がんばる小悪魔ちゃん 番外編

□小悪魔ちゃん 新境地を開拓する
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とある日の朝。
ヴィラ・ローザ笹塚にある魔王城へと由愛が訪れると、中ぐらいの段ボール箱の前で漆原が正座をして、俯いていた。その向かえには少々ご立腹な様子の芦屋がいる。
魔王城のドアを開けてくれたのは、この部屋の主のである真奥だ。
真奥越しから二人を見て察するに、自身の主である漆原が何かを仕出かしてしまったのだなと推測はできるが、それが何なのかは、その原因であろう箱の中を見るか、彼らの誰かに聞くまでは分からない。
「何かありましたか?」
真奥へと視線を戻して尋ねれば、盛大なため息を吐かれた。
「漆原の奴が勝手にゲームを買ったらしい」
「ゲーム?」
そんなこと。と思うが、魔王城の生活を考えればたかがゲームと言えど、高価なものと位置付けられてもおかしくはないだろう。
ゲームソフト一本で少なくても、3日分の食費がまかなえられるだろう。
それにゲームをしない芦屋からすれば、ゲームの購入は無駄遣いと認識されてもおかしなことではない。
由愛も芦屋の立場ならばそう思うだろう。
しかしその反面、こうも思う。
そんなに面白いものだろうかと彼女の中の好奇心が沸き上がってくる。
「(ずっとお家の中にいるのも退屈ですから、仕方がないですよね)」
小さく息を吐き、少々差し出がましいかもしれないが、漆原が叱られている姿を見ているのはなんだか耐えられない。
「あの、アルシエル様。実はその箱の中身、私のなんです。魔王様、横を失礼します」
魔王城へと上がり、漆原の左隣に正座をした。
由愛のその言葉に誰も信じようとはしないだろう。なぜなら彼女がゲームをするようには思えないからだ。
芦屋はあからさまな嘘をつく由愛に呆れて、ため息を吐いた。
「由愛、漆原を庇うな」
「そんなつもりはありません。私は事実と言っているだけです」
真っ直ぐと芦屋の目を見て、由愛は言う。
ひとはだいたい嘘をつく時、目を逸らすことがある。しかし彼女は少しも芦屋から目を逸らしたりはしなかった。
「ならば仮にそうだとしよう。でもそしたらなぜ、由愛の荷物がこの魔王城に、しかも漆原の名前で届く。由愛の物と言うのならば、自宅に届くようにすれば良いだろう」
全くもってその通りだ。
だが由愛はそれを逆手にとった。
「確かにそうですね。アルシエル様の仰る通りです。でも宅配便と言うものは、いつくるかは分かりません。時間指定が出来ますが、私の職業柄、その時間に帰ってこれないことだって多々あるんです。そうなると折角届けに来てくださった宅配便屋さんに申し訳なく思えて、ルシフェル様にお願いしていたんです。魔王城に届くようにしておいてくださいと。――箱の中身がゲームソフトなのも私がルシフェル様に頼んだからです。ルシフェル様が夢中になっている物がどんな物なのか知りたくて、あと出来ることならやってみたかったので、おすすめのものがあれば取り寄せてくださいと、こないだアルシエル様がお出かけになされているときにお願いをしていたんです」
動揺する素振りも見せず、はっきりとした口調で答える由愛。
もはやその演技力に感服の意すら唱えたくなる。
芦屋は由愛から漆原へと視線の先を異動させる。
目が合うと視線をさ迷わせて、芦屋を見ようとはしない。疚しいことをしたと分かりやすい反応だ。
漆原に由愛並の演技力と嘘をつく上手さがなくて良かったと、芦屋は安堵する。もしもそんなものを身に付けていたとしたら、漆原が何かを仕出かしたとき、真実を見抜けられるか分からない。
現時点では、由愛が漆原を庇う理由が分からない。いくら主だから、慕っているからと言って、こんなあからさまな嘘をつく理由の方に、芦屋は理解に苦しんだ。
例え真奥が漆原のように無駄遣いをしても、芦屋は怒るだろう。お小遣いの範囲内で済ませなければ、だが。
このまま嘘だなんだのと押し問答しているのは、時間の無駄。彼女だって漆原を庇うための嘘を本当だと主張するのを止めばしないだろう。ならば今回は由愛に免じて、彼女の主張が正しいと言うことにしといてやろう。彼女にはこの魔王城の家計を助けれられているのもあるのだから。
芦屋は再びため息を吐いた。
「なら今回はそう言うことにしといてやろう。漆原、由愛に感謝をするんだな」
芦屋はそう捨て台詞を吐くと、まだ具合が良くないのだろう。ふらつきながら台所に立った。
見逃してくれて良かった。と由愛は安堵した。
「由愛」
数ヶ月ぶりに聞いた漆原の情けない声。芦屋にきつく叱られたのか、それとも由愛が庇ってくれたことに申し訳なく思ってしまったのか。
由愛は小さく笑んで、漆原の前にある箱を手に取った。
「この箱の大きさにしては随分と軽いですね。早速やってみますか?」
箱を漆原に差し出すと、「あ、うん」となんだか調子を崩したような返事が返ってきた。
畳の上に置いたジャングルのロゴが入った段ボール。貼られたガムテープを剥がして、箱を開けた。
中から出てきたのは新品のゲームソフトが一本入っていた。。
由愛の前に片手をついて、漆原はパソコン横に置いていたゲーム器を取った。
そして既に入っていたカセットを取りだし、購入したばかりのゲームソフトを入れた。
「はい、由愛」
庇ったお詫びか、感謝の気持ちかは分からないが、漆原はゲーム器の電源を入れてすぐ、由愛にそれを差し出した。
最初にやらせてくれると思っていなかった由愛は目を丸くした。
「ルシフェル様?」
「やってみたかったんだろ。なら先にやれば」
不満げな顔をしてそんなことを言われても、素直に受け取れない。先にやることに躊躇ってしまう。
そんな素直じゃない優しさをみせる漆原を愛おしそうに由愛は見つめて、差し出されていたゲーム器を漆原の方へと押し返した。
「いえ、最初はルシフェル様がやってください。私はルシフェルがやっているところを見せていただけるだけで、今は充分ですから」
「僕は別にいーよ。あとでも出来るから。それに見てるだけなんてつまらないだろ」
由愛はまた小さく笑った。
「そんなことないですよ。ルシフェル様の好きなものを知って、楽しそうにしている姿を見ているだけで、私は充分楽しいです。ゲームをやったらそれが出来なくなってしまうかもしれないじゃないですか。それにルシフェル様がそこまで楽しめる物ならば、私もそう思うかもしれません。そしたらこのあと仕事に行きたくなくなってしまうかもしれません。だから今は、見ているだけで良いんです」
近くに真奥と芦屋がいることを忘れているんじゃないかと思いたくなるほど、然も当然のように言う由愛。聞いている、聞かせられている側からすれば、よくもまあ、そんな台詞を恥ずかしげもなく言えたものだなと、返ってこっちが恥ずかしくなってくる。
漆原はゲーム器を自身の前に引き戻すと、彼女の言葉に甘えてゲームプレイを始めた。

熱心に、時には感想を言いながら、漆原の手の中にある画面を由愛は見つめていた。
仲良く肩を並べている二人の姿を、真奥は低い棚から取り出した漫画雑誌を読んでいるふりをしながら眺めていた。


漆原がゲームをやっているのを見た由愛の感想は、
「なんだか難しそうですね」
だった。
だからこれでゲームへの興味が薄れるのかと思いきや、自分でも出来そうなものを見つけてきたらしい。
「ルシフェル様、私もゲームデビューしましたっ」
由愛が持ってきたのは、3D画面にもなる二画面の最新ゲーム器と、『いきものの村』というタイトルのカセット。
二足歩行する生き物たちと小さな村で村長を押し付けられ、村を開拓するそのゲームは、確かにゲーム初心者の由愛にも出来そうな内容の物だった。
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