novel 2

□※欲情マイキティ
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蜥蜴の尻尾に山羊の角、叫び声を上げる植物に恋する相手の髪を一本…なんて、そんな物は必要ない。
準備するのは金、金、金。ちょっとした思いつきに一般家庭なら三年はゆうに生活出来るだけの大金をはたくだなんて、馬鹿げていると笑われてしまうだろうが、それもいい。
笑う奴らに価値を説明しようだ等とも思わない。自分にとってはそうするだけの価値があるのだというだけの話。
『金では買えない価値がある』事の意味を本当に知っているのは金を持っている者だけだと自分は思う。
使い切れない程の金があろうとそれが只の紙屑と化す瞬間を感じた事がある人間。
あぁ金以外に必要なものが一つ有った事をここで併せて伝えておこう。
可愛い君への悪戯心。

するりと柔らかいシーツの海。手触りだけで感じる一等の滑らかさは一糸まとわぬ素肌を優しく受け止め朝から秘め事に興じる恋人達にそっと寄り添う。
戦闘時にはナイフ、或いは匣を携え優美で凄惨な死の世界を作り出す指先は、うっすらと汗ばんだ柔肌をなぞり敏感な場所へと到達して、厭らしく蠢いていた。

「ぁあ、ん…せんぱい…あさ、ですー…ぁんっ」
「ん、だからもう起きたろ?フランが昨日の事ちゃぁんと覚えてるか確認」
「いみ、わかりませ…っぁ…ぁあ…」

夜は夜とて任務から戻り、身体を清めてから先にベッドに入っていた恋人の寝顔を見て欲を刺激されてしまった。
最初こそ、一人でキングサイズのベッドに眠る時はど真ん中を占領していたのが、今やすっかり、中央からやや左寄りに眠るのが習慣づいていて、その時もきちんとベルフェゴールの場所を空けて待っていたフランが相変わらず愛くるしくて口づけてしまえば、もうお休みのキスなんて可愛く済ませられなくて、目覚めたフランがあっという間に産まれたままの姿へとなって、抵抗すら忘れる位に睦み合った。
だが、それでも朝を迎えて挨拶を交わした時の少し掠れた声が、また何とも言えず艶めいて、常時の平坦なものでなく、夜の残滓を抱えた甘いそれであったのだ、これは仕方のない正当な結果だと、ベルフェゴールは自信を持ち、朱に染まる耳殻に甘く口づける。

「んもう…だ、め…せんぱいにんむじゃないですかー…ぁっ」
「まだ平気だし。フラン長期休暇だしいいじゃん」
「それは…ぁあ…っみぃ、ちょうき、にんむからもどったから…っ」

枕に顔を伏せるフランに覆いかぶさり、ほっそりとした身体と繋がって胸の頂きをくりくりと指で愛でれば、びくんと身体が跳ねて、きゅう、と蕾が収縮しベルフェゴール自身を締め付ける。
上体をぴたりと重ねて腰だけで抽挿を繰り返し、愛に濡れた欲を分け合えば、極点へとかけ上り熱が弾けた。
吐精後の心地よい疲労感に包まれ、とろん、と翡翠に柔らかないろを滲ませたフランが、髪を梳くベルフェゴールの指に甘えてすり寄った。

「んー気持ちいい?」
「何かーすごくのんびりしますーミーはこれから大絶賛二度寝で決まりです」
「だーめ、俺が任務出てからにしろよな」

髪を梳く手を止めると抗議の声が上げ、まぁるい頭を腕枕をしてくれているベルフェゴールの肩口にすり寄せる。
普段は後から抱き締めようものなら、やれ変態だ変質者だ痴漢だと、冷徹冷酷悪名高い暗殺者の名が咽び泣いてしまいそうな不名誉な称号を贈るにも関わらず、情事の後は余韻に意識をたゆたわせこうして自ら触れ合いを求めてはベルフェゴールに充足した敗北感を与えていた。

「やー撫でてー」
「お前、猫かよ。都合のいい時ばっかひっついてきやがって」
「もーせんぱい…ぁ…っ」

腕枕はそのままにフランを組み敷いて、濡れて色濃くなった瞳一杯に自分の姿が映っているのに満足しながらベルフェゴールは小ぶりな鼻先に歯を立てた。
そのまま鼻の付け根へと唇を滑らせて水気の残る目尻に唇を押し当てれば、ほう、とぬくみのある吐息がふっくらとした唇から洩れ出てベルフェゴールの鎖骨を擽ったくなって、ちろちろと舌先でなぞる。

「あ、やん、せんぱい擽ったいーもう、ミーだって負けませんよー」
「こら、脇腹擽んなっつぅの。こーら、フラン」

あちこちに手を伸ばして擽り合ってから、ぎゅう、ときつく抱き合えば、寝起きざまに情事に耽ったふしだらな身体から普段より色濃く匂い立つ甘い香りがして、再び芯に焔を灯す。
一つ低い音域で名を呼んだベルフェゴールの声を合図にフランは愛しい金無垢へ掌を埋めると身を攫う、感情の波に瞳を閉じて身体が打ちふるって感じるままに肌を暴く指先を追いかけた。

「せん、ぱい…っ」
「ん、フラン…フラン…っ」

熱い吐息すら空気へ同化する前に混じり合い、身体を重ねようとしたその時、無慈悲な電子音がベッドサイドから起床を促す。
ベルフェゴールは遠慮無しに嫌ぁな顔をすると、急きたてる目覚まし時計を叩き割らん勢いで止め、フランの胸元に額を預け大きく息をついた。

「あーもー何なんだよーあともう一回出来そうだったのに」
「駄目ですよーほらほらせんぱい、任務ですからー」
「…お前自分は休暇中だからこれからのんびり一寝入り出来るとか思ってんだろ」
「まーさかーぁ」

にこ、とベルフェゴールに向けられた愛くるしい笑顔の小憎たらしいこと。
中途半端に燃え上がる炎は埋火となり、一旦肚の奥へと収められ、名残惜しく口づけを交わしてベッドから降りる。
全裸である事を特に恥じらう様子も無くベルフェゴールはうん、と伸びをしてカーテンを引くと朝の眩しい陽が入りこみ、彫刻のようなしなやかな肢体を照らしだした。

「せんぱーい、視覚のセクハラですー早く服着てくださーい」
「あん?ばーか、むしろ眼福だろ。王子の身体見れるなんて」
「何言ってんですかー…ほら、風邪ひいちゃいますよ」

なんたる自信の表れだろうかと、フランは眉を寄せてはみるが、その実、過信ではなく晒された無駄のない身体は洋服を着ている時では分からない筋肉がしっかりとついており、見慣れている筈のフランですら、頬に朱を昇らせ目を奪われてしまう。
フランも同じ男なのだし、他の幹部連に比べれば確かに力仕事は少ないが、如何せん比較対象がそもそも常人とはかけ離れているのだと判断していた。
高所から飛び降りて着地するだけのバネや筋力、苛烈な任務地で術を維持する体力、基本的な体術だって心得ているのだから、一般人に比べればしっかりと身体は作られている筈なのに、胸板はお世辞にも厚みがあるとは言えないし、腕も足も華奢でルッスーリアやレヴィ・ア・タンのように隆起した筋肉も無い。
それどころか任務で女として潜入する時も喉元さえ隠してしまえば、術を纏う必要もなく疑われる事すらなく遂行出来るのは、スクアーロ曰くは便利らしいがフラン自身はやはり悔しかった。

「何ぼーっと見惚れてんだよ」
「見惚れ…て、ませんー…」
「ふぅ、ん。その割に熱い視線感じたんだけど」

下着とボトムを身に付けたベルフェゴールがベッドに肘を突き、上体を起こすフランに視線を落とすと、長い指を翠の髪に絡ませ、口づけた。
瞳は前髪の奥に隠されているのに、全身を捕えて羞恥も躊躇いもはぎ取ってしまう程の強い視線を確かに感じる。

「自意識過剰な事言ってないでさっさと着替えてくださーい」
「…何だよ、恋人に対して冷たくね?」
「は?散々ミーに朝から不埒を働いた人間の台詞ですか?」
「…そういうのが冷てぇの」

王子、傷心。
大して思ってもいない口ぶりで言って見せ、つい先程まで甘えを見せていた恋人にじっとりと視線を投げる。
頭を撫でている時は確かにしっとりとした恋人の空気であったのに、こんな時のフランはさらりとしていて、ベルフェゴールはどこか悔しかった。
愛情の薄さを感じている訳では決してない。愛されている事は十二分に知ってはいたが、表現方法の問題で、どうせならもっと甘えてみせてくれてもいいのに、例えば胸に飛び込んできて「せんぱい、行っちゃ嫌」なんて事を言われた日にはフランを抱いて任務に行くのに、と思うだけ。

「ほらさっさと着替えて行ってくれないと、ミーが二度寝出来ませんからー」
「この…っ覚えてろよ」
「もう忘れましたー」

ふふん、と機嫌良さげに鼻歌まで歌って見せるのは、任務に赴くベルフェゴールに対して自分は長期休暇である事の精神的余裕と、長期任務から帰還し、久方ぶりにゆったりとした休眠を得ていたところに向けられた情欲への小さな仕返し。
確かに熟睡しているところに覆い被さり待ったなしで想いを遂げたのは自分だが、フランだって言葉ばかりの拒絶で腰を震わせ、艶めかしい戯れを見せていたのだから同罪だと、ベルフェゴールは前髪だけでは隠しきれないねめつけた視線を送ってみるが、十も年下の恋人はさらりとそれをかわしてしまった。

「…帰ってきたら、休暇中ベッドから起きあがれねぇようにしてやるからな」
「はいはい、堕王子様早くしないとロン毛隊長に怒られますよー」

見計らったように携帯端末が鳴りそれと同時に寝室まで響く大音声で作戦隊長の声が届いて、遣り取りが中断に追いやられてしまい、ベルフェゴールはボーダーシャツに隊服を着ると、武器を確認してフランに触れるだけの口づけを落とす。

「ん、じゃあ行ってくっから」
「可哀想なせんぱいを見送る位はしてあげますよー」

昨夜ベルフェゴールによって脱がされてしまった寝巻を拾い、身につけて出入り口までとことことついて行き、この時ばかりは、ぎゅ、と強く抱きあって必ず無事で帰ってこれるようにと願いをこめる。

「ん、行ってくるな。昼からまた別の任務だけど、一回戻ってくるし」
「はい、せいぜい気を付けて行ってきて下さいねー」
「当たり前じゃん、俺王子だし」

するん、と絡ませた指を解くとベルフェゴールは扉の向こうに消え、部屋は朝の静けさを取り戻す。
うん、と両腕を伸ばしてみるが一度情を交わらせた身体は休息を求め、それに何ら抵抗を覚える事なくフランはベッドへ戻った。
行為で乱れてしまったシーツを、ぱん、と真っ直ぐにして潜り込むとベルフェゴールの香りがして、少し恥ずかしくなってしまうもののそれよりも愛しさが勝り、瞳を閉じる。

どれ位眠っていたのか、カタン、とバルコニーへと通じる窓が開かれた音でフランは目覚め、静かに神経を尖らせた。
どこの誰かは知らないが、最先端の警備システムと人的な見張りが幾重にも張り巡らされているヴァリアー本部、それも幹部の私室に侵入出来る程の手練れである時点で油断ならない。
諜報活動にしてはこんな昼日中、ましてや室内に人がいる状態で忍び込むなんて如何にも愚かであるし、自分の命を狙うにしても人が動き回っている時間なんて、あえての理由がなければ理解し難い。
恨まれ、狙われる覚えは最早多すぎて把握しきれない程ではあるが、おいそれと屠られるつもりもなく、反撃の機会を見つける為、まずは背を向けた体勢になっている現状をどうにかしようと、寝返りをうった振りでもしてみようかと、算段をつけた時、特に顰めた訳でもない声が耳に届きフランは驚嘆に息を詰めた。

「しししっ。部屋に居ないと思ったらまさかこっちとはね」
「…っ」

恋人によく似た声と口調。だけど、確かに違うと反射的に感じてフランは勢い良くベッドから身体を起こし、その姿を確認して間違いない事を悟ると、力を抜いて大きく息を吐き出した。

「お兄さん…っどうして、ここにいるんですかー」
「はよ、フラン。さっきフランの部屋行ったんだけど居なかったからこっち来た。ベルと一緒のとこ見なくて良かったわ」
「だ、からそもそもヴァリアーのアジトに居るんですかっ」
「ん?大好きなフランに会いに、に決まってるじゃん」

さらりと流水のごとく櫛削られた金無垢の髪を持つもう一人の正統王子。恋人であるベルフェゴールの双子の兄であるラジエルが開かれたバルコニーから燦々とした陽射しを浴びて、優雅に壁にもたれ掛かりフランを眺めていた。
どのような手段を講じて警備をくぐり抜けたのかは知らないが、息を乱している訳でもなければ怪我どころか、服にほつれすら無いところを見ると、誰の目にも触れる事無く、平和そのもので部屋までやって来た事は分かる。
XANXUSに警備の見直しを進言してみようかと、らしくもない事を思ってみた。

「そういうのは、いいですからー本当に何の用ですかー」
「だーから、フランに会いに来たんだって。ベルが居るとうるっせぇし、ゆっくり二人で話出来ねぇじゃん」
「…ミーがお兄さんと居てせんぱいが何も言わなかったらそれが問題ですー…」

真六弔花では無かったものの、手にしていた指輪の精度が高かった事に変わりなく、そのお陰で九死に一生を得て未だ現世に生身で留まっているラジエルは先の一戦でフランを見初めたらしく、事あるごとにふらりと現れてはベルフェゴールに負けず劣らずの手練手管でフランを籠絡しようと甘く誘惑をしてはベルフェゴールと衝突していた。
本気で殺し合う程に反りの合わない兄弟ではある割には、二人ともがフランに眼をかけるあたり好みはよく似ているのかもしれない。ラジエルがやってくるタイミングも、ベルフェゴールと睦み合う直前であったり、口づけるその刹那であったりと、どこかで見ていたのではないかと疑ってしまう程、ぴったりと邪魔になる頃合いでやって来る。
そうなると部屋中炎とナイフが飛び交って、とても『うるっせぇ』の一言では済まされない惨状になるのが常で、隙を狙いフランを攫ってしまおうとするラジエルと指一本触れさせまいと腕にフランを抱くベルフェゴールの何とも熾烈な兄弟喧嘩が繰り広げられるのだ。

「なぁあんな準天才のベルなんて止めて俺にしなって。ずーっと大事にするし」
「…謹んでお断りしますー」
「そんなにベルのどこがいいの?認めたくは無いけど顔なんて瓜二つだし、俺のが正統後継者だし真の天才だし、アイツすげぇ我が儘じゃん」

つらつらと並べていく事柄の大筋は間違いない。顔の造りは双子であるのだから確かによく似ているし、執事であるオルゲルトの言うところによれば既に後継者としてはラジエルで決定していたらしい。
戦闘センスだけを見ればラジエル自身が天才である事は疑う余地もなく、ベルフェゴールが我が儘かどうかは言わずもがなだ。

「そういう部分で見てる限りは、きっと分からないと思いますよー?」
「…ふぅん…」
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