novel 2

□※欲情マイキティ
2ページ/7ページ

だけど、顔の造りが幾ら似ていても、自分に向ける表情はまるで違うからきっと同じ髪型にしても自分は分かるだろう。どこがどうと聞かれて言葉に出来る程はっきりとはしていないが、敢えて言うならばベルフェゴールからしか感じないぬくもりがあるのだ。
正統な王位継承者であるかどうかは自分には関係無いし、ラジエルが天才であるからといって、ベルフェゴールがそうでないという事にはならない。相対的に見ても然程差は感じないし、絶対評価をするなら尚更、ベルフェゴールが天才である事に揺るぎはない。
我儘な部分を一番向けられている自分としては、確かに困ってしまう時も多々あるけれど、我儘というよりおねだりに近いものも沢山あって、それは恋人である自分だけの特権なのだと心ひそかに思っている。

「まぁ、それはいいや。フランこれから暇?」
「はいー?ミーはこれから大絶賛二度寝をしますーせんぱいも昼前に帰ってきますのでー今の内に帰った方が身のためですよー」

これは決してラジエルの身を案じて出た言葉ではなかった。フラン自身、ラジエルの度重なる求愛にたじろいではいたものの、ラジエル自身の事は特に嫌っている訳ではなかった。
だが、この時はそういったものではなく只、単にラジエルが長居をしてベルフェゴールが帰還し、遭遇すれば又、面倒な事が目に見えている。その事態を収拾させるのが自分だと言う事も、その後スクアーロから耳と頭に痛い説教を受ける事も。
それらを回避するには速やかにラジエルが場を去り、フランは再び夢の中へと帰って、ベルフェゴールを待つ。それが最も穏やかな選択だと思っていた。

「帰る、っつったら語弊があるかなー。俺さ、今日はフランを誘いに来たんだよね」
「はいー?お兄さんと出掛けたりしたらミーまでせんぱいに怒られますからー…」

仮にラジエルと二人で出掛けた時の事を想定すると、フランは一歩後へと身を引いた。
それをベルフェゴールが知ればその場がどうなるかよりも、その後の自分の身体がどうなってしまうのかに考えは行き当たり、結論として怒られるどころの話では無くなる事が容易に見える。
フランが入ったままのベッドに乗り上げると、ラジエルはにんまりと人の悪い笑みを零し、唇を引き結ぶフランと額が触れ合いそうな程距離を詰めた。

「いいじゃん、ベルが帰ってくる前に帰れば。ちょっと話したいだけだし。心配ならヘルリングもヴァリアー匣も持っていけば?」
「や、それはそうですけどー…いや、そういう事じゃなくてですね…」
「一緒に来たら昔のアルバムとか見せてあげるけど?見た事無いよね、子どもの頃のベル。性格は昔っからねじ曲がってるけど見た目だけなら髪型も俺と同じですげぇ可愛かったよ」
「ちっちゃい頃のーベルせんぱいー…」

フランの心の天秤がぐらりと音を立てて傾いていく。
ベルフェゴールの口から過去の話を聞いた事は無かったし、話したくない過去の一つや二つフラン自身も持っていたので深く追求するつもりは無かった。
マフィアの暗殺部隊なんて特殊な環境に身を置いているのだ、世間一般の幸せな人生とは程遠い、暗い道程(みち)を歩いて来た事位珍しくも何ともない。
だが、単純な気持ちとして大好きな人の子どもの頃を見てみたい気持ちはやはり、あるのだ。
故郷(くに)を捨て去り入隊したベルフェゴールは当然アルバムなんて代物持ってはいない。

「で、でも…せんぱいが見せたがらないものを覗くみたいですしー…」
「多分あいつそういうのあんま気にしてないと思うけど。だって俺と会った時もあっさり子どもの頃の事話したじゃん」
「それもそう、ですけどー…」
「見たくない?ベルがどんな風に笑ってたのか」

最後の一言でフランの心の天秤は完全にラジエルへと傾いてしまった。
うっすらとした罪悪感があるものの、ベルフェゴールの幼少期のアルバムなんてアイテムを向けられて、意志を通せる程フランは強固ではなかったし、帰ってくるまでの僅かであればという算段もあった。
迫られてもヘルリングとヴァリアー匣があれば撃退する位は出来るだろうし、いい加減ラジエルも懲りたろうと思う。
ラジエルに後を向かせて簡単に身なりを整えると、二人はバルコニーから、庭に植えられている木に視線を向けた。

「窓から行くんですか?」
「そりゃあね、俺が堂々とヴァリアー本部内を歩ける訳無いし、第一どっから入ったんだって話になるから」
「それもそうですね」

バルコニーから木へと飛び移るとそのまま見張りに咎められる事もなく二人はヴァリアーの敷地を抜け、フランはやはり警備体制の見直しをXANXUSに進言してみようと決めた。
森の中を木から木へと飛び移り、開けた場所に出ると豪奢な屋敷が目に飛び込む。
ヴァリアーアジトの城程の大きさではないものの、かつての時代の貴族の別荘といった建物は森の中で存在感を放ち、王子であるラジエルに相応しい美しさだった。

「っはー…すごいですねー…」
「まぁ王子だしね。こっち」

正面から入ると紅い絨毯が敷かれ、季節の花が活けられており高い天井からは精緻にカットされたクリスタルのシャンデリアが吊り下げられている。
どういった収入源があるのかはフランには見当もつかないが、遊んで一生暮らせる程、金には困っていないのだろうという事だけは分かる。執事であるオルゲルト以外にも人を雇っているようで廊下や窓はくもり無く磨き抜かれ、出迎えのメイドが恭しく頭を下げた。
呆気にとられるフランの手を引き、行き着いたのはラジエルの私室らしいが、見た目と恋愛対象の好み程そこは似る事は無かったらしく、室内は掃除が行き届いており床に脱ぎ散らかした服が落ちている事もなければスナック菓子が食べ掛けで放置されている事もない。
窓から射し込む光が柔らかく照らし、机の上には読みかけの本が金の栞を挟んだ状態で置かれていた。

「そこのソファ座ってて、今アルバム出すから」
「あ、はいー」

ラジエルが硝子戸棚からアルバムを探していると扉からノック音がして、紅茶と菓子を乗せた銀のワゴンを引いたオルゲルトが、穏やかな休日に不似合いな威圧感を醸し出し、現れた。
手早く準備を整え、ラジエルから退室の命を受けると、じろりとフランを一睨みした後欠かさず礼をし、静かに部屋を出る。
敵対していたのだから、仕方が無いとしても、フランは本能的にオルゲルトと相容れる事は無理そうだとソファに凭れかかった。

「あったあった、これ」

古い革の装丁のアルバムはずっしりとして、表紙の一部分が焦げていた。恐らくベルフェゴールが国を出る時のいざこざでそうなったのだろうと、フランが指でなぞるとざらりとした感触が伝う。
二十年以上も前のアルバムを開く瞬間、フランの胸は大きく高鳴り、初めて見る幼少期のベルフェゴールへと想いを向けた。

「わ、ぁ…これ、せんぱいとお兄さんですかー…」
「そ、ちなみにこっちが俺、で、こっちがベル」
「よく分かりますねーこんなにそっくりなのに」
「意外と本人は分かるもんなんだよ」

きっとヴァリアーの幹部達も見た事のないベルフェゴールの姿がそこに切り取られ、収められていた。
どうやら元々は産まれた時からのアルバムが順を追って何冊もあったようだが、ベルフェゴール出奔の時やそれに纏わる王族間での反逆等で焼失したり紛失してしまったらしく、形として残ったのはごく一部で、オルゲルトが大事に保管していたのだと言う。
それでもフランにとっては初めて見るベルフェゴールの写真は心を弾ませ、つい前のめりになって見入ってしまった。
長く伸ばされた前髪は二人揃って昔からで、投石し合う前段階のテディベアのぬいぐるみの投げ合いをしている可愛らしいものから、王子らしくピアノやヴァイオリンを演奏しているもの、畏まった服装で門の前に立っているもの等、昔、確かにそこにベルフェゴールが居たのだと、今に繋がる時間が流れていたのだとフランに教えてくれる。

「せんぱい…昔っから笑い方変わらないんですねー…」
「それね。物心ついた頃には俺もベルもそうだったかな。意識した事無いけど」

しし、とチェシャ猫の様に笑う笑みは昔かららしく、何枚かはその表情で古ぼけた写真に写っていた。
自信に溢れた、未来への沢山の可能性を感じさせる王子様、きっとベルフェゴールはそうだったのだろう。
ぱらぱらと食い入る様に捲るフランに苦笑を零し、向かいに座ったラジエルがティーカップを持ちあげた。

「フラン、紅茶冷めちゃうから先飲んだら?ケーキもクリィム溶けちゃうし」
「え、あ…すみません、ありがとうございますー」

写真背景をあれこれと解説してくれていたラジエルが手ずからフランの分の紅茶を注ぐと、一緒に生クリィムの添えられたシフォンケーキを差し出した。
どれだけ一生懸命見ていたのかと、アルバムを一旦ソファへ置いて、注がれた紅茶に口を付けると茶葉の香りが広がり、更にフランの心をほぐしていく。特にラジエルが隣に座ってくる事もなく、ベルフェゴールの幼少期の写真を見て話を聞く事が出来、後で振り返るとこの時確かにフランは油断していた。

「フラン、ケーキもどうぞ」
「あ、どうもありがとうございます」

にっこりと笑いかけながらケーキを差し出すラジエルの内側に隠されていた思惑を感じ取る事は一つも出来なかったのだから。

「ただいまーフラン…あ?」

愛しい恋人が自分を待っている筈の私室の扉を開いたベルフェゴールは思わず素っ頓狂な声を上げると隊服を放り出し、眠っているのかと寝室に向かうが翡翠色は見受けられなかった。
携帯端末は部屋に置かれたままで談話室にもおらず、通りがかったルッスーリアを捕まえて聞いてみたものの、見かけていないと首を振られる。
門番に確認してみるとベルフェゴールの後にフランが外へ出た記録は無く、見落としは無いのかと言葉を重ねた。

「本当に出てねぇのかよ。交代の時とか気付いてねぇとか」
「いえ、ベルフェゴール様、新しい門番が来てから交代しておりますので…そういった事はありません。フラン様はここの門を通ってはいらっしゃいません」
「じゃあアイツ何処行ったんだよ」
「そうは申されましても…」

もしかしたら只単に買い物にでも行っているのかもしれないと、片隅に残った理性が語りかけるが直ぐ様本能がそうではないと否定する。
ひたひたとした背骨を冷たく滑り落ちる悪寒が、ねっとりと絡みつく気配が、今フランに危機が差し迫っているのだと告げていた。
こんな時は勘が外れればいいと、ベルフェゴールは強く願うが残念ながら生まれついた天才の哀しい性(さが)はそれを許す事なく、研ぎ澄まされた感性を発揮する。
それとも、皮肉でしかなくともこれは双子ゆえの見えない繋がりというものなのかもしれない。

「あ、ぁ…っ身体…っが、なに…ぃやぁ…っ」

全身が焼けるように熱い。
ラジエルから勧められたシフォンケーキを一口食べた瞬間フランの身体がみしりと悲鳴を上げた。
頭ががんがんと痛み、身体の中から何かが引きずり出されていく。意識が遠のきそうになって、思わず机にぎりりと爪を立て、ラジエルを見上げれば特に焦る事なく優雅にカップを置いた。

「フラン、ごめんね。すぐ収まるから」
「おさま…っつぅ…っ」
「フランにばれないように無味無臭、依存性と副作用無しで効果が高く持続性があって…まぁとにかく身体に害はないから安心して」

フランの隣に座り、宥めようと頭を撫でるが、余程苦しいのか振り払われる事もなくラジエルはするすると柔らかい翡翠の髪を梳いた。
徐々に身体から熱が引き、呼吸が収まったフランが、むぅ、と口を曲げラジエルの手をのけるとあっさりと身体をひく。

「残念、せっかくフランの髪触れたのに」
「残念、じゃないですよー…一体何してくれてんですかー…ほんっとに兄弟揃って碌な事しないんですから」
「ベルと比べないでほしいんだけど…」
「っあーもー…一体何が…」

すっかり体調が戻るとフランは自分の身体に感じる違和感に喉を押さえて声を出して確かめる。
音、匂い、景色、感触。少しずつ何かがずれている感覚がして、立ち上がり落ち着きなく部屋を歩き回ると更に落ち着かなくなってしまった。
そうして身体を襲った痛みが自分に何をもたらしたのか、全身をぺたぺたと触り、その答えを見つけるとフランは冷ややかな視線をラジエルに向け、腹立たしげに言い放った。

「ほんっとう、碌な事しない兄弟ですね…っお兄さん、何考えてるんですか…っ」
「いいじゃん、すごく可愛いよ。よく似合ってる」
「そういう意味じゃありません…っ」
「大丈夫だって。持続は三日間位あるけど、さっきも言った通り副作用も依存性も無いから身体に害は無いよ」

にこ、と晴れやかな笑顔には悪意の欠片もなく、性質(たち)の悪さを際立たせる。
恐らくラジエルは恨みや嫌がらせではなく、心からの悪趣味で悪戯を仕掛けたのだろうと、フランは知れたがどちらにせよ迷惑である事に変わりは無い。
現時点で身体への害をありありと感じながらも、命の危険性は無さそうだと、フランは息を吐き出しラジエルの隣に座り直すと嫌そうに口を開いた。

「…で?他にはこれ何か効果あるんですか?」
「ん、あるよ。特性をちょっと、ね」
「やっぱり…。まさかと思いますけど食べ物とか、言葉とか、思考とか、じゃないですよね?」
「まさか。そんな事したら大変な事になるし。大丈夫、俺が最後まで責任取るから」
「責任って…ぁ…っう…っ」

ずくん、とフランの身体に熱が滲む。ケーキを食べた直後に感じたような身体中を焼きつくす熱ではなく、身体の芯に灯るような、熱。
解放を願い、時に分かち合い、時に奪い合う、ぬくもり。
フランの息がはくはくと乱れ肌から匂い立つ甘い予感を感じ取るとラジエルは、ねっとりと舌舐めずりをしてフランの腕を引き、抱き寄せて耳元に唇で触れる。
その瞬間、ぞわ、とフランの身体が波打ち表情がとろりと濡れた。

「あ、ぁ…っぃやぁ…っ」
「ししっ可愛いフランー」
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ