がんばる小悪魔ちゃん 番外編

□小悪魔ちゃん 魔王様とデートする
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行き交う人々を眺めながら、由愛は入り口前で躊躇っていた。
そこに入る殆どの者が二人や三人と、知り合いを連れて入っていく。
中にはひとりで入る者もいたが、初入店、初体験の由愛にはそれができなかった。
「(やっぱり誰かお友達を誘えば……あっ、でも皆さんお忙しそうなので、時間の都合が合わないかも)」
友人と呼べる知り合いは殆どが、モデルだったり歌手だったり。中には他の仕事もしていたりと何かと忙しい同業者ばかりだ。
都合が合うことは仕事場が一緒の時ぐらいで、ましてや休みが合うことなんてまず無いに等しい。
忙しいことは良いことだ。それだけ必要とされているのだから。
でもそうなると、誘う相手がいない。
「(今回も諦めよう)」
肩を落としてとぼとぼと東京駅近辺を徘徊していた。
なんだかやたらと目に入り、楽しげな話し声が聞こえる。
たまたま同じ山手線の車内に乗り合わせただけの若い女の子たちを由愛は羨ましげに見つめ、それから読書を始めた。

帰りにレンタルショップSUTAYAに寄り道して、何本か話題作とポップが貼られたDVDを借りた。
途中、もしかしたらあるのかな、とドキドキしながら自身が歌っているCDを探した。
「――あっ、……違う」
名前順で並べている棚に由愛の名前は無い。
インディーズだから仕方がないと言ってしまえばそれまでだが、だからと言って意気消沈はしてはいない。いつか置いてもらうんだ。と意気込んでいた。

最近、由愛の密かな楽しみが映画を見ることだ。と言っても今は借りてきたものを自宅で見ている。
本音を言えば、劇場で大きいらしい画面で見たい。しかしひとりで見に行くのは少し恥ずかしくて勇気がいる。
近年、お一人様ブームで、何かと個人の時間を楽しむ人がいるがどうもそのブームに由愛は乗りきれなかった。
そもそもひとりでいること自体あまり好きではない。だから独り暮らしだって本当は嫌だった。
けれど職業柄、真奥や芦屋に迷惑だけはかけたくはなくて、あの家を出た。
一番の理由は菱田と森に言われたからだが。

ひとりでの映画鑑賞会。
ソファーに座り、クッションを抱きしめて見たのは純愛モノの映画だ。恋が実って喜ぶべきはずなのに、なぜか由愛の胸の内ではどす黒い嫌な塊の感情が渦巻いて、心がきゅうと締め付けられたかのように苦しく切なくなった。それと同時に人肌が恋しかった。
クッションに顔を埋めて、ため息を吐いた。
これじゃあダメだなぁ。と
でもそう簡単には断ち切れないのが恋心だ。それに由愛は信じている。彼がそう簡単に死んでしまう訳がない。だからきっとやられたふりをして、傷ついた身をどこかに隠しているんだと、そう自身に言い聞かせていた。


深くキャスケットを被って、マグロナルド幡ヶ谷店へ入店した。
幡ヶ谷駅から何個目かにある駅町で写真撮影の仕事が入っていた。その仕事をする前に腹ごしらえとしてマグロナルドに立ち寄った。撮影が行われる街にもマグロナルドはあるが、一目だけでも良いので真奥に会いたくて幡ヶ谷店へと足を運んだ。
飲食店へのひとり入店は何とも思わないのが不思議だ。
いつもはレジにいるはずの真奥がその日はいなかった。
ひとり黙々と頭の片隅でひとり映画館デビューはどうすれば出来るのかと店の奥、お手洗い近くで考えながら昼食を摂っているとドアが開いた。
「――由愛?」
聞き慣れたその声に由愛は、マグロバーガーにかじりつこうとしていた口を閉じ、顔を上げて前を見た。
ぱちりと瞬きをしてマグロナルドの制服を着た青年を見つめた。
「魔王、さま?」
あれどこから出てきたんだろう。
お手洗い場からか。確か男女共用だから真奥がそこから出てきてもおかしくなはないが、でもなぜそこから出てくるのだろう。
「……あ、えっとお疲れさまです」
食べかけのマグロバーガーを軽く紙包みにくるみ、なんとも事務的な台詞を吐けば、真奥は微笑した。
「由愛もな。このあと家に来るのか?」
ふるふると首を振って由愛は否定する。
「いえ、近くで撮影が行われるので、その前に昼食をと思いまして。魔王様は今日も遅いのですか?」
「いや、もう少ししたらあがりだな」
「そう、ですか。なら良いのですが、あまり遅くまで働いて無理はなさらないでくださいね。魔王様に何かあったら」
「その言葉、そっくり由愛に返してやるよ。最近顔出さないから、無理しているんじゃないかって心配してんだぞ」
真奥から食べかけばかりが乗っているトレーへと視線を外し、肩を竦めた。
「……ご心配お掛けして申し訳ないです。でも1週間前に魔王城へ行きませんでしたっけ?」
「っ……そう、だったか? あっ、悪い由愛。俺、今バイト中だから、話の続きはまたな」
逃げるように離れていく真奥に何か不味いことでも言っただろうかと、先ほどの会話を思い返してみるが、何がいけないのかよくわからない。
結局、そのわからないまま昼食を済ませて店を出た。
一つ、矛盾して分かったことと言えば、真奥がお客様専用お手洗い場の掃除をしたあとに話かけてきてくれたことぐらいだ。
撮影が長丁場になってしまう恐れもあるので、念のために店を出る前にお手洗いを済ませた時に知り得たことだ。



誰が言いだしたのか、夕陽を浴びているところと、夜空を見上げている写真も撮ることになって、長丁場になるかもしれないが現実になってしまった。
撮影風景が珍しいのか、はたまた撮られている側もしくはスタッフの中に格好いい人や美女でもいたのか、数人の学生や通行人がこちらに携帯電話やらスリムフォンを向けて写真を撮っているようだ。
それを遠目で見ていた由愛の隣に座っていた男性モデルが「盗撮されてる、俺たち」と呟いた。
写真に撮られているのが仕事だが、許可なしに撮られるのは嫌いのようだ。それが普通だと言われてしまえばそれまでであり、なんら間違えでもない。
スタッフのひとりに注意を受けた人たち。きっと今撮った写真を消すようにとでも言われたのだろう。
学生らが不満げな表情をさせているのが証拠だ。
それからほどなくして撮影は再開された。


撮影終了後、急いで電車の中へと駆け込んで次の現場であるライブ会場へと移動する最中、少しだけ遅れてしまうことを平田にメールをしようとスリムフォンに触れれば、メールが受信されていた。
送ってきたのは真奥だ。これはさすがに無視も後回しにも出来ず、すぐに返信を返そうとメールを開く。

――何か悩みことでもあるのか? 俺で良ければいつでも聞いてやるぞ。

真剣に悩んでいることだけど、他者からしたらくだらないと言われてしまう悩みだ。
そんなこと、真奥に打ち明けられる訳がない。
ご心配お掛けしました。もう丈夫ですよ。と返信を返して、由愛の乗っている電車は新宿駅に繋がる地下トンネルの中へと潜って行った。
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