小話

□CHOCOLATE PHILOSOPHY
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マグノリア東口公園ソラの木の下。
俺の目の前には、大きな猫目を泳がせて何やら落ち着かない様子のナツがいる。

今日はナツに呼び出されてここに来たのだが、当のナツは正面にいる俺と目を合わせようとしないまま、手を後ろに回してソワソワしている。
明らかに様子がおかしいのだが、俺が話しかけようとするとナツは真っ赤になって俯いてしまうため、何も聞けずにいた。
…呼び出されてコレって、俺どーすりゃいいんだよ…。

しばらくその様子が続いたが、ナツは決心したように一度ぎゅっと目を閉じると、遠慮がちな上目遣いで俺を見ながらようやく口を開いた。

「きょ今日は、その…バレンタイン、だから」
しどろもどろなナツの口から出てきた"バレンタイン"という意外な単語に俺は耳を疑う。

「こ、コレ…お前にやる!!」
ナツは半ばヤケクソのような勢いで叫ぶと、背中に隠していた小さな包みを俺の胸元に押し付けてきた。

「え、ナツ…コレって」
予想外すぎる出来事に思考が追いつかない俺の声を無視して、ナツは全速力で走り去ってしまった。

瞬く間にナツの背中は見えなくなり、わけが判らないまま手を開いてみれば、そこに残されていたのは、まぎれもなくチョコ。
しかも透明なセロハンとピンクのリボンでシンプルにラッピングされたそれは、明らかに手作りだった。

ナツからのチョコ。
しかも手作り。
呼び出して手渡しというシチュエーション付き。

理解した途端、俺の鼻から生温かいものが垂れてくる。
だがそんなことに構っている場合じゃない。
ナツとは既に行く所まで行った関係ではあるものの、こういうイベント事は恥ずかしがるので、ナツから何かしてくれるなんて考えてもみなかった。
てかチョコ渡すのにあそこまで照れるとかウブ過ぎるだろ…可愛いにも程がある。
あー鼻血止まんね…チョコ食う前に失血死したら、申し訳ないが死因はナツの可愛さだ。

ナツの走り去った方向は妖精の尻尾のある大通り。きっとギルドへ行ったんだろう。
恥ずかしいのはわかるが、ちゃんとお礼くらいは言わせて貰いたい。

ナツからのチョコを誰彼構わず見せ付けてやりたい気持ちを何とか抑えて俺もギルドへと向かった。


…しかしそこで俺が目にしたのは…


「やぁグレイ。見てよ、ナツにチョコ貰っちゃった」
ロキがニコニコしながら大事そうに手にしている包みはナツから貰ったというチョコ。

「このチョコ、ナツがミラちゃん達と一緒に手作りしたんだってよ」
「ウチの嫁なんて結婚してから何もくれないのになァ」
マカオとワカバは早速ナツからのチョコを肴に酒を飲んでいた。

「漢ならバレンタインはチョコを貰うべし!!」
エルフマンも同じようにナツのチョコを貰ったようだった。

見回してみればギルドの男達はほとんどナツから貰ったというチョコを持っている。

浮かれきった周りの様子を見て、逆に俺の心は一気にしぼんでいく。
まるで風船から空気の抜ける音が聞こえるようだった。

やっぱりナツにとっては俺も仲間の延長なのか。
…勝手に俺だけだなんて思って、バカみてー…
思い出してみればナツの口から「好き」なんて言葉が聞けるのはセックスのドサクサ紛れのときくらいだ(しかもほとんど俺が言わせてるようなものだし)。


ため息をつきながら重い足取りでカウンター席に座ると、ミラちゃんが声をかけてきた。

「ナツってば料理なんて普段全然しないのに、昨日はすごく頑張ってチョコ作ったのよ」
「そうみたいだな。…メンバー皆の為だもんな」
自分で言葉にしてしまえば尚更空しくなってくる。口にしてしまった後には更に深いため息が続いた。

だがそんな俺にミラちゃんは意味ありげな微笑みを向ける。

「グレイが貰ったチョコ、ちゃんと見た?」
「…?どういう事だ?」
意味がわからないが、とりあえずカウンターから振り向いて、ロキ達が持っているチョコに注目する。

ギルドの皆が持っているチョコは、おそらくハッピーがモデルだろう、ネコの顔のシルエットをしている。

俺がナツから貰ったチョコは…

ミラちゃんの言葉の意味に思い至って、ポケットからチョコを取り出す。


「…ハート型だ」


そういうことよ、と微笑んでミラちゃんはカウンターの奥へ消えてしまった。

ピンクのリボンで封をされた、少し不器用な形のハート。
まるでナツそのものだ。


ナツなりに精一杯の愛情表現に頬を緩めてチョコを眺めていると、視界の端を桜色が横切った。

「ナツ!!」
ナツは俺に気付くと一瞬で顔を真っ赤に染めて脱兎のごとくギルドの裏口へ駆け出してしまった。

「待てって!!」
椅子が倒れるのも気にせず慌てて追いかける。

ギルドの裏の湖に出た所でようやくナツの手首を掴んで捕らえる事が出来た。
そのまま腕に抱き込んで、もう逃がさないよう力を込める。

「チョコ、嬉しかった。ありがとな」
走った勢いで息をきらしながらも、気持ちを受け取った事を伝える。

「…グレイはずるい」
ナツはもう逃げようとはせず身体から力を抜くと、ぽつりと小さな声で呟く。

「恥ずかしくて言えないからチョコ渡したのに、これじゃ意味ねぇ…」
抱きしめたナツの体温が上がっていくのを感じる。
俺の腕の中から見上げてくる瞳は熱っぽく潤んでいた。


「グレイ、好きだ」


震えた声で必死に伝えてくる気持ちは、真っ直ぐに俺の中に染み込んでくる。

「ホワイトデーまで待てねぇ。今すぐお返ししていいか?」
小さく頷いたナツの顎に手をかけ、そっと唇を寄せた。

「ん…っふ」
舌を柔らかく絡め取れば、お互い同じ気持ちである事を表すようにナツも拙いながらそれに応えてくる。
犬歯を丁寧に舐めてやると薄く開いた口からはくぐもった声が漏れた。


「ナツ…好きだ」
名残惜しくはあるが唇を離し、桜色に鼻先を埋める。

「3倍返しにはまだまだ足りねぇから、毎日言う。ナツが好きだ」
「…その前に恥ずかしくてオレが死ぬ…」
素直じゃないのに真っ直ぐすぎる。
そんなナツに何度でも好きだと伝えよう。そう決めて額に一つ、誓いのキスを降らせた。


→あとがき
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