小話
□Fortune In!
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「鬼は〜外!!」
「福は〜内!!」
妖精の尻尾に賑やかな豆まきの声が響く。
今日は節分の日。
フィオーレでは馴染みの無いイベントだが、東洋出身のメンバーが何気なく豆まきの事を口にしたところお祭好きの妖精の尻尾がそれを見逃すはずもなく、全員参加で行われることになったのだった。
「皆どうした。もっと本気でかかってくるといい」
鬼役は煉獄の鎧を纏ったエルザ。
勿論金棒まで完璧に装備している。
鬼に豆をぶつけることがイベントの本分ではあるものの、皆エルザの迫力に圧されてしまい遠慮がちに豆を投げていた。
「エルザは〜そとォーッッ!!!」
そんな中ナツだけは全力で参加していた。
豆を手のひらいっぱいに掴むと大きく振りかぶり、ここぞとばかりにエルザめがけて投げつける。
滅竜魔法の効果も加わってぶつけられる豆は一粒一粒が炎を纏って、もはや散弾銃並みの威力になっている。
実際、飛び散った数粒はギルドのテーブルや壁にめり込んでいた。
「ナツ!!やりすぎだ!!」
「こっち投げんな!!」
とばっちりを受ける周囲のメンバーは堪ったものではなく、クモの子を散らすように逃げていく。
だが標的のエルザは鎧の効果もあって全くの無傷。
煉獄の鎧はエルザの手持ちの鎧の中ではほぼ最強クラスでもあるため、その程度ではビクともしない。
「ナツ、台詞が違うぞ!!私ではなく"鬼"は外、だ!!」
そう言ったエルザの瞳がギラリと光ったと同時に、横薙ぎに大きく振り回された金棒がナツに直撃する。
「んがッ?!」
金棒に殴り飛ばされたナツは一直線に跳ね飛ばされ、豆と同じく壁にめり込んでガクリと気絶してしまった。
「…全く、きちんとやらなければ厄を払うことが出来ないではないか」
「ちょっとエルザ!!鬼が反撃しちゃダメでしょ!!」
「あぁ、すまん。勝負事になるとつい…」
豆まきは勝負なのか?というツッコミを入れる勇気あるメンバーはそこにはいないのだった。
* * * * *
"鬼"の反撃を受けて気を失っていたナツが目覚めたのはそれから数時間後。
豆まきはとっくに終了しており、床に散らばった豆もすっかり片付けられていつものギルドの雰囲気に戻っていた。
「くそー、来年は絶対勝ってやる!!」
「ったく、豆まきでケガ人が出るとはな…来なくて正解だったぜ」
ナツが拳を振り上げてリベンジを誓っていると、後ろからグレイがやってきた。
「あ、グレイ!!お前豆まきの時いなかっただろ!?」
「エルザが鬼役って聞いて、色々大変なことになるだろうと思ったからな」
ちゃっかりしてんなー、と頬を膨らませるナツだったが、少し間をあけてポツリと呟く。
「オレ、お前と豆まきしたかったのに…」
消え入りそうな声で、そう言って頬をピンクに染めて俯くナツ。
ナツのこんな顔は"仲間"という関係では見ることが出来なかった顔だった。
「…悪い。来年は絶対一緒にやるから」
「絶対約束だからな!!」
グレイはそっとナツの頭に手をやると、桜色の髪をくしゃりとかき回す。
ナツはそんなグレイの手に安心したかのような笑顔を見せた。
「ん?グレイ、その手に持ってるの、豆まきの豆だよな?」
ナツの言うとおりグレイはナツの頭に乗せた手とは別の手に、小さめの升を持っていた。中には豆も入っている。
「もう豆まきは終わったのに何でだ?」
「節分の日は年の数だけ豆を食べる風習があるんだってよ」
「へー、そうなのか…ってオレ貰ってねーぞ!!」
「お前が気絶してる間にミラちゃんが皆に配ってたけど、もう無くなっちまったみてーだな」
食べ物の魅力に、一瞬出来た甘い空気が一気に吹き飛ぶ。
「お前だけズルいぞ!!オレも食いたい!!」
「ハイハイ。ってかナツ、年いくつだ?」
「う…わかんねー…」
節分に豆を食べる上で一番肝心な所をツッこまれてナツは口ごもる。
「だよな…。まぁ分けてやるから食えよ」
グレイはそう言うが、升をナツに渡す様子はない。
キョトンとするナツを尻目に、グレイは升の中の一粒をつまんで自分の口に放り込むと、ナツの体を抱き寄せて唇を重ねた。
「んッ、は」
ちゅ、と濡れた音を残してグレイがやっと唇を離すと、ナツの口の中にはグレイの舌が運んできた豆が一粒残された。
「で、ナツさんは何歳なんだっけ?」
グレイは耳まで赤くして肩で息をするナツに意地悪な笑みで問いかける。
「…100歳くらい、な気がする…」
「じゃああと99回食べさせてやらないとな」
視線を逸らしながらもグレイの首に腕を回すナツに、グレイは満足そうに2粒目の豆を口に含むのだった。
→あとがき