がんばる小悪魔ちゃん 番外編

□小悪魔ちゃん 街の人々に愛される
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それはいつもと変わらない昼下り。昼からバイトに出勤する真奥を芦屋と共に由愛は見送った。
大分手慣れた家事を済ませた芦屋は、エンテ・イスラに戻るための手だてを求めに、今日も図書館へと行こうとしていた。
「由愛、私もそろそろ図書館へ行ってくる。帰りは買い物をしてくるからいつもより遅くなるがひとりで留守番はできるな」
子どもにいい気かすかのような物言いをする芦屋に、由愛は唇を尖らした。
「それぐらいできますよ。子どもじゃないんですからっ」
「私からみれば、お前は十二分に子どもだ。ひとりで買い物に行かせても、迷子になるんじゃないかと思うと正直、心配しているんだ」
「なっ! アルシエル様、それは酷いです。確かに方向音痴なのは認めますけど、商店街からこの魔王城まで戻ってくるのに迷ったりはしないですよ」
「そうだったか? いつだったかは忘れたが、私が買い物を頼んだとき、寄り道をしたばかりに、なかなか帰って来なかったではないか」
「っ……。一昔前のことを掘り返さないでください、アルシエル様。それにあれは、別に寄り道をしていたわけじゃなくて、商店街の方々と交流を深めていて遅くなっただけじゃないですか。迷子とは関係ありませんよ」
ムキになって怒る由愛に、芦屋は心中で笑んだ。
けして芦屋はその時のことを怒っているわけではない。彼女が十分反省していることも知っている。
けれどこんなことでムキなる彼女があまりにも愛らしく思えて、ついからかいたくなってしまう。
会うこと出来ないものを愁いうより、こうして些細なことで反論してくれている方が、共にいるものとしてまだいい。
「分かった。そう言うことにしといてやろう。それじゃあ由愛。留守番を頼んだぞ」
家事をする際には常に身に付けている緑色のエプロンを脱ぐ芦屋に、由愛は首を左右に振った。
「買い物するなら、私も行きます。それにたまには私だって図書館とやらに行きたいです」
「なんだ。ひとりで留守番できないのか」
再びからかい始める芦屋に、由愛は目を三角にさせて、頬を膨らませた。
「だから違いますってば!」
緩んでしまいそうになった頬と口元の筋肉を引き締めて、わざとため息を吐き出した。
「今回はそう言うことにしといてやろう。――お前も来るとなると、しっかりと戸締まりをしないとだな」
「あっ、私がやります」
言うやいなや、六畳しかない狭い部屋の中を小走りをして、窓の鍵を閉めていく。
それが済めば、芦屋に「終わりました」と言って、共に魔王城を出ていった。


芦屋に好きな本を読んでいてもいいと言われた由愛は、なんの迷いもなく料理本が置かれている本棚へと向かって行く。
豆腐ともやしのレシピ300品。
数分クッキング。
安くて美味なるおかず。
その他諸々。ずらりと並べられた料理本を片っ端から読み、暗記していく。

芦屋に帰るぞ。と言われた由愛はびくりと肩を震わせ顔を上げた。
「アルシエル様。――あっ、そうだ。今日の晩御飯、こう言うのどうですか」
今まで見ていた本を棚に戻し、豆腐ともやしレシピ300品の本を取りだし、ある一面のページを見せた。
「ふむ、そうだな。これなら安く済ませられる。よしっ、この本も借りていくか」
本を受け取ろとしていた芦屋に由愛は「その必要はありません」と首を振った。
「この本に載っているレシピ、ほとんど覚えたので今晩の夕食は私に任せてください」
胸を張り、得意気な笑みを浮かべる由愛の頭を芦屋は思わず撫でてしまった。
「……アルシエル様?」
嬉しそうに由愛は目を細めるが、すぐに何で撫でられているんだろうと、疑問を持ち、芦屋を見上げて呼んだ。
「?! 私としたことが、すまない」
どうやら芦屋自身にも、彼女の頭を撫でた理由が分からないようで、小さく驚き由愛の頭上から手を下ろした。
「それでは由愛。買い物をして、帰るぞ」
その場を仕切り直そうと咳払いをした芦屋は踵を返して、図書館から出ていく。
その後を由愛はついて行った。



スーパーがある商店街の中で、必死に生き残ろうと緻密な策を練る小売店の店主たち。
これが今旬で美味いとか、特別に仕入れたから、次はいつ入るか分からないと、然もそれが限定商品のように買い物客に巧妙な接客トークで購入を勧める売り子たち。
しかし自分らの店の前に由愛が通ると、話し相手見つけたとばかりに彼女を呼びこんだ。
誰かに呼ばれて無視をするほど、由愛は冷たくはない。寧ろ呼ばれたらほいほいとかけよってしまうぐらいだ。
店の店主は二、三言由愛と話すと無理強いをさせることもなく、彼女に「これ、食べて」と言って、店先に並ぶ商品を一品くれた。
それが食料品を並べる店のほとんどが由愛にした待遇だ。
目的のスーパーに行く前には、既に3日分ぐらいの食料が入った袋が芦屋と由愛の手にあった。

一体どんな行いをしたら、こんなことになるのか芦屋は不思議でしかたがなかった。
「由愛、あの者たちになにをしたんだ」
買い物をするはずで来た二人だが、その必要がなくなり、そのまま魔王城へと帰宅している最中、芦屋にそう聞かれ、由愛は隣を歩いている彼を見上げた。
「何もしてないですよ。ただ、お店のおじさんとおばさんと話をしているだけです。これはどう調理して食べたら美味しいだろうとか、そんな他愛ない世間話をしている間に仲良くなったんです。それで皆さん、よく物をくれるようになったんですよ」
皆さん、好い人ですよね。というが、それは由愛も同じだろう。
しかし芦屋は後日改めて、由愛がいかに商店街の人々に好かれているかを思い知る羽目となった。

「アルシエル様。お惣菜屋さんのお兄さんが、作りすぎたらしく、こんなにお惣菜をくれました」
その数、5パック。どれも同じものは何一つとしてない。
たった5パック。されど5パック。
これで悪魔たちの食費が3日が浮き、その月は黒字だったことに、芦屋の機嫌は些か良かった。

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