本棚V

□アラネツ
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「気持ちわりぃ」

駅からマンションまで歩く道すがら、吐き捨てるように呟く。
小さく手が震えてるのを誤魔化すように口許に持っていく。

「やめてくださいってって言えない女の子の気持ち、少しなら分かった気がする。」

尻にまとわりつく掌の感覚がなかなか抜けず、疲労が更に増した。
マネージャーに送ると言われて断ったのが悔やまれる。

けど、すぐに楽観的な自分に帰れた。
「同じ時間に帰るわけじゃないから、今日だけのことだな。」
うん、と自分に納得させた。


次の日は遅くなって終電ギリギリで乗り込んだ。
座席もガラガラで、ホッとしながら出口付近のシートに座る。
少しなら寝ても大丈夫だろうと、アラームをセットし目を閉じた。

ハッとして目を開けたのはアラームが鳴ったからではない。
ガラガラなはずなのに自分にぴったりとくっついて座られている。
顔を見なくても体格や服装、手から男だと分かる。
息を止めて体を強張らせていると、ぴったりとくっついた脚がゆらゆらと揺れる。
他人の体温も振動も、少し鼻息の荒い呼吸も気持ち悪くて、足を閉じて体を離す。

感じ悪く感じられようが、お前の方が気持ち悪い。

離れて隙間の空いた腿と腿の空間に不自然に男の手が入り込む。
考える隙を与えられず手の甲で腿を擦られる。
たぶん自らの足を掻いてるだけにしか映らないだろうけど、ちゃんと意図を持って俺の足に触れている。
どうしよう、と思考停止している間に男は持っていた大きめのリュックを自分の膝を隠し他の乗客に見えないようにズボンのチャックを下ろした。
え?と思う間もなく、既に勃起したものを取りだし上下に揺する。
気持ち悪さに目を反らすと、腿に触れていた男の手が、がしっと腿を掴む。

ぎょっとした。

男の毛深くてぶよついた手が膝上から内腿にかけて触る。
不似合いなゴツい指輪が中指で鈍く光っている。
危うく際どい部分に到達されかけて、勢いよく立ち上がり、丁度開いたドアから逃げ出した。

自分が降りる駅の二個前だ。

「なんだよ…」
脚が気持ち悪くて涙声になった。
脳裏に焼き付いた赤黒い雄。
「きもちわりぃ…」
本気で吐きそうになるが駅のトイレにも行く気がせず、なくなってしまった電車の代わりにタクシーに乗り込んだ。
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