胡蝶の夢

□見た目は四歳児
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仕事上、人付き合いは良好であることに損はない。
ただ飲み騒ぎたいだけだけで、打ち上げをやろうとスタッフの人たちから声をかけられた由愛は、魔王城へ赴きたい気持ちを押さえて参加した。
飲み会は非常に楽しく、新たな仕事を掴むこともできた。
しかしその代償とでも言おうか、由愛は酔っ払ってしまった。
場の雰囲気と酒によって。
歩くことさえ覚束ない由愛を送り届ければならい役割を担ったのは平田だ。
背におぶり、彼女の自宅へと向かう途中舌足らずに「るしゃまに会いたい」と呟いたかと思えば、泣き始めた。
誰だ、るしゃまって、と平田が首を捻っている合間も由愛はるしゃまと何度もその単語を口にする。
「…………そんな状態で会いに言っても迷惑かかるぞ」
ほろ酔いの平田は普段と違って砕けた感じの口調で言うが、ヤダヤダと首を振って「やー。ルシフゥエルしゃまに会いたいー」と駄々をこねはじめた。
全くもって腹立たしく、羨ましい。
「るぅしぃふぇるちゃあまー、えへへ。だあいしゅきぃれーす」
やはり腹立たしことこの上ない。
出来ることなら俺のことをと思いって、平田はため息を吐いた。

「会うだけだぞ。そしたら大人しく帰宅しろよ」
「んー、るしゃまに会える?」

「ああ、会わせてやっから言うことを聞いてくれ」
「はーい。ひりゃたしゃん、わーかりますたぁ。――ふふっ、私、ひりゃたしゃんのことも好きですよ。あにゃたに会えて良かったです」
首に回された細い腕。
背に密着する胸の膨らみ。ほのかに香る甘い彼女の、シャンプーの匂い。
それだけでも鼓動が煩くて仕方がないのに、耳元で微かに聞こえる呼吸音が余計に、平田の理性をも刺激してくる。
特別な好意ではないとしても、好きな相手に好きだと言われて喜ばない相手はいないだろう。
子どもか、俺はとひとりで突っ込んでみるが、なんだかそれは虚しいだけでだった。
さてさてそれはさておき、現在の時刻は23時過ぎであり、あと数分もしない内に日付が変わってしまう。
社会人としてこんな遅くに連絡もなしに押し掛けるのは非常識この上ないだろう。
しかしこんな時間に電話するのも気が引ける。よって平田は真奥にメールを送った。
真奥と連絡先を交換したのは、由愛になにかあった時に連絡をするためである。
ある種、由愛の保護者も真奥なのである。
戸籍上、真奥と彼女には一歳の歳の差はあるが、現在はそんなものは関係ない。二十歳になってしまったのだから。あくまでも戸籍だが。

返信は送ってから5分以内に返ってきた。
――由愛が迷惑かけてすまん。由愛を迎えに行くから、悪いが今どこにいるか教えてもらえるか。

これは来ても良いと言うことだろう。なら行かせてもらおう。
迎えに来てくれる好意は申し訳ないが断らせてもらった。理由はもう少し由愛とこうしていたいからだ。
優しさの中に隠した平田の下心だ。


ヴィラ・ローザ笹塚の敷地前に真奥が立っていた。
一言二言会話を真奥と交わして、由愛を引き渡す。
温かかった背中が一瞬の内に冷えていき、なんだか寂しくなった。
「由愛大丈夫か?」
「んー? うぁ、まぁーさまぁらー」
姫抱きされた由愛は微睡みの中にいたようだ。真奥のシャッツ越しの胸板に顔を埋めるという、普段はしないであろう行動をしたことに真奥は驚いた。
「そ、それじゃあ、俺はこれで失礼します。夜分遅くにすみません」
「あっ、いや、こちらこそ由愛が迷惑かけてすまん」
「気にならさずに。では」
踵を返して笹塚駅へと平田は歩を進めた。
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