がんばる小悪魔ちゃん(終)

□小悪魔ちゃん 絶望する
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城から出ることを禁じられてしまった以上、エンテ・イスラの様子を知ることは容易じゃない。
悪魔たちが持ち帰ってきてしまった物の中に、なにか遠くを見られる道具は無いかと、倉庫の中をレムは漁った。
どれもこれもがらくたばかり。これといったものが見つからない。
諦めて帰ろうか。手当てを必要としている悪魔たちがいるかもしれない。
それに戦場の様子を聞くことができるかも知れない。
自身の目で見られないのは惜しいが、そんなわがままを言ってはいられない。
よしっ、治癒室と自ら名付けたあの部屋に行こう。
倉庫から出たレムは足早へと、治癒室に向かった。

「っ……嘘、でしょ」
広い治癒に多くの悪夢たちがいた。どう見てもレム一人で手当てができる数じゃない。
少しでも遅れれば傷口が化膿してしまうんじゃないかと思われる悪魔が何体もいる。
「私が魔力を回復している間に何が」
この場に絶句している間にも、「レム、早く治してくれ」と治癒を求める悪魔たち。
レムは息をのむ。
片方の翼に何枚の羽があるのかはわからない。けれど、治癒室にいる悪魔たちの数よりは多いはずだ。
「あのっ、どちらでも構いません。私の切り落としてください」
頼まれた悪魔は驚いた。
「本当にいいんだな」
「はい。――――っく、いっ」
左の翼をもぎ取られ、背中に激痛が走る。
取れた翼を宙へとレムは投げる。
「リーフっ!」
投げた翼が光、消えた。
悪魔たちの治癒のためとは言え、魔力の半分を使いきって、どっと疲労感がのし掛かる。
その場にへたりこむレム。
治癒された悪魔はこれでまた戦えると喜んで、治癒室から出ていく。
誰もレムのことなど、気に止めない。
誰もいなくなった治癒室。そこに残されたレムは、冷たい床に寝そべった。
今思えば、治癒をしても誰も感謝の意を言ってはくれなかった。
戦うために治癒をしているのなら、止めてしまいたい。
大の字に寝転がり、窓へと視線の先を向ける。
「あ、そうだ。一番上まで登ったら、外の様子が見えるかも」
気だるい身体を起こし、壁を伝って魔王城の最上階へと向かう。
「あの、それで何をしているんですか?」

細長い筒の中を覗き、周囲を見渡す監視役の悪魔にレムは問いかけた。
「ん? ああ、遠くの様子を見てんだよ。すんゲェー遠くまで見えるだぜ。お前も見るか?」
ならばルシフェルの姿も見えるだろうか。
「ルシフェル様の姿は見えますか?」
「ああ、今ちょうど勇者エミリアと戦っているところだぜ」
思わず息を飲んだ。
「どこですか。どちらの方を見れば、ルシフェル様のお姿は見られるのでしょうか」
「あっちだ」
監視役の悪魔から望遠鏡を借り、指を指された方を見た。
激しい戦いだ。自分ではすぐに負けてしまう。
「残念だが、魔王軍は劣勢だ。このままだと確実に勇者どもに負けてしまう」
負けると言うことは、殺されてしまうのだろか。
望遠鏡を握る手に力がこもる。
ルシフェルとエミリアの戦いを見ていることに歯がゆさを覚える。
ここで大人しくしていなければならないことがもどかしい。今すぐにでもルシフェルの元へと向かい、加勢したい。
「ルシフェル様」
瞬きをした一瞬の事である。エミリアの剣がルシフェルに大打撃を与えた。
地へと落ちていくルシフェルの姿に、レムは持っていた望遠鏡を落とした。
ルシフェルがどうなるのかを考えるだけで、おぞましい程の恐怖に襲われ、悲鳴を上げて頭を抱えた。
ルシフェルの死。 自らの死よりも恐ろしい。
「ヤダ、ヤダ、ヤダ、ヤダ、ヤダッ! ルシフェル様っ!」
今すぐ治癒しに行かなければ。でないと本当に最悪なことになってしまう。
翼を広げて飛ぼうとしたが、翼は一つ。これじゃあ飛べない。
「ヤダ、ダメ。戻ってきて、ルシフェル様。――誰か、私をあの場所へと連れて行ってよ」
泣き崩れるレムに監視役の悪魔はどうすればいいのか分からず、その場から逃げるように、サタンがいる大広間へと走って行った。
レムが泣き崩れてしまったこともサタンに言ったのだろうか。それともサタン自ら現状を確かめにきたのかは定かではない。
「魔王様、お願いです。城から出る許しをください」
「どうする気だ。ルシフェルの後を追って、死にに行く気なら」
「あの女を殺します。ルシフェル様をやった勇者を始末したいのです。魔王様、どうかお願いです。もうこれ以上、何も望みはしないとお約束をいたしますから、どうかっ」
「駄目だ。悪魔たちの治癒はもういい、お前は俺の目の届く範囲にいろ。いいな」
行くぞと、サタンはレムに背を向けて歩き出す。その後をレムは着いていこうとはしなかった。
「レム」
サタンは立ち止まり、腰をひねり振り返った。
灰色だったレムの翼が真っ暗に変わっていた。
「いずれ勇者はこの魔王城にくる。その時まで我慢しろ」
レムは唇を噛みしめ、絞り出すように声を出す。
「……はい、魔王サタン様」
涙を拭って、レムはふらつきながら立ち上がる。そしてサタンの元へと向かった。
レムが近くまで来ると、サタンは前を向き直り、歩き出す。その後をレムは大人しく着いていく。
いつの日にかくる勇者を倒すと、決意して。

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