がんばる小悪魔ちゃん(終)

□小悪魔ちゃん 襲撃にあう
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それはエンテ・イスラの攻略をしようとしていたサタン率いる魔王軍と勇者エミリアたちとの戦いが激化していた時である。
傷ついた悪魔たちの手当てに追われていたレムの元にまた新たに怪我をした悪魔がやって来た。
悪魔は言う。人間にやられたと。
それに彼女は胸を痛み、悲しんだ。
略奪、破壊をしたのは悪魔側だ。けれどそれは魔王サタンの意思ではない。
他の悪魔達がやってしまったことだ。そこから人間たちの関係が修復不可能なったことは言うまでもない。
サタンの意思を知っているレムは日々、何とかして鎮静化をできないかと考えていた。
けれども、いくら考えても初めて人間界で行った時に人間から受けた仕打ちを思い出してしまう。
恨めかしい。私が何をしたと言うんだ。
あんな下等生物は消えてしまえばいいのにとすら思えてしまう。
「ルシフェル様は大丈夫でしょうか?」
ここしばらくエンテ・イスラへ行ってしまったきり、その姿を見てはいない。
だから彼が無事なのかがわからない。
少しだけ様子を見に行ってみよう。
その時は人間に自身が悪魔だと知られないように細心の注意を払わなければいけない。

「と言う訳で、エンテ・イスラに行ってきます」
大勢の怪我をした悪魔たちが寝ている部屋にある机の上に置き手紙をして、レムは部屋を出て城を出た。
彼女の置き手紙を見た悪魔たちは大慌てである。
なぜなら誰もレムに戦闘力があるとは思っていないからだ。
そんな彼女が戦場と化している場所に行くと言うのは死にに行くようなものである。
早く誰か連れ戻してこい。と魔王サタンが言うよりも早く、帰還したばかりのルシフェルが城から出ていった。



想像上の惨劇にレムは絶句した。
人間、悪魔は問わず骸が至るところに転がっている。死臭が鼻につく。
「だっ、誰か生きている方はいらっしゃいますか。いたら返事をしてくださいっ!」
大声で叫んで、周囲を見渡す。
耳を澄ませて、助けを求める声を聞く。
話し声が聞こえ、そちらへと歩を進めた。
傷ついた人間が居た。見ていて痛々しい怪我を負った人間を見て、レムを顔をしかめて、目をそらした。
「あ、悪魔が現れたぞっ!」
大声でレムの姿を見た人間は叫んだ。
人間たちは傷ついても尚、武器を持ち、怖い顔をしてレムへと襲い掛かる。
目の前に矢が飛んできた。それを寸前のところで交わすも、それ一本で済むことわけがない。
雨の様に弓矢が向かってくる。回避する術もなく、幾つもの矢がレムの身体へと突き刺さる。
「っいぁ……?!」
痛い、痛い、痛い、痛い。なんでどうして、あの時と同じだ。私は何もしていないのに、悪魔と言うだけで、人間は敵対し攻撃をしてくる。
翼にも矢が刺さり、少しでも動かすと激痛が走る。
「死ねっ! 悪魔っ!」
なんとしてでも逃げようと立ち上がったレムの背後に剣を持った人間が立っていた。人間はその剣をレムへと振り落とし、彼女の灰色の翼を切り落とした。
痛みのあまり声が出なかった。
出るのは涙だけ。
このままでは殺される。
生きていたければ、逃げなきゃいけない。どんに無様な格好でも、死んでしまっては大切な者に会えなくなってしまう。けれど身体が動かない。
最後の悪あがき、
「人間なんか、あなたたちの様な人間なんか、消えてしまえっ!!」
レムが泣き叫んだ。それだけだ。高音圧を発したわけでもない。ただの叫び声。
それなのに、その場にいる人間たちは気絶をしたかのように、一斉に地面へと倒れた。
矢が突き刺さった全ての場所が痛い。
一本ずつ矢を抜き、切り落とされた自身の翼を抱き締めて治癒をしようとする。憎い。人間が。
このまま引き下がっては、この恨みは晴らせない。
いっそう、殺めてしまおうか。
先に仕掛けてきたのは人間だ。それを阻止するための正当防衛だと言えば、魔王サタン様は納得してくれるだろうか。
呪文は不要だった。レムが弓矢を頭の中で描くと、落ちた翼がそれに姿を変えた。
矢の矛先を空へと向けた。
あとは弓を引き、放すだけ。
「っはぁっ……くっ」
やってはいけない。そんなことをしたら、人間たちとの溝は深まるばかりだ。
私一人が我慢をすればいい。
「リーフ」
空へと向けていた弓から矢を放った。殺意の欠片などない、自身の治癒のために全ての魔力を込めた矢が落ちて、レムの元へと戻ってくる。
痛みはなかった。彼女に矢の矛先が当たる瞬間に、傷口と共に消えてしまったからだ。
いくら治癒をしても羽は元には戻らない。だから飛んで帰ることなんて不可能だ。
歩いて帰る。どれほどの道のりがあるのかは分からないけれど、それしか魔王城へ帰る術はない。
レムは立ち上がり、魔王城に向かって歩き出す。
地面へと伏せた人間達が死んでしまったと言うことを知らずして。


なんとか自力で魔王城へと向かおうとしたが、どちらに行けばたどり着くのかわからない。
途方にくれたレムは、息を吐き、空を仰いだ。
あの眩し太陽と言うものは既に沈んでしまった。
もう己の足で帰るのは諦めよう。
魔力の回復を待っていた方がいい。翼が魔力の元だから、魔力が回復すれば新たな翼が生えてくる。
「ルシフェル様、魔王様。ごめんなさい」
遠く離れた相手に届くわけもなく、レムは骸が転がる地面の上に寝転がり、意識を深い眠りの中へと沈めていった。




空を飛び、彼女の姿を探す。
「どこに行くかぐらいかけよ、あのバカッ」
ほんの数時間前まで自身がいた場所にはいないだろうとルシフェルは考える。
もしもそうだとしても、どこかで鉢合わせになっている筈だからだ。
まさか一番激化している場所に行ったわけないよな。けれども思いついたそこは、魔王城により近い場所にある。
行くだけ行ってみよう。この場からもそう遠くはないのだから。


「レムっ! いるなら返事しろ! レム!」
地面に転がる骸たち。
悪魔だ人間だとは関係ない。
「?! 居た。レムっ」
しっかりと見ていなければ、見逃してしまうほど彼女は骸の中に紛れ込んでいた。
レムの前に降りたルシフェルはまさかな、と思いながらも恐々と彼女へと近づく。
まず始めに翼がないことに気づいた。
「レム、お前、翼はどうしたんだよ」
彼女は答えない。
翼がなくなった以外に目立った外傷は無い。まさか死んでしまったのではないかと、脳裏に過る。
息をのみ、彼女に触れる。
温かい。彼女はまだ生きている。けれど呼吸はとても浅い。
もしもこれが彼女ではない別の悪魔なら、面倒くさいとか、弱いのがいけないんだとか言って、見捨てていただろう。
ましてや、こんな状態に追いやった相手に怒りすら感じてはいないだろう。
報復が先か、レムを帰還させるのが先かは考えるまでもない。
「目が覚めたら、覚悟しておけよ。嫌ってほどこき使ってやる」
俗にいう姫抱きをして、レムは城へと急いだ。


いつの日かと同じ様に、自身のベッドの上で寝かし、彼女が目を覚ますのを今か今か待った。



レムは人の夢の中をさ迷い続けた。
一刻も早く魔力を回復させ、目覚めるためにはより多くの悪夢を誰かに見てもらい、恐怖心を抱いてもらう必要がある。
だがそれは戦地の中に居るからなのか、ごく一部ではあるが悪夢を見ている人間がいた。
これならすぐに翼を取り戻すことが出きるぞと、夢中でレムは嬉しく思えた。



寝返りを打つ。
あるはずのない枕があり、そこからルシフェルの匂いがした。
会いたい。
「ルシ、フェル、様」
きつく枕を抱き締めて、うっすらと瞼をあける。
見覚えのある部屋。
ここはどこだ。
枕を抱き締めたまま起き上がり、周囲を見渡した。
ルシフェルの部屋。と気づくのにそう時間はかからなかった。
「ルシフェル様っ!」
ベッドから飛び降り部屋中を探した。けれどルシフェルの姿はなく、レムは部屋を出て城中を歩き回り、今もっとも会いたいルシフェルを探した。

「ルシフェル様ー、どこにいらっしゃるんですかー」闇雲に探し回って、ついうっかり普段は立ち入らない大広間の扉を開けてしまったのだった。
サタンと目が合い、しまったと扉を開けたことに後悔した。
なんと無礼なことをしてしまったのだろう。
「申し訳ございません。魔王様っ」
その場で深々と頭を下げた。
「レムか。そんなところに居ないで、こっちに来い」
「?! は、はいっ!――失礼いたします」
背筋を伸ばし、サタンに言われた通り階下前まで行く。
「怪我とかもう大丈夫なのか」
「は、はい。眠っている間に魔力も回復したのでまた、皆さまの治癒をすることができます。ご心配とご迷惑をおかけして、申し訳ございません」
深々と頭を下げた。
けれど内心はサタンとはなしているよりも、ルシフェル探しを再開したくて仕方がなかった。
「それであの、魔王様。何方が私をここまで運んできてくれたのか、ご存知でしょうか?」
躊躇いがちに上げた顔。この場の重たいからも察しられるが、サタンはどこか苛立たしげで、ピリピリしていた。
「レム、どうしてエンテ・イスラに行ったんだ」

「はい、今更こんなことを思うのは夢物語だと思われるかもしれませんが、人間と和解の為の話し合いができないかと思い行きました」
「できたのか、それは」
「いえ、話をしようとする前に、襲撃に遭いました」悔しさと悲しみでレムは目を伏せ、下唇を噛んだ。
「そうか。レム、俺が良いと言うまで、もう二度とエンテ・イスラへは行くな。いいな」
「はい」
仕方がない。そうされてしまうことを招いたのは自分自身だ。嫌だとは、口が避けても言えるわけがない。「……それで魔王様。何方が私を」
「ルシフェルだ」
「?! 魔王様、ルシフェル様はどこへ行かれたかご存知でしょうか?」
嬉しかった。自分を見つけてくれたのが、大好きなルシフェルであることに。沈んでいた気持ちが晴れやかになった気がした。けれどサタンの口からエンテ・イスラの単語が出た途端、恐怖が襲った。
ルシフェルが戦っているところを見たことはない。
けれど、何度も戦場に自ら出向いて、傷ひとつ作らずに帰ってくる辺り、きっと戦闘力は高いのだろう。
大丈夫。自分の様なへまをするわけがない。
「レム、お前には引き続きみんなの手当てを頼む。下がっていいぞ」
「――承知しました。失礼いたします」

サタンとその隣にいるお付きの方たちに一礼して、レムは大広間から出て行った。

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