本棚V

□黒猫の見る夢を
1ページ/12ページ

走って走って。
息が続く限り走って。

ようやく後ろの気配が完全に消えて足を緩めた。

背中が痛い。
足もズキズキする。
さっき逃げるときに缶が落ちてたから、ギザギザに引っ掻けたのかもしれない。
立ち止まりペロリと前足を嘗めると、血の味がした。
もう走りたくなくて黒いゴミ袋の横に踞った。

ひどく悲しくて。
頭を撫でて貰いたくて。

爪みたいな細い月に向かって鳴いてみた。



誰か。
誰か。

そばにいて。












ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ざりっという砂の擦れる音に目を開けた。
人の足音だ。
黒いごみ袋に小さく身を寄せる。
逃げるにはもう足が痛すぎて、威嚇するだけの体力もなくて。
ただただ、こちらに来る人を見上げていた。


「お前、ケガしてんのか?」

男は疲れた声をしていた。
溜め息をつきながら僕の前にしゃがんだ男の手の甲にも傷があった。
僕より痛そうで、小さく鳴いた。

「一緒に来るか?」

大きな手が僕の頭を撫でた。

男は強制するでもなく、ふっと立ち上がりゆっくりと僕に背を向けた。
行ってもいいの?
もう一度あの大きな手で撫でて貰いたくて立ち上がる。
ひょこ、ひょこっと変な歩き方になった。
それをチラッと見て、男はもう一度しゃがんで手を前に出した。

抱っこしてくれるんだろうか?

おずおずと彼の掌に自分のケガをしてない方の前足を乗せた。
ゆっくりと近づいていくと、ふわりと抱き締められ、視界が変わる。

大きな体に身を委ねていると、暖かくて心地いい。
触れている全部から伝わる男の優しい鼓動に、うとうとと眠くなってしまった。





悲しい夜はそばにいて。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ