小話
□Still in my heart
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「おい、待てコラ!!」
人気のない裏通りにナツの叫び声が響いた。
クロッカスの広場で出会った、剣咬の虎の滅竜魔導士。
"竜を殺した"と言って去っていったその男を追いかけて走り出したナツは、街外れでようやくその後ろ姿を捉えた。
ナツが睨みつける視線の先には、金髪の男が一人。
広場で一緒にいた黒髪の男と猫たちとは別れた後のようで、一人悠々と歩くその後ろ姿は先ほど物騒なやりとりがあった事など微塵も感じさせない余裕に溢れていた。
スティングと名乗っていたその男はナツの声に足を止めると、ゆっくりと振り向いた。
「…憧れの人が俺を追いかけてきてくれたなんて嬉しいね」
「ふざけてんじゃねぇよ」
視線を交わす二人の表情はまるで対照的だった。
「お前、竜を殺したって…本当なのか?!」
問いかけるナツの呼吸が乱れているのは、走っていたせいだけではない。
竜はナツやウェンディたちにとっては親ともいえる程近しい存在だった。
彼らにとっても、竜は大切な存在ではないのか。
それを"殺した"などと言い放った男を目の前にして、冷静でいられるわけがなかった。
「さっきそう言ったはずだけど?」
「なんで…何でそんな事したんだよ?!」
今にも噛みついてきそうな勢いで問い詰めるナツとは対照的に、スティングはさも面倒そうに首をすくめる。
だがなおも食い下がるナツを見て、少し視線を巡らせた後、何か思いついたように口元を歪めた。
「そうだな…宿に戻る12時までまだ時間はあるし。暇潰しの相手してくれたら竜の事、教えてやってもいいよ」
「よし!!それならすぐ勝負だ!!」
スティングの言葉を聞くが早いか、そう叫んで目の前の男をビシッと指さした恰好で仁王立ちするナツ。
言葉の含みにも気づかないナツに、目を点にするスティング。
一瞬、二人の間の時間が止まる。
「っぷ」
長いようで短い沈黙を破ったのは、スティングの吹き出す声だった。
「アッハハ、マジでケンカっ早いんだなナツさん」
「な…お前バカにしてんのかっ?!」
腹を抱えて笑うスティングの顔からは驚くほど邪気が感じられず、素直にナツの様子を面白がっているようだった。
先ほどまでの剣呑な空気は掻き消え、ナツが顔を真っ赤にして反論する様もどこか微笑ましく見えてしまう。
スティングはひとしきり笑ったかと思うと、姿勢を整えてナツへ向きなおった。
「…桜色の髪に、鱗みたいなマフラー」
「?」
唐突にスティングが呟く。
挑発的な表情は消え、ただ淡々とした声に、ナツは彼の意図が掴めず眉をひそめる。
「すぐ熱くなって、ケンカっ早いけど…仲間を何より大切にしてる」
ゆっくりと噛みしめるように呟くスティングの瞳は真っ直ぐにナツを見つめているが、同時にどこか遠くを見るような目でもあった。
自信たっぷりで不遜な態度をとっていたかと思えば、あけすけな笑顔を見せる。
そして打って変わって自分を見つめるこの目。
ついさっき出会ったばかりだとはいえ、ナツには彼の言動は全く脈絡のないものにしか見えない。
「…本当に7年前の、俺が憧れてたナツさんが戻ってきたんだ」
ぽつりと零れた言葉とともに一瞬、苦しげにスティングの眉が寄せられる。
だがそれも見間違いだったかのように、すぐにまた余裕の表情に戻った。
「あーあ、吹っ切れてたつもりだったけど、やっぱダメだわ」
「…お前、さっきから何なんだよ。意味わかんねぇ」
先ほどからスティングに勢いを空回りさせられてばかりのナツはすっかり調子が狂ったのか、彼を指さしていた手は行き場を失い、手持ち無沙汰にくしゃりと髪をかき混ぜる。
ナツには本当に彼の真意がわからなかった。
「…7年も待ったんだ。もうこれ以上待てないって事」
次の瞬間、スティングの顔がナツの目の前に迫ったかと思うと噛みつくように唇が重ねられた。
虎が獲物に牙を突き立てるように―。
→あとがき