novel 2

□※さぁ、偽りのキスを始めよう
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がちゃりと音を立てて談話室の扉が開かれるよりも前から、廊下に響く靴音で気付いていた。
殲滅戦等、嗜虐的な嗜好を満たされる任務の後は興奮冷めやらぬまま楽しげに高く、軽やかに響く。
護衛や諜報活動等、隠密を強く求められる任務の後は、類い稀なる戦闘センスを発揮出来ず、不完全燃焼で帰還するため、持て余した熱を発散するように踵に力をこめてがつりと歩く。

今はそのどちらでもなく、気だるげで面倒くさそうに少し足を擦って歩いている。
折しも時間帯は日付変更を一時間程前に終了してしまっているこんな真夜中。

あぁきっと間違いないと、慣れた確信と慣れてしまいたい胸の痛みを感じながら、扉の方に視線を向ける。

「まだ朝までは時間がたっぷりなのにー。お早いお帰りですねー堕王子様」
「あ?るっせぇよ。っつぅか、まだ起きてたのかよチビガエル」

フランの姿を確認し、投げ掛けられた皮肉に小さく感情を逆立ててはいたが間髪入れず応酬して見せた後も、談話室を去ることはせず、フランの差し向かいにあたる一人用ソファにどかりと座ると入室した途端から匂っていたフローラルの香水の香りが更に強くなって、息が苦しくなってしまいそうだと、フランは柳眉を寄せた。

本来の使用量を守られていればふわりと鼻を擽る優しい香りなのであろうが、過剰に振り撒かれたそれは最早凶器の域に入ると思う。
況(ま)してや、女物の香水など。
だが、余程ベルフェゴールに自分の名残を残したかったのだろうと思うと、どうにも馬鹿にする気は持てなくてフランはちらりとベルフェゴールを見遣った。

ローテーブルに置かれていたフランのシュークリームに無断で手を伸ばし、がぶりと噛み付く食べ方にはどうしても正統王子という肩書きは符号しない。
だが、他の人間であれば眉をひそめられてしまいそうなその姿も、ベルフェゴールがすれば品性を失う事なく、不快を全く感じないのはやはり持って産まれたものの違いなのかもしれない。

だが、今のベルフェゴールから感じられるものは王子としての品格や、最強暗殺部隊に幼くして幹部となった天才暗殺者としての威厳だけではなかった。
普段よりも、やや上気して水気を帯びた肌や、気だるげな仕種。
何よりも只でさえ人を惹き付けてしまうベルフェゴールを更に艶然と引き立たせている、雄の匂い。

ぞっとする程美しくしなやかで危険な、獣の気配。

フランは目を逸らすことも出来ず、瞳を翳らせた。

「まーた、女の人と遊んでたんですねー。はーよく飽きませんね、色欲王子は」
「お前みたいなガキんちょにはまだ早いから分かんねぇんだよ」

嘲笑いながら、カスタードクリィムの付いた長い指をべろりと舐めとるその仕種一つが腰に絡みつく様な色香を纏う。
圧倒的な経験値の差を見せつけられ、フランは羞恥に頬を染めると、きっ、とベルフェゴールを睨みつけてから、精いっぱいの虚勢を張った。

「そんな事ないですー。せんぱいこそ、いっつも違う女の人相手にして、実は誰にも本気にされてないんじゃないですかー?」
「ばぁか。んな訳ねぇだろ。同じ奴相手にしてたら本気にしてくるから面倒くせぇんだよ。お前そういうの分かんねぇからガキんちょなんだよ」

幼い子どもに言い聞かせるような声色に押し切れない悔しさを抱えて、フランは下唇を、ぎゅ、と噛むとベルフェゴールの正面に立った。

「そ、んな事無いって言ってるじゃないですか。ミーだって分かり、ます。ガキんちょじゃないです」

自分を見下ろす体勢で言い放つフランの瞳は黄色の照明を取りこみ、硝子玉と同じ透明度できらきらしく輝いている。
ベルフェゴールはそれを眺めながら面白そうに口角を吊り上げると、ぐ、と眼の前にある細い手首を引きよせて吐息が掠める程にフランとの距離を詰めた。

「なら、俺の事本気にさせてみろよ」

言葉の意味合いを取りこみ、硝子の瞳が大きく開く。
浅い場所で繰り返される呼吸が三度繰り返された後、ごくりと唾を飲み込んでからフランの瞳は硝子玉から金属へとその強度を上げた。

「わ、かりました…なら、ミーと…つ、付き合って下さい。ミーがせんぱいを本気にして、面倒だって言ってやります…っ」
「いいぜ、じゃあ俺はお前を本気にさせてやるよ」

二人の間に小さく火花が散って空気の密度がぐん、と上がる。

「なら、さ時間制限つけようぜ。そうだな…今日から一カ月。二月の十四日サン・ヴァレンティーノだし丁度いいだろ?」
「のぞむところ、ですー…」
「楽しみにしてろよ、馬鹿みたいに俺の事好きにさせてやるから」

言いきるなりベルフェゴールはフランの後頭部に手を回して自分の方に引き寄せ、フランの唇に自分のそれを押し当てた。
厚い前髪越しにフランを見てやれば大きな瞳を更にまぁるくして、ベルフェゴールを振り払おうともがく。
強く抱き寄せれば、バランスを崩してベルフェゴールを跨ぐ形になり両膝をソファに突いた。
ベルフェゴールは両腕をフランの細腰に回して抱き締め、自分の腿の上に座らせると、舌で固く閉ざされたフランの唇を割り開いて奥へと侵入を試みた。
噛みつこうとする前に舌を根元から絡め取ってやると、息苦しさかぬるりとした未知の感触にか、身体から力を抜いてしまうフランを瞳だけで笑う。

ただ単に、少しフランを揶揄ってやろうと思ったのだ。
十も年の離れた、そして十年前の自分より幾段も性に未熟な後輩を。
売り言葉に買い言葉。自分が放った言葉を真正面から受けて立ち、予想外の行動を見せた。
言葉に含まれる強い毒性には閉口してしまうが、その容姿だけを見れば辺りの女より軽く数段は上を行く。
面倒な奴は嫌いだが、気が強くて多少手のかかる奴を相手にするのは悪くない。
その分、堕ちた時の表情(かお)が堪らない。

フランはベルフェゴールからの強引な口づけを受け止めながら、肩に手を突いてシャツを握り必死に意識を繋ぎとめていた。
幾ら暴れようとしてもびくともせず、それどころか益々抱き締める力を強くして、音を立てて舌を吸いあげる。
ぴちゃぴちゃと淫猥な水音だけが静かな談話室に響き、壁にはぴたりと抱きあい一つになった影がくっきり浮かぶ。
フランの呼吸が限界に近付いた頃、ベルフェゴールがようやく唇を離すと、名残惜しげに銀糸が繋ぎ、ふつりと途切れて茫然とするフランの口端に落ちた。

「付き合ってんだからさ、これ位当たり前だろ?」

至極愉しげに笑う姿がまるで迷い人を煙に撒いてしまうチェシャ猫を思わせる。フランはぐい、と口を手の甲で拭うと、どうにか取り戻した意識で声が震えない様に言い聞かせながら口を開いた。

「あ、当たり前じゃないですか…っべ、つに…これ位…っ」
「ふ、ん…だよなぁ」

フランの腰に腕を回したまま身体を浮かせ、自分の身体の向きを変えるとそのままゆうに三人は座る事の出来るソファへと身を沈めた。
反応すら出来ないフランを眺めては笑みが昇るのが止まらない。

「なら、勿論こういう事もありなんだろ?」
「あ…な、に…やぁ…っあっせんぱ…っ」

フランが着ていた厚手のパーカーのファスナーを引き下ろし、更に下に着ているシャツの裾から手を這わせる。
状況をようやく理解して抵抗を始めたフランの両手を捕えて自分の唇に当て、ちゅ、と音を立てて吸い上げた。

「や、だぁ…っやっせんぱ…いだって、こん、なとこ誰かに、見られ、たら…ぁっ」
「ボスはボンゴレの会合、スクはその警護。レヴィとルッスは任務。下っ端の奴等は緊急事態でも起きねぇ限り来ねぇよ」

フランの制止を物ともせずにベルフェゴールは細い指先を、かり、と噛んでは舌先で愛でた。
日頃は人形のように変化のない顔立ちを今は泣き出してしまいそうな程歪ませている。
繰り返しあえかな声で、いや、と零しながら未だ抵抗するその姿は一層ベルフェゴールの加虐心を刺激した。

「好きだよ」

まるで熱に浮かされているように愛を囁くベルフェゴールの声は掠れ、胸を深く貫いていく。
思わずぴたりと全身が抵抗を止め、肩で息をするフランは自分の身体がベルフェゴールを受け入れ始めたのを感じていた。

「好き、大好き…」
「…ぁ…っ」

捕えた両手に愛おしげに頬を寄せてから、フランを抱き締め首筋に顔を埋めて脈打つ頸動脈を覆う薄い皮膚に紅い華を咲かせた。
冬の淡雪の白さを持つフランの肌にそれはそれは鮮やかに咲き誇る。
ぐぅ、と眉根を寄せるとフランは滲む涙を瞳の奥へと押し込んで、未だベルフェゴールに捕らわれたままの手を取り戻そうと力を入れれば、最後に、ちゅ、と仕上げをされてソファの上へと返された。

自分を組み敷きながら愛を囁くベルフェゴールは、一つも自分の事など見ていない。
ベルフェゴールは自分を何も知らない子どもだと言ったけれど、それは違う。
少なくとも、香水を振りまきベルフェゴールに自分の証を残そうとした気持ちは分かる。
分かって、しまう。
ずっと、ずっとベルフェゴールを見ていたのだから。
ベルフェゴールが気だるい足音を立て、香水や化粧の移り香を纏いながら帰還する度に苦しくて、悔しくて、羨ましかった。
ベルフェゴールを想う気持ちは誰にも負けないのに、一つも報われる事なく、表に出せることもなくて。
今日だって、ベルフェゴールが盛り場で居るのだろうという事も、そこで誘いをかけてきた女と一時の情交に耽っているのだろうという事も何となく分かっていた。それを確信した自分の心が悲鳴を上げる事も。
でも、それでも落ち着かなくて、会いたくて、ほんの少しでも視界に入り込みたくて、談話室で夕食の後からずっと待った。

ベルフェゴールに抱きしめられているのに鼻に届くのは何処の誰とも知れない女の香水。
ベルフェゴールに好きだと囁かれているのにそこにあるのは愛情ではなく嘲笑を含んだ好奇心。


フランは行き場の失った手でソファカバーを掴もうとしたが、ぴん、と張られたそれはフランの指先を受け止めてくれる事なく表面を滑っていく。
ベルフェゴールは初めて目にするフランの肌の眩しさに目を細めるとするすると手の甲で撫で上げて柔らかな感触を愉しんだ。
容姿だけでなく、手触りもこれまで相手にしてきた女とは格が違う。
どこもかしこも吸い付く柔らかさを持ち、滑らかで、この身体を今から暴くのだと考えるだけで、今しがた欲を吐き出してきたにも関わらず、身体中に熱が駈け巡る。
ベルフェゴールは舌先を肌に滑らせると、昇る甘味に思わず薄く笑んで胸の頂にちょん、と触れた。

「ぁ…っく、ぅ…っ」
「イイ声出せんじゃん。もっと聞かせろよ…っ」
「あ…や、ぁ…んっぅ」

初めて与えられる愛撫にフランはびくんと身体を弓なりにしならせ、後頭部をソファへと押しつけた。
自分でも聞いた事のない、高く鼻にかかった声が嫌で、両手で口を塞ぎ、拇指の付け根へと歯を立てた。

「ん…ふ、っく…ぅー…っ」
「こら、噛みついたら声聞けねぇだろ」
「う…っぁ…っや…っやぁ…っ」

ベルフェゴールは両手を一纏めにして、頭上で固定すると再び胸元へ鼻先を寄せてから胸飾りを舌で嬲り始めた。
ちゅう、と吸い付けば肌が粟立ち甘い声が溢れ出て空間を染め上げる。
甘噛みをして指で、きゅ、と摘まみあげればいやいやと頭を振っていたフランが小さく震えて硬直してしまった。
繰り返し胸元に舌を這わせながら、手でうすづくりな身体の輪郭をなぞってやれば、抗いきれない愉楽が嬌声となって声帯を震わせる。

「ん…は、ぁ…っあぅ…っ」
「お前、声だけじゃなくて感度も最高じゃん…初めてのくせに…っ」

ベルフェゴールから与えられる刺激をやり過ごしたいのに大人しくしてくれない自身の身体が情けなくて、虚しい。
無意識に膝をすり寄せようとしても間にベルフェゴールの身体が差し込まれているために、膝頭をベルフェゴールの脇腹に擦り当ててしまった。

「何?誘ってる?そんな焦んなって」
「…やっちが…っぁん…っ」

ベルフェゴールはフランの耳元で囁くとするする手を下ろし腰の辺りを指先で撫で、ハーフパンツ越しに反応を始めた熱の中心に触れた。
ベルフェゴールに抑えこまれている手首がびくりと震え、ぐぐ、と力が篭る。

「あ…ぃや…っせんぱ…そん、なとこ…っふぁあ…っ」
「可愛い。可愛いな、お前は」

耳元でうっとり囁く言葉に嘘は無い。
端正なベビィフェイスが快楽と理性の間で揺れ動く様は、それはもう舌なめずりをしてしまう程に愛くるしい。
赤みの差した頬と口づけでぷっくりと腫れた唇。日頃眠たげに現(うつつ)を眺める翡翠の瞳は涙に濡れてシャンデリアから注ぐ光をまっすぐに取り込んでいた。
只、肉体的な快楽に溺れているだけの女とは違う。
本能に従う身体に羞恥を覚えながら頭の片隅に残る理性に必死で爪を立て、無駄だと分かっている抵抗を見せる。
平素、可愛げなく毒を吐き出し、自分が投げつけたナイフをいかようにかして、傷一つ負わず受け止めて見せる、フランが。

ベルフェゴールは下着ごとハーフパンツを引き下ろすと、きゅ、と身を縮こまらせるフランを見下ろし熱を持つ中心に直接触れた。

「ひぁあ…っやぁ…っ」
「あ、ぁ…すげ、良い反応…。お前自分でヌいた事もねぇんだ」

まぁるく生まれた真珠の涙がはぜて、幾つもの筋となりフランの頬を滑らかに伝い落ちた。
フラン自身を手で握り込み根本から先端へと絞るようにして緩急をつけて扱けば、未体験の感覚にフランの瞳は行き場をなくし彷徨った。

「ぁん…っい、や…っあ…なに、これ…っ」
「何って、フランの事気持ちよくしてんの」
「ちが…っちが、やぁん…っ」
「じゃあ、はっきり言おうか?今、お前は俺に抱かれてんの。俺と、セックスしてんだよ」
「あ…やぁ…っ」

手の速度を速めればとろとろと先端から白い蜜を零し始めた。
掌で先端をくるりとなぜれば、フランの腰が揺れる。溢れる蜜を潤滑油にすれば、滑りがよくなり、フランの身体に走る感覚が鋭くなっていく。
ベルフェゴールの言葉に反抗したいのに、なら、これは一体何なのかと自分に問えば正確な答えは見つからなかった。

「あ…や…っんぅ…っ」
「ほら、もうぐちゃぐちゃに濡れてんじゃん。そろそろ限界だろ?素直になれよ」
「ちが…みぃ、は…っあっやっだめぇ…っやぁあ…っ」
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