胡蝶の夢

□三度の飯より睡眠
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昔々あるところに、女悪魔は髪を伸ばさなければいけない掟がある小さな村がありました。
それに反対するものはいませんでしたが、内心面倒くさいとか、邪魔だな。と思う悪魔がちらほらといたのは事実です。
しかしその長い髪は時には女としての武器になると解釈をして、信じていた彼女たちは、一定の髪の長さを保ち続けていました。
魔王サタン。魔界に住むものなら知らない者がいないほどの名前。
腕っぷしに自信があれば、勝手にその名を名乗る者もいたが、けして彼女らの村でその名を名乗る者は存在しなかった。
なぜなら自分等が最弱の悪魔であると理解していたから。
最弱けれど、その村を襲う悪魔は存在しない。
その村に踏み込んだら最後、生きては帰れない。
いくら弱くとも強者に勝てる策がある。
強者が弱者であるその悪魔たちを敬遠する理由。
それは人だろうが、悪魔だろうが関係なく存在している感情であり欲望であり本能。
そこに漬け込んだ策である。
繁栄を。
もっと優れた子孫を。
その村の悪魔たちはより強い力を持つ者との交わりを求め続けていました。

「要はただヤりたいだけだろ。気持ちわりぃー。主様もとんだ奴に目をつけられたものだ」
「黙りなさい、そして今すぐあたしを解放しなさい。今ならまだこのぐらいのおいたを許してあげられる寛大さはある。だから――」
「ばっかじゃねーの。解放する決まってんじゃん。その器とお前切り離さなきゃいけねーし。つーわけで大人しくしてて、おねーさん。痛いのは生きてる証拠、痛感が亡くなれば「黙りなさいと言ったでしょ、言うこと聞けない悪い子にはお仕置きが必要ね」
にぃ、と口角を上げて意地の悪そうに笑んだのは、長い銀色の髪の女だ。
しかしながら今の彼女はいつもとどこか違う。
雰囲気もそうだが、どこか艶があり、いつもの可愛らしさはどこにも感じられない。
お仕置きが必要。そう口にした彼女は後ろ手へと拘束していた呪術を意図も簡単に破り、目の前にいる少年の胸ぐらを掴んだ。
所詮人間の器に入った悪魔だ。恐るにたりぬと鷹をくくっていたのも束ぬ間、きつく抱きしめられた。
なにか痛みを帯びるような魔力攻撃をされるのかと思いきやの包容。
ふんわりと彼女の髪から香る甘い香りに不思議と安堵を覚えた少年は身体中の力抜いて、彼女にもたれ掛かった。
「ふふっ、良い子」
柔らかな声色。
片手で抱きしめ、小さな背を優しく叩き、もう片方で少年の小さな頭、髪を撫でた。
優しく愛おしむように何度も何度も彼女は少年の髪を撫で、眠りを誘う。
端からみれば子をあやす母親、もしくは姉のように見えるが、彼女の格好が裸であるため、なんだか奇妙な絵だ。
規則正しい寝息が聞こえると、そっと静かに少年を床の上に下ろして寝かせた。
さてどうやってこの場から出ていこうか。
衣服を着ずに外を出歩く訳にはいかないが、生憎この部屋に衣類の類いはない。
「そもそもここはどこ」
もっともな疑問と言えよう。
殺されかけて、気絶させられた挙げ句に素っ裸での拘束。
今まで生きてきた中でこんな手荒なことをされた覚えなど、一度だってない。
「蛙の子は蛙って、ところか。あれはきっとあたし以外の者もひく嗜好だものだったけど……」
思い出すだけで嫌気が差す。
どんなに好こうが、それを一瞬で冷めさせてしまう嗜好。人格を疑いたくなるほどに。
「仕方がない。これでも巻いとくか」
部屋の片隅に丸めて置かれた真っ白なシーツを一枚拝借し、それをワンピースのように身体に巻き付け、裸体を隠した。
歩きづらいし、いざと言うときには走って逃げるには苦労しそうだが、今はそんな不満を胸の内にしまっておこう。
一刻も早く宿へ戻り、また深い眠りにつきたくて仕方がない。
薄暗い部屋の中。頼りになる明かりは窓から差し込む月明かり。しかしそれはなんとも頼りない。
暗さに目が慣れたとはいえ、明かりがあるか無いかではやはりはっきりと見えないものだってある。
手探りで見つけた引き戸を右側へと滑らせて、彼女は隠すことなく舌打ちをした。
最悪だ。
今まで以上に最悪だ。
この身体はひとつしかないのに、求めてくるのは到底一人では裁ききれない。
ぐったりと狭いそうかに座る人間の男を見て、彼女は皮肉を口にする。
「良かったじゃない。こんなにも貴女を求めてきれる輩がいるなんて――」
不快でしかない。今の彼女らには欲情した獣のような男たちは不愉快極まりなく、行く手を阻む邪魔な存在でしかない。
即席で作ったシーツドレスの裾へと手を伸ばしてくる男たち。
掴まったら何をされるかは考えなくてもすぐに分かる。
貞操の危機である。
「触れるな、下種な人間ごときが汚ならしい」
伸びてくる手首目掛けて足蹴りをかまし、それでもなお近づいてくる男たちには近いところから頭を踏みつぶし、顎を蹴りあげ、股を蹴り踏んだ。
「お前らごとき存在が、このあたしを抱こうなどいう戯れ言を口にするとは全くもって愚かなことだ。今回は見逃すが、次は朽ちてもらおう。その果てにあるのは絶望でしか、ないがな」
手加減なしに蹴り踏んだ挙げ句に足の置き場にした床と一体化している男たちを横目で満足げに見ると、入口らしきドアへと手を伸ばす。
ドアノブへ降れると微弱な電気が身体中に走り、反射的に手を引っ込めて、舌打ちをした。
我ながらに随分と気が立っているなと、彼女は自覚はしているものの、 そうすぐにはそれを鎮めることは相手が相手だけにできない。
(何らかの小細工を仕掛けてたら絞める)
普段の彼女らしからないことを心中呟いて、ドアを開けて外に出た。
『…………』
双方無言のにらみ合い。
ドアを開けた先にいたのはブローフで頭の上から足先まで身体を隠している子どもだ。恐らくはあの男児の仲間だろうと言うことはすぐに推測できた。
さてどうしようか。問答無用で男児と同じく眠らせてしまおうか。それとも――。
無言で差し出されたスリムフォン。
画面には着信とルシフェル様の文字。
なんだろうか、このおかしな物体は。
差し出すと言うことは持っていうことなのだろうが、これが罠ということもある。
「持ち主、その身体の主」
「はあ、証拠は」
「…………」
まだ鳴り止まないスリムフォン。通話の画面を押すと、とこからともなく「あっ、もしもし由愛出るの遅いよ」なんていう呑気な声が聞こえてきた。
しかし今の彼女には何を言っているのかさっぱり分からない。
「あれ? もしもーし、由愛聞いてんの? 由愛ってばっ」
まだ話している途中であっただろうが、そんなことは構わず子どもは通話を切った。
「由愛」
「何それ、貴女の名前?」
ふるふると子どもは首を振った。
「貴女の名前」
二度三度と目を瞬かせて、「は?」と気の抜けた声を彼女は漏らす。
「あたしはそんな名前じゃないし、由愛なんて名前なんて「器の主の名前」
いい加減受けとれと、子どもは半場無理やりスリムフォンを彼女に押し付けると、部屋の中へと入っていく。
なんなのこれ。と手渡されたスリムフォンを見て、また着信。相手は漆原だが、彼女に出る気はない。
ほっとけば勝手に音は鳴りやむだろうと、ここがどこで、どこに帰れば分からない彼女は本来由愛が泊まるはずだったホテルの中をさ迷い、外を徘徊した。
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