がんばる小悪魔ちゃん 番外編

□小悪魔ちゃん 迷子になる
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「困りました。ここは、どこ?」
右も左も同じ風景。どちらに行けば目的の場所にたどり着くのだろうかと、レムは頭を悩ませた。
彼女がいるのは魔王城にあるどこかの廊下だ。そしてこんなことになった原因を作ったのは、今日からレムの主になったルシフェルだ。彼に魔王城の中を案内してほしいと頼んだが、面倒くさいから嫌だ。ひとりで行って行けばと言われてしまった。
あまりしつこく言うのも難だし、もしかしたら忙しいのかもしれないと、内心ふざけんなよ。と悪態をついたのは、今から数十分ぐらい前のことだった気がする。
言わずもがな、レムはこれから住まう魔王城内で迷子になっていた。
「きた道を戻れば良いのは分かっているのですが……」
二手に分かれた廊下。道としてはひとつなのだが、レムの立っている通りから見れば二手に分かれているように見える。
すぐに戻ってきます。とルシフェルに言い残して出てきたが、迷子になってはそれも叶わない。
階を降りながら、あっちをキョロキョロ。こっちをキョロキョロ。
頭の中で城内地図を作成して覚えようと、彼女なりに努力はしている。
しかし初めて訪れた、否、連れてこられた魔王城は外から見た通り大きくて広い。
どちらへ行こうかと悩んで、自身の勘を頼りにルシフェルがいるであろう彼の部屋に向かっているつもりなのだが、一向にたどり着かない。
「あれ、ここさっきも通った気が……」
ただただ長いだけの廊下。やっとの思いで上の階に行けても、その階を歩き回れば迷子になる。
何より風景が変わらない。同じ場所を通っているのかも、これでは分からない。あっちか、こっちか。もうどこになんの部屋があるのかはどうでもいい。早くルシフェルの元に戻りたくて仕方がなかった。
ぐすっ、と鼻を鳴らし、心細さから生まれた涙を拭った。
歩き疲れて廊下の隅に座り込んだ。
今日は人に攻撃されるし、あって間もない相手に下女にされるわ、挙げ句の果てには魔王城での迷子。
こんな最悪な日は初めてだ。こんなことになるならおとなしく住みかにしていた洞窟で惰眠を貪っていた方が良かった。
その方がこれから先も日常が変わることはなかった。
近づいてくる足音が聞こえた。
それはレムの耳にも微かに聞こえている。
俯かせていた顔を上げて、立ち上がった。
分からなければ聞けばいい。そしたらすぐにルシフェルの元に帰れる。
それを信じて、足音がする方へ駆け出した。
角を曲がった先に相手はいるはずだ。
しかし困ったことに、早めた歩は勢いがついてしまって、急には止まれなかった。
曲がり角の所から誰かが出てきて、その誰かが持っていた硬い何かがレムの頭上へと落ち、床に落ちた。
ぶつかった反動で尻餅をつくことはなかったが、相手が持っていた随分と厚みのある本や書類やらが床へと散らばっていた。
「ああっ、ごめんなさい。すみません。申し訳ありませんっ! 私の前方不注意です。本当に申し訳ありません。お怪我はなされてないですかっ」
急いで床に落ちた――落とさせてしまった物を拾い上げ、レムはぶつかった相手を見て、顔を青くした。
「(どうしよう。さっき魔王とお話をされていたアルシエル様だ)」
ルシフェルと共に魔王の元へ行ったとき、ちょうど魔王とアルシエルが何やら話をしていた最中だった。その時にレムはアルシエルと面識を持ち、名前を知った。
悪魔は歳をとっても、人間よりも老化が遅い。
人間の青年ぐらいの年に見えても、実際は軽く100や200は越えているだろう。
「あの、これ……」
拾った物たちをアルシエルに返そうとして、レムは気づいた。
厚みはそれぞれ異なるが、数冊の本と書類をアルシエルが持っていることに。
レムが拾った物より少しだけ、重さと高さがある。その上に拾ったこれらを置いたら、きっと視界を邪魔されて歩きにくいだろう。
「えっと、その、荷物運ぶの手伝ってもいいですか?」
手伝いを申し出ればアルシエルに凝視をされて、背中に冷や汗を掻いた。
「必要ない。これぐらい私ひとりで運べる。すぐに貴様が拾ったそれらを私に返せ」
その一言で、レムは絶対に運ぶのを手伝うと意地になった。
「分かりました。では、ぶつかってしまったお詫びとして、運ばせてください。お願いします」
荷物を胸元で抱き締めて、深々と頭を下げた。
「……勝手にしろ」
アルシエルはレムが走ってきた方へと曲がり、歩き出す。置いていかれないようにレムは駆け足でアルシエルのあとを追った。
たどり着いたのは書庫だった。
「凄い……」
膨大な本の数にレムは目を輝かせた。
「おいっ、何をしている」
遠く離れた場所からアルシエルの声がして、レムは周囲を見渡した。
アルシエルは数十歩も離れた本棚の通路へと行っていた。
「ごめんなさいっ」
本たちを抱き締めて、アルシエルの元へと駆け寄った。
どうやらアルシエルは本を片付けにきたようだ。
なんの迷いもせず、元にあったであろう本棚へ仕舞われる本たち。
そしてレムが持っていた本が全て棚の中へと戻された辺りから、アルシエルは必要な本を取りだし始めた。
アルシエルの腕にはまだ何冊もの本がある。それなのに本を取りだしていては、重いだろうし、本を片付けるのに邪魔になるだろう。差し出がましいかもしれないが、言ってみようか。
「あの、もしよろしければその本、私に持たせてください」
次の棚へと行こうとしていたアルシエルは立ち止まり、肩越しからレムを見てため息を吐いた。
「レム、と言ったか。今すぐルシフェルの元へ戻れ」
それを言われてしまえば、新参者の彼女は引き下がるしかないだろう。しかしレムはアルシエルが悪魔大元帥であり、魔王サタンの腹心であることを知らなかった。
それに、これからお世話になる方が困っていそうだから助ける。手伝う。
悪魔にしては善意すぎる彼女の性格がそう思わせる。よってレムは少し悲しそうな顔をして、アルシエルを見上げた。
「私のことはお気になさらないでください。魔王城内の中をお散歩してくる許可はルシフェル様にいただいています。ですからあと少しだけ、荷物持ちぐらいしかできないかもしれませんが、アルシエル様のお手伝いをさせてください」
アルシエルは目を細め、眼光を光らせた。
「……貴様まさか、迷子か」
図星をつかれたレムは目を見開いて、肩を落として目を伏せた。
「……はい」
今度は呆れたかのようにため息を吐いたアルシエル。怒られるのかな。と視線を上げると、そこにアルシエルはいない。
「レム、何をしている。片付けはまだ終わってないぞ。早く来い」
手伝わせてくれると思っていいのだろうか。
「(いいんだよね。来るように言われているし……。)はいっ、ただいま!」
嬉しさのあまりに思わず緩んでしまった頬はそのままに、彼の手伝いを続行した。
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