shortstory

□咲蔵前線恋吹雪
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約束したその言葉

ただ、頼りにしていたその言葉

必ず来てくれると…信じて

















『愛してる』と言えたら…どんなに幸せでしょうか…。


吉原。
俺は花魁。
そして、源氏名は『咲蔵太夫』
男ながら、顔が女より美しいため遊女で最も高い位の花魁になれたようで…。
まぁ、他に理由があったのだろうけれど…。

馴染みのお客様。
浮気もせず、俺を見てくれる大事な人。
俺が…密かに想いを寄せている人…。
初めての出会いなど忘れてしまった…。
だけど、覚えているのは…貴方は最初から俺を目当てに来てくれたということ。

俺は今年で24。
来年か、再来年で自由になれるのだろうか…。
でも、俺は花魁。
他の遊女とは位が違う。
男の俺にも身請けの話はある。
そのたびに逃げて、拒んでいたけれど…。
きっと…この廓の中で過ごすのだろう。


「今日も来たん?」
「せやね」
「そない俺に執着して…浮気してもええんやで?」


浮気、それは他の花魁に行くこと。
俺は男だから、そんなの覚悟済みだった。
けれど貴方は…


「するわけなか、俺が好いとるんは
白石サンばい」
「そらおおきに」


めったに見せない優しい微笑みをして、お礼を言う。


「今日も買うんか?」
「何ね?」
「からだ」


俺は稼ぐためなら何でもしました。
稼ぐしか…此処を出る方法がないから…。
俺達はいつでも籠の中の鳥。


「そげん毎日やっとったら…体持たんね」
「大丈夫やって、俺は自分としかやっとらんから…いっそ…」


言えない。
『一生分買ってください』
など…言えない。


「ん?」
「いや…気にせんとき」

なんとか作り笑いをして誤魔化したけれど、貴方に誤魔化せる自信はなかった。


「白石サンは今いくつと?」
「はは、聞くんは野蛮とちゃう?…まぁええけど…。俺は24や」
「俺より年上やけんね」
「えっ、…自分いくつなん?」

俺より背がずっと高く、年上と思わせるその顔から、26くらいだと思っていた。


「23…やけんね。ばってん生まれてきたんが遅かったと」
「そか…せやったら俺と同じ年に生まれたんやな」

ふふ、と此処一番の微笑みを見せた。


「それで…買うん?」
「買う」


こくりと頷き、白石をすんなりと押し倒す。
着物に手をかけ、するりと脱がせた。
陽の光が当たらない此処では白石の肌は焼けてなく、白い肌だ。

首筋に吸い付き、咲かせた赤い華はあまりにも鮮やかに生えた。


「痕はアカンやろ…」
「その分払うけん、勘弁して」


でも怒りはしない。
それは、口に出してはいけないけれど、好きだったから…。
俺は言えない。
『好き』
なんて…。


「ぁ…ん、ぅ…」


部屋に響かせる声。
外は騒がしいから聞こえてないだろうけど。



「はぁ、ん、」




毎日貴方に溺れ、言葉さえも快感となる。


このまま時間が過ぎるなんて…なんて勿体ない。
時間など止まってはしまえばいいのに…。

















「ん…」
「お目覚めばの口付けでもしたかったけんね…残念」


その微笑みは、俺へのモノとわかって嬉しかった。


「俺も残念」


頬に手を添え、俺からの口付けをする。


「せや、そろそろサン付けやめへん?」
「え、ばってん…」


貴方の口を押さえ、


「俺は蔵でええ」


貴方が頷いたところで、手を離した。


「おおきに、千里」






****










何日過ぎただろうか…。
俺は貴方と出会って。
何回の夜を過ごしたでしょうか…。

最近忙しくなったそうで、俺のところには5日に1度程度になった。
他の男では、話にならない。
貴方が良い。


「はぁ…」
「どうかしました?」
「…ううん、気にせんとき」


今は接客中。
そんな心の声を出してはいけない。

それに、今日はお偉いさん。


「そうですか…疲れているそうで…」
「あぁ、ほんま…?俺も年やなぁ」
「そんな、僕よりもお若いでしょう?」
「はは、せやなぁ」


お若いに足して付けるならば、それは『僅か』が良いだろうか…。
年回りは同じなのに。


「では、そろそろ…」
「おん…」


出ていかれた部屋で一人。
また俺は待つ。
今日も貴方は来ないのでしょう?













「蔵…」


小さいながらでも、聞こえた声。
耳に焼き付いて離れない、その愛しい声が…。


「千里…」


少し大きめな声で、涙と混じりながら。
貴方の名前を何回も呼んだ。


「そげん泣いて…どげんしたと?」
「知らん…っ、わからん…」

会えて嬉しい。
愛してる。
好き。

そんな事は禁じられているのに…。


「けど、俺は…自由になれへんから…っ」
「なんね急に…」
「ずっと廓に居るし…っ他の女と戦争やし…っ千里以外の客とも接待せなアカンし…っ」


言ってはいけないとわかっていても…。


「それって…」
「俺を…」


俺の口を押さえ、真剣な眼差しで貴方が言う。


「蔵の一生分払うばい」

「ばってん、もう少しで身請け出来るほどの位になれると、それまで待っとって…?」


一生分払い、身請けをする。

叶わないと思ってた。
花魁をお見受けする程の位になるには…そうとうの年月がかかるのは知っているし、どれだけ努力したって叶わないのもと知っているから。


「はい…」


涙ながらの返事。

桜の花弁が部屋へ舞い落ちる。

標準語で答え、止まらない涙を拭った。









****









それからの年月は長いもので。

約束した夜桜の日から今の冬まで、貴方とは会わず、他のお客様と……。

これが吉原なのだから…仕方ない。

ちらちら。

雪が降る。
明るい光に真っ白の雪がよく映える。
まるで俺のようだ。

今宵は寒くなりそうです。

人肌が恋しくなる。
俺は、今日もこうして涙をこらえ、待っています。


「白石…」


部屋に入ってきた若旦那に


「若旦那なんか…」


と、残念そうな顔をした。


「俺に文句でも?」
「いいえ」


「大切なお客様やから」


無理に『ありんす』など使わない。
無理に標準語を使わない。
これが白石。
それも好かれる秘訣なのだろう。


「そうか…」
「それで、何の…」

「お見受けだ」

「俺はせんで」
「俺と、と言ったら?」


まさか…。
例え若旦那が金を持っていたとしても、一生分の金を払ったとしても…


「他にも居るやろ…美人さん」
「お前が良い」
「断る権利は?」
「無い」


そう、たかが『花魁』
断る権利など…無い。
約束よりも先にお見受けが来るなんて…。


「俺は…俺は、……せん」


「心に決めたヤツでも居るのか?」


何故わかったのだろう…。


「…っ…」
「いいのか?『遊女』が」


そう、遊女。


「アカン…わな…」
「それでこそ『花魁』だ」
「はい…」


従う事しか出来ない…。
それが俺達の世界だから…。









千里、千里…。

貴方の名前を心で叫んでも…
届かないのは承知の上。
俺がどんなに泣いても、偽りにしかならない。


「俺は…約束を…」


守れなかった…。
待つ事が許されなかった…。

俺は身請けの日に自由になれる。
けれど、それは悲しい事。
つまり、貴方と会うことすら出来なくなる。


「千里…っ」










****








冬の寒さを越え、春になりました。
桜は満開です。
今日俺は若旦那のモノになります。


「今日…やな」


貴方は今は何をしているのでしょう…。
俺との約束を忘れたのでしょうか…。
それとも__。


「ね、蔵…」


幻聴が聞こえる。


「アカン、アカン…」


幻聴など、今までなかった。
死に急ぐような事をしてどうする。


「相変わらずやね」

それでも、貴方の声がする。
涙を流し、少しずつ振り返ると貴方が居て…。
きっとそれは『現実』なのだと、そうだと信じたくて…。

俺は…。


「遅いわ…っ」
「ちぃと遅くなってしもたばいね…ばってん、ちゃんと来たと…」
「せやけど…っ、俺は、もう…」


今日引き取られると、そう伝えたいのだけれど…。


「来て」


今は昼。
見張る者が少ないが、俺の腕を引いて、籠の外へ。


「ちょ、何処連れてくん!?」
「駆け落ちすると」


桜の道を走り、遠くまで来た所で足を止めた。

そこには樹齢何十年だろうか…。
大きな桜の木があった。


『サクラや…』


俺の源氏名『咲蔵太夫』は少しばかり気に入っていた。
でも、本名を忘れてはいけない…。
そのため、お馴染みのお客様には本名の名字で呼ばせ、大切な人には『蔵』と呼ばせた。


「サクラ…」
「え…?」
「花の方ばい。ばってん、蔵もサクラだったばいね」
「せやで…はは。……俺が居なくなって…大騒ぎになるやろな…吉原」


一緒に共にした仲間と会えなくなるのは少し寂しいが、貴方と居られるのなら…俺は幸せ――。


「俺に蔵をくれんね…?」




この時を待っていました――。

「…当たり前やろ…っ」






涙と桜が混じり合い、それは綺麗で。
恋は待つものだとわかりました。














****









「…そうゆう話があってん」
「へぇ…そんで…お二人さんはどけんなったと?」
「二年後に…二人に命を絶ったんやって」


涙を軽く浮かべ、見られまいと顔を逸らす。


「白石は物知りやけんね、ばってん――」


「……?」




「知っとうよ…その話」


まさか…。


「咲蔵…」
「花の方やろ?」
「ううん、白石の事やけん」
「はは、ご冗談を…」



「俺が迎えに行ったるけん、それまで待ちなっせ」
「…え?」
「今も白石ばい、昔と変わっとらんね」


何を言っているのだろう。



「俺はその話を待っとった…ばってん、待つ必要もなかったとね」
「もし、か…して…?」

「その、『もしかして』ばい」




あぁ、貴方も『あの頃』の記憶があるのですね…。



「好いとうよ…」


「……あほ…」




「愛しとる…っ」




開花予想日を結んだ『サクラ前線』

今年は遅めの開花です。

満開に咲いても、もう『サクラ』は散りません。


恋が吹雪いて、雪のように白かった俺は貴方の色に染まっていきます。







end








****

2011*0911

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