novel 2

□※スターティング!
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「えぇえ…っミー嫌です…こん、な…こんな…っ」
「あら、駄目よフランちゃん、これが正しいんだから。大丈夫、見えない事が美徳の衣装なんだから、ね」


「新年明けましておめでとうございます!今年も一年宜しくお願いします!乾杯!」

ボンゴレボス・沢田綱吉の朗らかな声と共にグラスが高く掲げられ、新年の祝宴が始まった。
あちこちで乾杯の声が復唱され、食器同士がぶつかる音がする。ボンゴレボスとその守護者達、常に底知れない笑みを湛える家庭教師を中心に部下達やその家族、同盟ファミリーが大勢集う年間を通しての重要な催し物の一つではあるが、ボスである沢田綱吉の人柄やそれに違わぬ意向によって、その雰囲気は一般的に想像されるマフィアとは程遠い、穏やかなものであった。
笑い声が響き、この日の為に普段以上に手の込んだ美食や特級品の酒が並ぶ。
各国から、人が集まるのだからそれぞれの口に合う物を、との計らいで和食や中華、洋食にイタリアンにフレンチ。
それぞれの道の一流シェフが誇りを持って腕を振るう。
賑やかな親戚の集まりともいえる宴が続く中、それをばっさりと切り捨てるようなけたたましい音が響き、正面入り口の観音開きの扉がその強固さを発揮したにも関わらず、あっさりと蝶番にぶらりと吊り下げられた。

「う゛お゛おぉい、やっぱりもう始まってんじゃねぇかぁっ」

爆発音にも似た扉の開閉音にまけない大音声が更に辺りを満たし、賑々しい笑い声に取って代わり、しん、と冷ややかな沈黙が注ぐ。
その空気をものともせず、声の主であるスクアーロは後ろに控える幹部達に目を遣った。

「大体お前らなぁ、俺達の衣装は隊服が盛装なんだぁ。やれ下に着るシャツがどうのアクセサリがどうの、挙句に振りそ…っ」

がしゃん、と高い音がして、後ろから凍てつく場ごと燃やしつくしてしまいそうな威圧感が漂い、先頭に立つスクアーロの後頭部に、空のワイングラスが投げつけられた。

「…うるせぇ…っ」

怒鳴るでもなく呟かれた一言にあちこちでひゅるりと息を呑む音がする。
圧倒的な王者の風格、かつて十代目ボスに最も近いと言われ、未だボスである沢田綱吉の命を狙う最強暗殺部隊ヴァリアーの絶対君主。
XANXUSが幹部達を背後に従え、そこに立っていた。

そのまま絨毯でも吸い込みきれない靴音を低く立たせて、空席になっている所定のテーブルへ進むと遠巻きに幾つもの視線が投げかけられる。

「あら、仕方ないわよ。レディの準備には時間がかかるものなんだから、ねぇ?」
「そうそう、ってか、スクが気にし過ぎなんだって」

祝宴に遅れた事への申し訳なさが微塵も感じられないのんびりとした声音で、晴れの幹部であるルッスーリアと嵐の幹部であるベルフェゴールが続くと、そのベルフェゴールに手を引かれ、麗しい見目の、だがそこから連想される淑やかさを鮮やかに裏切る毒を振りまく霧の幹部が、こちらは何とかその場に踏みとどまろうと小さな身体で精いっぱいの抵抗を見せていた。

「ちょ…っと、何ですかーこれー。皆スーツとか、女の人もこんな派手な格好誰もしてませんー嫌ーミー今すぐ着替えてきますー」
「何言ってんだよ、部下やら傘下の奴らやら、俺達より格下の奴らがそんな派手な格好してる訳ねぇじゃん」
「な、ならミーだって隊服とかスーツ…」
「だぁめ、お前はそれでいいんだよ」

ずるずると手を引かれたフランが身に纏っていたのは実に鮮やかな女性物の振袖だった。
薄檗(うすきはだ)色から白緑(びゃくろく)へ、そして薄卵色へと優しい濃淡が織りなす色合いが敷かれ、そこに鮮やかな牡丹を始めとした四季の草花が描かれている。合わせられた帯も見事な逸品で黒檀色に色とりどりの七宝繋ぎ文とその中に一つずつの椿が縫い取られていた。

「本当、良い柄よねぇ。フランちゃんよく似合うわぁ。でも、品が良い分重みがどうしても出ちゃうからフランちゃんには少ししんどいかしらね。帯だけでも着付けるのに力入れるから何回かこけちゃいそうになったのよねぇ」
「当たり前じゃん、俺がフランの為にわざわざ仕立てたんだぜ。手描きの京友禅。帯も小物入れも足袋も正絹だし、草履もちゃんとフランの足に合わせて作らせたし。いざとなったら俺が抱き上げて移動するから問題ねぇよ」
「や、止めて下さーい…ミーは、ミーは…っ」

ルッスーリアと悠々と会話を続けながら、XANXUSの後に続き、テーブルへと向かうベルフェゴールに、只でさえ注目を浴びているのにこの上抱き上げられては堪らないと、フランはがっくり項垂れつき従う。
諦めが心の大半を占めるものの、自分の為にベルフェゴールが着物から小物入れから髪飾りから総てを取り揃えてくれた誇らしさにも似た喜びがあるのも又、確かだった。
おおよその身長はともかく、どうして自分の足の大きさと形を寸分違わず心得ているのだという疑問は拭えなかったけれど。
フランの艶姿にちらちらと注目が集まるものの、いかんせん最強の暗殺部隊の幹部相手に明らかな色目をつかう命知らずもおらずその視線はXANXUSへのものよりも更に遠巻きなものだった。
一房捻りあげた翡翠の髪を飾る、下がり付きのつまみ簪(かんざし)がゆららと揺れる。
フランはこの上なく愉しげに自分の手を引き、今にも鼻歌でも歌い出しそうな恋人に、これも惚れた弱みとかいうものだろうかと、視線を向けた。
事態は和やかな新年の宴からぴん、と張り詰めた敵対ファミリーとの対話のようになっていたが、ヴァリアーが席に着き、ボンゴレ雨の守護者である山本武が、からからと対の属性を示すがごとく晴れやかに自分の師でもあるスクアーロにお前らしいと笑いを送れば徐々に先程までの空気を取り戻し、会話が生まれ始めた。

「よーしお前らぁっ席に着いたかぁっ」

一同がテーブルに着いたのを確認すると、スクアーロはざ、と幹部連を見渡し、最後にXANXUSに視線を向け挨拶を促したが、寄せられた眉から面倒を感じ取ると、自らが音頭を取るべくグラスを手にした。

「いいかぁっお前らぁっ新年だなんだと周りは浮かれちゃいるが、そんなものは関係ねぇっ。俺達ヴァリアーは常に緊迫した…」
「あっちょっとせんぱい、それミーの栗きんとんなんですからー返して下さーい」
「ししっ、やだね。それよかお前、着物着てるのに、食べれんのかよ」
「大丈夫ですールッスセンパイが苦しくないようにしてくれましたのでー」
「着付けにね、コツがあるのよ。それよりまだ挨拶が終わってないんだからご飯食べるのはお止しなさいな。あれでも一応作戦隊長なんだから」

スクアーロの芯から身が引き締まる挨拶も意に介さず、それぞれ食事や酒に手を付け始めた面々に苦渋の表情を向けてはみるが、既にこうした風景が骨身に沁み込んでいるらしく、グラスに注がれた酒を一気に飲み干すと、どかりと音を立てて椅子に座り、自らもその中へと身を投じた。


「フラン、それ何?」
「えっと…水餃子ですー。美味しいですよ」

取り分けた皿に乗せられた一口大の餃子を見遣り、俺もそれ欲しいと給仕を努める部下を呼びとめ幾つか持ってこさせる。

「それにしてもミーはヴァリアーで新年迎えるの初めてですけど、さすがというか規模が大きいですねー。人数もですけど一流ホテルの大広間なんて」
「まぁホテル自体がボンゴレの持ち物だしな。新年はこうやって並盛に来て、新年会して、そのままホテル泊まんの」

部下から受け取った水餃子を食べながら、特に何の気なくなされる説明にフランは、今度はお節料理の栗きんとんをつつきながら、成る程と頷き返す。
それまで、フランが過ごした正月といえば、黒曜で普段と変わりない日々を淡々と過ごし、買い物等で出掛けた時、世間の浮かれた空気で新年の訪れを知る程度だった。
年が明けたといってはみても、昨日と変わらない日がやってきて、通り過ぎていく。その程度の感覚しか持てやしない。
だが、とフランはこっそり、今度は伊達巻をかじるベルフェゴールに視線を向け、又、自分の取り分け皿に視線を戻した。

「ね、せんぱい…」
「何?」
「初詣とか、行きませんか?」
「は?珍しいじゃん、お前があんな人の多いとこ行きたがるって」

水餃子を食べる手を止め、ベルフェゴールから視線を向けられたフランは、無意識に足袋に包まれたつま先をすり合わせて、そわそわと言葉を探した。
ベルフェゴールが不思議がるのも無理はないと、まだ手をつけていない栗きんとんを箸で転がす。
お祭り好きなベルフェゴールであるならばともかく、どちらかといえば物静かな空間を好み人ごみを避けるフランが、敢えて動きにくい衣装で混雑の中に身を投じようというのだ。
何かフランの気持ちを惹きつけるものでもあったろうかと、ベルフェゴールは、うん、と翡翠色の想い人に思考を寄せ、あ、と小さく声を零した。

「お前、屋台目当てだろ。確かあれこれ出てるもんな」
「え…っ屋台が出るんですか…。っと、はい、そうです…よ」

任務中であれば造作なく嘘をついて見せるだろうに、どうしてか恋人の前ではするりと本音が滑り落ちてしまう。
動揺を隠そうと、瞬く間に作り物の同意を取り出してはみるが、そんなものに騙されてくれる程ベルフェゴールは愚鈍でもなければ、訳を聞かずにいてやろうと寛大でもない。
隣り合って座る椅子の距離を更に近づけるとベルフェゴールは、視線を漫ろわせるフランの顔をぐ、と覗き込み猫をも殺しかねない好奇心を見せた。

「なぁ、何で?お前神様とか信じるタイプじゃねぇし」
「な、んだっていいじゃないですかー…嫌なら別にいいですー…」
「別に嫌とかじゃねぇし。新年最初に出かけんのが俺の選んだ着物着てるフランとか最高じゃん」
「…っ」

思わず箸を取り落としそうになりながら、フランは視線を交差させると、食事が済んだら近くの神社に行こうと今度は自ら切り出してくれたベルフェゴールに、こくりと素直に頷いた。
夜は夜でボンゴレファミリーと、特に近しくしているファミリー達だけの小規模な会が予定されているが、それまでにはまだたっぷりと時間がある。
まずは、目の前に広がる食事を楽しもうと、フランは袖を捲くり上げ、取り皿を持つ手に新年一番の気合を込めた。


「あらっ初詣?いいわねぇ。フランちゃん、ベルちゃんが選んでくれた中にショールもあったから着けていきなさいな」

くるりと振袖の襟元に巻かれ物も、ベルフェゴールの目利きらしく上質なフォックスショールで、暖かくフランを包む。
クリップで着脱可能なそれに指先を滑らせれば、とろりととろける滑らかさで、そういった物にさしたる興味も知識も持ち合わせていないフランにもどれ程の真作であるのかが伝わってくる。
和装で外出するかどうかも分からないのに、きちんと用意しているあたり、ベルフェゴールの抜かりなさを感じてしまう。

「何かこれと、ミンク並べたらどっちがどっちか分からなくなりそうですねー…」
「ばぁか。幾ら俺が選んだものでも、ミンクの手触りには敵わねぇよ」

着崩れた時の注意点等をフランに教示していたルッスーリアが最後にベルフェゴールに向いた。

「ベルちゃん、分かってると思うけどフランちゃんは普段みたいに身軽に動き回れないんだからしっかりエスコートしてあげてね」
「ししっ、分かってるって」
「…ベルちゃんが注意するのか、ベルちゃんに注意するのか微妙なところね…」
「まぁな、基本だろ」

自分の頭より林檎二つ分程高い位置で交わされる会話を耳に挟みながら、フランは小首を傾げ再度ふわふわとした感触のショールに手をやった。
ルッスーリアに送り出され、ベルフェゴールはフランの手をとると、広間に入ったとき以上の笑顔で、悠々と廊下を通り、玄関の自動扉を潜り抜け、神社へ向かう。

「せ、せんぱい…手繋がなくても歩けますからー…」
「いいじゃん、この方が歩きやすいだろ?」
「そ、れはそうですけどー…」

普段の半分以下の歩幅になってしまう上に慣れない草履のフランに合わせ、ゆったりとしたペースで歩けばあちらこちらで交わされる新年の挨拶が聞こえる。
日頃、並盛に来る事はほとんど無いが、それでも周囲に流れる空気が日常よりも少し、おめかしをしているのだと肌で感じて何だか擽ったい。

神社に向かうにつれ、人の流れが一定方向なものになり徐々に数が増えていく。
石段を登り始めた頃には、流れが止まることこそないものの、更に緩やかなものになる。

「へぇ、結構人多いんですねー」
「だなぁ、俺も毎年来てる訳じゃねぇから分かんねぇけど。イタリアに居たらそこまで正月に拘りなんかねぇしな。っと、フランもうちょい俺の近く歩け」

すれ違う人とぶつかってしまわないよう、そっとフランを抱き寄せ、手の繋ぎ方を五指を絡ませた深いものへと変える。
同じ男として、置かれた状況に悔しさを感じながらも、自分を助けてくれている事に変わりないと思い、有難くベルフェゴールの手を握り返した。

それに、一緒に初詣に来てくれたのだ。

「何?お前今日やけに素直じゃね?」
「そ、んな事ないですけどー…」

石段を登り切ったところで、二人は思わず言葉を失う。
ベルフェゴールは人の多さに、フランは屋台の多さに。

「おぉ…圧巻ですー…」
「うわ…どれだけ暇人多いんだよ」
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