がんばる小悪魔ちゃん 番外編

□小悪魔ちゃん 殺されかける
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呼べば彼女はすぐに来た。
どこにルシフェルが行こうとも、ついてくるなと言わない限り、レムはルシフェルの邪魔にならない一定の距離を保ちながら、その後をついてくる。
そんな彼女に、ルシフェルの事を良く思っていない悪魔達は、何か弱味でも握られているのではないかと思い、本人に直接聞いた者がいた。

「弱み、ですか。そんな事、ルシフェル様がするわけないじゃないですか。皆様が自らのご意志で魔王様を慕っているように、私も自らの意志でルシフェル様をお慕え申しているだけです。ですから、皆様が思われているようなことはありませんよ」
レムが笑顔で受け答えたとしても、悪魔たちはその言葉を信じることはなかった。

そんなある日の事である。現魔王サタンによる魔界統一をきっかけに、人口が増えた魔界は現在、食糧難の危機が訪れようとしていた。
それを回避すべく、魔王の指示の元、エンテ・イスラの攻略するための軍義が、魔王城の一室でアルシエルを中心に行われていた。
それに悪魔大元帥のひとりであるルシフェルも参加しており、会議が終わるのを今か今かと部屋の前でレムは待機していた。

「おいっ、そこの小娘。ちょっとこっちにこい」
レムを‘小娘,と呼ぶにはかなりの年月があるためどうかとは思うが、外形が幼いため、それも仕方がない事だろう。
レムは腰を捻り、自身を呼んだ悪魔を見て、首を傾げた。
何のようだろうか。
軍義が行われている部屋のドアを一瞥して、その悪魔の元へと向かった。
「何でしょうか?」
夢の中で見た牛の様な顔に身体を隠すように生え伸びた焦げ茶色の体毛。
自身よりも遥かに大きな相手。
その相手に掴まれでもすれば、自力の脱出はまず無理だろう。

「んぐぅぐぐっ」
口と両肩を掴まれていた大きな手から解放されたレムは、固くて冷たい石畳の上に投げ出され、転がされた。
別の誰かの平たい足らしきなもので、身体を踏み押し付けられ、レムは顔を歪めた。
何とかそのをどかそうと試みるが、全くもってびくともしない。
ゲラゲラと笑う声は複数聞こえる。
「何がしたいんですか。貴方たたちは」
目を細めて周囲を見渡した。種族の違う悪魔たちが、レムの周りに円を描くように囲っていた。
踏まれていた足に腹を蹴られ、また床の上に転がされた。
「いっ……」
腹部を片手で抑え、上体を起こしたレムは改めて自身を囲む面々を見た。
灯りが灯らない薄暗い部屋の中では、はっきりとその顔を見ることはできない。
あまりにもの恐怖につばを飲み込んだ。
「黙れ、堕元帥の腰巾着」どの悪魔が言ったかは知らないが、その台詞にレムはムッと眉を吊り上げた。
「なんですかっ、その言い方は! ルシフェル様は堕元帥ではなく、名誉ある大元帥様です。言い方を間違えないでくださいっ! ルシフェル様に失礼ですよ」
怒るところはそこなのか。とこの場にいる誰もが思ったことだろう。
ふらり、とよろめきながら立ち上がるレムは、ここぞとばかりに強がって、悪魔たちを睨み付け、ドアを塞ぐ悪魔の方へと歩いていく。
「いきなり、あんな暴力を振るわれる方とお話をする気は私にはありません。そこを退いてください」
震える両手を握りしめ、相手を見上げて怒鳴った。

ギロッと相手に見下ろされ、思わず身動ぎをしてしまう。
それが不味かったのだろう。怖がっていると相手に悟られ、片腕を思いっきり振り上げられ殴られた。その威力は吹き飛ばされる程である。
「うるせぇな、このガキは。羽がなけりゃあ、貧弱な人間と大して変わらねぇんじゃないのか」
下品な笑い声。
「じゃあ、食ったら美味いかもな。とっととやっまうか」
悪寒が走った。
このままでは殺される。けれど逃げ道は何処にもない。
唇を噛みしめた。
私が何をしたと言うのだ。この悪魔たちに関わるようなことは滅多にない。なのになぜ、暴行を受けなければならないのか。理解に苦しむ。
遠くでルシフェルに呼ばれているような気がする。軍義が終わったのだろう。
早く行かなければ。長い話し合いで疲れているであろう主を待たせるのは良いことではない。
殴られた頬を押さえて、レムはもう一度、ドアの前にいる悪魔の真ん前にたった。
「ルシフェル様が呼んでいるので、そこを退いてください」
睨み付けるように相手を見上げた。
退いてくれる気配はない。ならば掻き分けてでも行ってやると、そのまま突き進もうとした時、目の前が反転した。身体中に走る衝撃に一瞬、息が止まった。
「黙れ、小娘。今すぐ手前を殺してやんよっ!」
ひとりが動けば、その他全員までもが動きだし、レムに襲いかかる。
「睡眠(スリープ)」
魔力を使って眠らせた。けれどそれは全員ではない。極一部だけにしか効かなかった。
更に残念なことに、ドア付近に立っている悪魔たちは眠らされてはいない。
逃げ場なんてものはない。だからといって、戦う術もない。あったとしても力の差は歴然としているのだから、無いもの同然のことである。

骨が砕けるんじゃないかと思うほどの蹴りを食らった。激突した壁に亀裂が走った。
床の上に倒れ込むと、亀裂が走った壁に穴が開いた。
壁の瓦礫の破片が身体中に辺り、痛くて仕方がなかった。
「へぇ、随分と面白そうな事をしてるね。レム、ダメじゃないか。こういうことがあるなら、僕に言わないと」
身体中が痛くて、筋一本すら動かせない。仕方がなく視線の先を床へと向けた。
「……申し訳ありません、ルシフェル様。これは予定外の出来事でしたので、どのように対処をすれば良いのかと考えている合間に、報告をするのが遅れました」
「いいよ、特別に許してあげる。その代わり、そこで大人しくしててよね。間違って殺しちゃうかもしれないから」
小さくレムは口元に笑みをかく。
「はい、ルシフェル様。心行くままお楽しみくださいませ」
止めてください。などとは言わない。
暴力を振るい、主であるルシフェルの称号をいい間違えた相手など助ける価値もないと、レムの中で判断されてしまったのだから。
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