この恋、君色。
□〈七〉与えられた試練
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─柔らかな陽射しが降り注ぐ朝の瀞霊挺。
時刻は朝の9時を回った頃…
朝礼を済ませた各隊では、今日もまたせっせと執務に励む死神達の姿があった。
「日番谷隊長。」
「どうした?」
そんな中、海が不在の此処─十番隊執務室では朝から苛つきながらも大量の書類に目を配らせる日番谷の姿が…
原因は勿論、ここに居る筈の副隊長が不在である事。
書類を届けに出て早1時間…中々戻って来ない乱菊が道草をくっている事は明らかで、彼の不機嫌はマックスに近かった。
「この書類なんですけど…」
「書類?まだ何かあるのか?」
「あ…いえ、書類と言っても執務とは無関係と言いますか…」
「?…とにかく見せてみろ。」
「あ…はい。」
その時、彼の放つ不機嫌オーラにびくびくしながらも1人の勇気ある隊士が差し出したのは一枚の紙だった。
「春のお花見大会…?何だこれは。」
手渡された紙面に視線を落とした日番谷は、あからさまに呆れた様な声を出した。
見出しに大きく書かれた〈お花見〉の文字。
書類と呼ぶには到底無理があるその紙は、行楽行事の参加申込み用紙の様なものだったのだ。
「先程女性死神協会から回って来た物なんですが、何でも今日中に参加不参加を決めて提出してくれとの事でして…」
「こんな時に呑気に花見なんてしてる場合かよ。」
「僕もそう言ったんですが、逆にこんな時だからこそ士気を高める為に親睦が必要なのだと言われまして…」
「どうせ酒呑んで騒ぎたいだけだろ。松本あたりの考えそうな事だぜ全く…」
日頃から仕事もせずにフラフラしているかと思えば、こう言った催し物に関してはてきぱきと手際よく動く乱菊。
そのやる気と行動力を別の面で活かしてくれたら、どれだけ良い事か…
そんな事を思いながら本日何度めになるかわからない溜め息をついた日番谷は、直後何かを考える様な表情で筆を取った。
「参加…ですか?」
「何だ?不参加にした方が良かったのか?」
「あ、いえ…それはその…」
迷う間もなく参加に丸を付け筆を置いた日番谷は、背もたれに深く体を沈めると宙を見上げて呟いた。
「こんな時だからこそ…その考えもわからなくはない。」
「隊長…」
「それにお前らもたまには息抜きが必要だろーからな。折角の機会だ、少しは羽根でも伸ばして来たら良い。」
そう言って微かに瞳を細めた日番谷の表情は先程より幾分か穏やかなもの。
何やかんや言いながらも隊士の事を常に一番に考えているのだ。
そんな彼の不器用な気遣いが嬉しくて…
「はい!」
改めて日番谷の器の大きさを感じた隊士は、心から嬉しそうな笑顔で頷いた。
─それと同時刻。
「おばーちゃんっ。」
「あら、いらっしゃい。」
「いつものある?」
「はいはい、ちょっとお待ちね。」
ここは此方の世界で有名な和菓子専門店。
そこに姿を現した乱菊は慣れた様子で注文を済ませると店先に置かれた長椅子に腰掛けた。
「良い天気…」
空は見渡す限りの青空。
時折吹く花の香りを乗せた春風は、思わずうっとりしてしまいそうな程優しい。
そんな風に全身で春を感じていると、ふいにお婆ちゃんの気配を隣に感じた。
「本当についこの間まで冬だったのが嘘みたいに暖かい日だねぇ。今日は休みかい?」
「ううん、ちょっと散歩がてらね。昼まで待ってたらここの商品売り切れちゃうんだもの。」
「有り難い事だよ。さ、待ってる間お茶でも召し上がれ。」
「気を遣わなくて良いっていつも言ってるのにー。」
「昨日ご近所の方に珍しい茶葉を頂いてね。乱ちゃんが来たら一緒に飲もうと思ってたんだよ。」
「そうなの?」
「まさか昨日の今日で来てくれるとは思ってなかったけどねぇ。」
そう言って笑顔を浮かべるお婆ちゃんに乱菊もまた笑顔で返す。
「…こーゆーのを本当の幸せって言うのかしらね。」
暖かな陽気と風味豊かなお茶…
特別な事は何1つない今を、乱菊はとても心地好く感じた。
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