言えよっどこの女だ?っつうか、お前…俺が初めてじゃねぇのかよ…っ」
「もしもーし、せんぱーい」
「これからそいつ育てんのかよ。母親の女と結婚すんのか?俺、絶対別れねぇからなっ」

一気に捲し立てるベルフェゴールに圧倒されながらも、フランは腕の中から再び震えと泣き出しそうな気配を感じとり、やっと収めた事態が先程以上の混迷を見せ始めた事に青ざめると、きっと目の前の恋人を睨み上げた。

「せんぱいっアレックスはミーの子どもじゃありませんからっちょっと落ち着いて下さいっちゃんと説明しますからとりあえず黙って下さいっ」
「俺の事これだけ本気にさせといて、あっさり別れる気かよ。俺はお前と一生…っえ…っ」

最後に些か止まりきれなかった部分はあるものの、フランの言葉を受け止めるとようやく、ベルフェゴールは落ち着きを取り戻し、改めてフランと腕の中の子どもを見比べた。

「こいつはお前の子どもじゃない?」
「はい」
「浮気もしてないな?」
「はい」
「今までも、これからもお前には俺だけだな?」
「そ…それ、今は関係ないですけどー…当たり前じゃないですか」

最後の質問に一番力をこめて問うてから、ベルフェゴールは、ふ、と力を抜くと今更ながらの疑問が湧き上がり、今更ながらの質問をここにきて取り出した。

「じゃあそのガキ誰だよ?何でお前が面倒見てんの?」


とりあえず一息入れようと、提案しベルフェゴールは当たり前の顔でさっさとソファにかけると、普段通りキッチンで珈琲を淹れるフランの足元に見慣れない小さな生き物が居場所を探して歩き回っていた。

「アレックスーかかったら熱いですからー座ってて下さーい」
「ぃやぁーっ」
「あっちょっ…危な…っ」

ひっしとフランの脚にしがみ付き、再び泣き出す姿に眉を下げ、フランは子どもを抱き上げるとソファで他人事の様に眺めるベルフェゴールを呼んだ。

「せんぱーい、飲み物取りに来て下さーい」
「面倒くせ…」
「じゃあ、せんぱいがアレックス抱っこしててくれるならいいですけどー」
「…取りに行く」

深いため息を吐き、ベルフェゴールは立ち上がるとトレイに珈琲とホットミルク、紙製のカップに入った果汁ジュースを乗せ、日頃フランと寛ぐ定位置であるソファと揃いで置かれているテーブルに置いた。
膝の上に子どもを抱えたフランがベルフェゴールの隣に座り、ジュースを渡してやると一先ず大人しくなったので、ソファに座り直させた所でベルフェゴールが口を開いた。

「それで?結局何がどうしてこうなったんだよ」
「あぁ…えっとですね…」

そうしてぽつりぽつりと語られた経緯は実に単純で。
それでいてまたしてもソファに座る子どもはフランの子どもなのではないかと思わせるに十分な話だった。


「っあー。今回の任務は楽でしたねーいつもこんななら疲れないんですけど」

珍しく、疲労を感じずに任務を終える事の出来たフランはホテルの一室で朝食を摂った後、出立前の荷物の確認を行っていた。
任務自体、要人の暗殺でもなければ救出要請でもない。
とある研究施設へと赴き、秘密裏にすすめられている新開発の製品のサンプルを受け取りヴァリアーへと持ちかえるというもので、内容としては極シンプル子どものお使いと言ってもいい程であったがその機密性の高さ故、ヴァリアー幹部が直々に現地に赴き直接研究所職員から製品を受け取ったのだ。
その後、近くのホテルで一泊し、翌朝、迎えの車でヴァリアーへと帰る。それだけだった。
折しも、近くに好きな焼き菓子の店がありそちらで買い物が出来た事も手伝って上機嫌で荷物を纏め、菓子が潰れないように鞄の一番上に置いた。
丁度その時、部屋に備え付けられた電話が鳴り、来訪者の存在を告げた。

「あっはーい、上がってきてもらって下さーい」

ヴァリアーからの迎えが到着した旨の連絡がありほどなくして部屋の呼び出しベルが鳴った。

「えっと、じゃあれがサンプルなのでー割れものでは無いですけど、精密機器ですから気を付けて下さーい」
「かしこまりました。荷物はあちらだけでしょうか?」
「そうですーお願いしまーす」
「では、こちらを車に運び込みますのでフラン様は先に車でお待ち下さい。入口で待機しておりますので」

隊員に荷物を任せ、フランは迎えの車に乗り込むと隊員が二人掛かりで荷物を運び、倒れないように固定されて車は帰路へとついた。
荷物は直接スクアーロの元へ運び込まれるよう連絡済みであるし、自分が帰ってしばらくすればベルフェゴールも別の任務から戻る事になっている。
せっかく沢山の菓子を買ったのだから二人で美味しい珈琲でも淹れて味わおうと思った時、不意にフランは不足感を感じた。

「あれ…?」

サンプルは積み込まれたし、菓子の買い忘れもない。特に大きなトラブルも無かったので帰還前の連絡も不要。
うんうんと唸ってとりあえず甘い物でも食べて考えようと鞄を探った時不足感の答えに行き着いた。

「…あっ」

鞄をホテルに置き忘れてしまった。
フランは運転席に向かって、謝罪とホテルへ引き返して欲しい旨を伝えると、了承の言葉と共に車は近くのパーキングで方向転換されついさっき出たばかりのホテルへ向かった。

「荷物はフロントに預けられているようです。われわれが引き取って参りますので少々お待ち下さい」
「はーい。すみません」

予め電話で連絡をしていた部下がフロントから荷物を受け取るとそのままトランクへと積み込まれ、アジトへと再びハンドルがきられた。
アジトに到着し、部屋まで荷物を運んでもらった後、ベルフェゴールが帰る前に少しだけ菓子を食べようと鞄のファスナーを開いた瞬間、フランは大きな瞳を更に見開かせ、瞬きすら忘れてじっと一点に視線を注いだ。

「…はい?」

多目に買った筈の菓子が何故か小分け包装の袋のみに変身を遂げ、その代わりに等身大の子どもの人形が入っていた。
いや、違う。いっそ人形であれば気味が悪いがしかるべき手続きをし、意図を特定して対処すればいい。
だが視線の先にいるのは確かに寝息をたてて身体をゆっくりと上下させる人間の子どもだ。

フランは思わず鞄のファスナーを勢いよくしめ、十秒程待ってからそろそろとファスナーを開いた。

「あぁぁ…」

やはり、そこに居たのはまごう事無き、男の子どもであり、何度見返してみても変化はなかった。
その時フランのあげた声によって覚醒したらしい子どもがゆっくりと瞳を開くと、ぼんやりと周りを見渡し、最後にフランに視線を固定した。
フランはびくりと身体を揺らした後、真っ白な頭を何とか回転させようと一見しては分からない努力をそれはもう、幾度となく繰り返してはみたものの結果として出来たのは間の抜けた問いかけをする事だけだった。

「えーと、こんにちは。それで誰ですか?」


一気に経緯を話し切るとフランは、はぁー、と再び深いため息を吐きミルクを飲みほした。
ベルフェゴールは自分の耳で聞いた事実と、ソファで紙製のカップを齧っている子どもを見比べてから再びフランへと視線を戻し自分の頭の中で事態を整理し始めた。

「えーと、つまりホテルで置き忘れられた荷物の中にその子どもが入り込んで、アジトへ来てしまった、と」
「はいー。さすが飲み込みが早くて助かりますー」
「ホテルの人間も、部下の奴らも子ども一人入ってるのに気付かなかったのかよ…」
「…車の中でミーも、物音や気配を感じなかったので多分その時には完全に寝てたんだと思います」

こめかみを押さえるフランを見ながら、ベルフェゴールは、子どもが食べた菓子の量と移動の際や車内での揺れにも全く動じず眠り続けたその寝つきの良さに、やはりこの子どもはフランの子どもではなかろうか、と一瞬考えを巡らせた。

「…何ですかー?」
「別に…」

視線に含まれる碌でもない考えを感じながら、フランは視線を返すと、少しの間があって答えられた事に、やはりベルフェゴールが余計な事を考えている事、只それを追求してもきっと誰の得にもならない事を悟り心情的な疑問は横に追いやり現実を直視する事にした。

「…この子、どうしましょうか…」
「まぁ単純に考えたら警察に連れてきゃいいんじゃねぇの?そうかそのホテル」
「ホテルは、まぁ…分かりますけど、警察は…。泊ったのが表向きは一般のホテルなんですけど、ボンゴレの保養施設で、その時も結構ボンゴレやら同盟ファミリーやら知った顔が居ましたから、その家族かもしれませんし」

まさかマフィアの子どもを警察に預けでもして、後々面倒な事にならないとも限らない。
考え込みながらベルフェゴールは呑気にカップで遊ぶ子どもを見つめていた。
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