がんばる小悪魔ちゃん 番外編

□小悪魔ちゃん 悶悶とする
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生まれた場所や環境。世界が違っても、この世界にいる彼女たちは誰の目から見ても普通の子に見えるだろう。
悪魔だとか、天使や勇者だとか。別の世界では敵対する仲だった二人がいることなど、この場にいる彼女ら以外の誰もが知るはずの無いことだ。

先刻前まで由愛は千穂と恵美と食事を共にしていた。
終点駅である新宿駅に着くと、由愛は電車を降りた。
3、4番線に止まった電車。ホームと車両の間に大きな隙間があり、毎回このホームに止まると由愛は少しだけ怖い思いをしながら大股で電車から降りなければならなかった。
先に三番線側のドアが開くので、ついついそこから降りてしまうが、狭いホームにたくさんの乗客員が集まってしまい、なかなか前には進めない。
その度に四番線ホームから降りようと決めているのだが、それができた試しがない。

停車中の電車の中を通り、四番線ホームへと移動した由愛は、人波に揉まれることなく改札口へと向かった。
初めて新宿京王線の改札口から出る時、由愛は迷った。
何故なら改札口が三ヶ所もあるからだ。
その内の二ヶ所は同じ場所にあり、JR方面の電車に乗り換えるため用の改札口と外に出るためようのが隣接してあった。それらの違いは出る場所、向かう場所もあるが何より改札口の一部分の色がピンク色と黄色とそれぞれテープらしきなものが貼られていた。
今となれば、どちらの改札口から出るんだっけ? と散々迷っていたのも良い想いでである。

少しだけ散歩をしながら帰ろうと、出入口の広い改札口から出て、様々な店が立ち並ぶトンネル。中央通りを通り、自宅であるマンションへと向かう。

長い中央通り。そのあまりの長さからなのか、歩くエスカレーターが右手川にある。そこから流れるアナウンスは機械的な音声で、古くささを覚える。
サラリーマンにOL、学生などいろんな人がそこを通り、すれ違っていく。
若いカップルが仲睦まじげに肩を並べて、手を繋いで向かってくる。
それを羨ましげに由愛は見て、小さく息をつく。
『由愛さんの歌詞って、恋愛系が多いような気がするんですけど、実際由愛さんて、好きな人とか付き合っている人がいるんですか?』

食事のデザートを食べているときに千穂からされた質問を思いだし、手持ち無沙汰になっていた両手を握りしめた。
焦がれるほど好きな人は勿論いる。けれどその方と結ばれることはないと、由愛は思っている。
手を繋いでみたい。抱き締めてほしい。それ以上のことを望んでいないと言えば、嘘になる。
けれど高望みはしない。
何故なら一度望めばきりが無いからだ。
手を繋ぐ、抱き締めてもらうことだって、望んだところで叶いはしないだろう。
だから自ら意中の相手であるルシフェルに触れることはしない。
それに勝手な行動をして、ルシフェルを困らせるようなことを由愛はしたくなかった。

10分も歩いたようにも思えることがある中央通りだが、今日は考え事をしていたからだろう、5分ぐらいで外に出れた気がする。
右側は大通りと高層ビル。左側はホテルなどが建ち並んでいる。
歩道を歩いた先にT路地の道路があり、由愛が歩いてきた向かえに大きな公園があった。
「なっ………?!」
誰も見ていないとでも思ったのだろう。現にその通りに車が何台か走っているが、通行人は由愛だけだ。
見てはいけないとは思ってはいるが、ついつい目が互いを抱き締めてあってキスをしている一組の恋人たちへといってしまう。
「(こんな場所でするなんて、とても大胆な方たちですっ。ああ、でももしルシフェル様にあのようなことを迫られたら私……って、なにを考えているんでしょうか、私はっ! ルシフェル様が私にその様なことをしてくれるわけがあるわけないじゃないですかっ!!)」
顔から火が吹き出しそうなほどに顔を赤くさせ、信号の色が赤から青に変わった歩道を歩いていく。
ちらり、と後ろを振り返り、あの恋人たちを見て、恥ずかしさのあまり前を向き直り、俯いた。
羨ましい。そう思って由愛は片手の指腹で自身の唇を触った。
キスをするとはどんな気持ちで、どんな感じがするのだろうか。
あるわけがない。そうわかってはいるが、ついつい頭の中でルシフェルとそのようなことをしている想像をしてしまう。
「(はっ?! なにを考えているんですかっ、私! ルシフェル様に失礼じゃないですかっ。ああ、なんて浅ましい。こんなことを考えているなんて知られたら、ルシフェル様に会わせる顔がありませんっ)」
ひとり悶々と紅潮しながら歩いていく足取りは、自宅の方へと向かっている。
「(……っで、でも、言わなければ、想像するだけなら、耳や頬にしても許してくださるでしょうか。そうっ、あくまでも想像だけですよっ、私!」
本当は想像ではなく、実際にしたい。しかしそんな機会はそうそう運が良くなければやってこないだろう。
だから今は想像、妄想の中に止めておこう。

由愛はもう一度と、自身の唇に触れて、小さく笑んだ。
手を繋ぐことや抱き締めてもらい、抱き締め返すも、叶わない夢だろうが何も焦る必要はない。
妄想の中でならいくらでも出来るし、やってもらえる。
なによりその人がいてくれる。存在して、会いたいときに会えることの方が重要だ。
こればかりはいくら妄想しても虚しさだけしか残らないのだから。
「そういえば、洗剤を切らしていたんでした。帰宅する前に薬局へ行かないとですね」

今にもスキップをしそうな軽い足取りで、由愛は自宅近くにある薬局へと向かって行った。

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