【F2119】URA

□「ちょうちょうむすび」
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※なんちゃって遊郭です!ツッコミはなしでお願いします!



「畜生……油断した」
右腕から指先へと滴る鮮血が地面へぽたぽたと落ち、黒い斑を作っていく。
頭に黒手ぬぐいを巻き、深緑色の着流しに刀を3本も脇に差した長身の男が一人、夜闇に紛れ行き着いた先は、高い堀が囲うきらびやかな遊郭の大門だった。
「いいことを思いついた」
男はニヤリと口角を釣り上げ、人々が行き交う大門をくぐる。
豪奢な装飾が施された風光明媚な遊女屋は幕府公認のもとこの区画に集められたもので、赤格子の向こう側の張見世には、艶やかな着物と髪飾りで着飾った女達が男を手招いている。ここにいるのは遊女の中でも位の高い遊女達だ。
遊郭とは、一夜の快楽を求める男達が高い揚げ代を支払い女と粋を買いに通う場所。格式の高い大見世になると、大名や豪商の接待など社交場にも使われるが、この男の目的はそんなものではない。
男は頭に巻いていた手ぬぐいで怪我をした腕を縛ると、人混みにするりと紛れる。
ここならば自分を狙う輩は迂闊に手を出せない。そもそもお尋ね者は入れてもらえない。
男は名のある賞金稼ぎで、高額の賞金首を狙っては大金を手にするいわば悪党の天敵なのである。怪我を負ったと知られれば命を狙われる危険がある。
今宵も一匹仕留めて奉行所に届け出たところ、手配書にない共犯者がいたらしく奇襲にあい、返り討ちにしたが不覚にも一太刀浴びてしまった。全く修行が足りてない。
しかしちょうど実入りのいい今夜、男は遊女の元へしばらく身を隠そうと画策したのだった。
「けどここの女は気ぐらいが高ェと聞くしなァ……」
風俗には寛大な時代にあってこの男は手垢のついた女を相手にすることを不快に思っていた。それなりに気に入った女と付き合ってきたが、男の職業を知るとたいていは離れていってしまう。
後腐れなくさっぱりした女はいないものかと張見世の前を歩いていると、ひと処に集まり指をさす男達が目に留まった。
その会話というのが、
「あの女郎、男じゃねェかい?」
「まさかこんなところに男がいるわけねェだろう。ここは陰間茶屋じゃねェ」
「なんだあの短ェ髪、おしろいすら塗っとらん!」
「ほんまもんの男じゃ」
「見世に陰間がおるぞ!」
陰間(かげま)とは色を売る男のことだ。人だかりはどんどんと増える。
笑い声や中傷が湧き起こり、見世だけにまるで見世物小屋だ。
口々に罵り指をさして、奇異な男の遊女に男共は興味本位「お前さんが買え」「いやアンタが」などと押し付けあい、ゲラゲラと下品に笑った。
「遊女屋に男? そんな酔狂な見世がホントにあんのかよ……」
男も興味を引かれ格子の間から視線の先を見ると、確かに赤い着物の少年が壁に凭れてつまらなそうに、投げ出した足先を右に左に倒しながらハーッとため息をついていた。
「あんっなに注目浴びてんのに気付いてもねェ……。大したやつだ」
男の腹は決まった。
アイツにしよう。
大きな目をした黒髪の少年女郎。面白そうだ。
それに男なら義理で抱く必要もない、一石二鳥。
運良くここの楼主には貸しがあるし、何かと都合がいい。
男は悪巧みの顔で笑うと、悠然とその遊女屋の敷居を跨いだ。


「おわ! ホントにお客さんがきた!!」
少年女郎が部屋持なのも男には都合が良かった。
部屋持とは、客と性行為をするための部屋を充てがわれている遊女のことだ。その格下だと相部屋となる。
男が登楼するや初対面した少年の第一声には、顔に出さないまでも面食らってしまった。
随分と人懐っこい……。
張見世で見た時の我関せずな印象とは真逆。
少年は赤い着物に白の帯を前で蝶結びにしていて、あちこちピンピン跳ねた髪には不釣り合いな髪飾り、化粧っけは全くなく、見世の外からは解らなかったが左目の下に真一文字の傷痕がくっきりと残っていた。
よくこれで見世に出られたもんだ……と男は嘆息する。
あの楼主は昔っから曲者だった。
元々は岡場所という幕府非公認の遊女屋を営んでいたのだが、取り潰しにあい、同業者が失業する中どういうコネだかこの遊女屋の二代目を任された。
その折に男は楼主に頼まれ用心棒に就いた時期があり、そのコネと関係があるのだろう殺されかけたところを救ってやったことがある。
「おいおい、てめェ、客に向かってその口の利き方はなんだよ」
「う、ごめんなさい……」
細い眉を下げ、狭い肩をさらにしゅうんと小さくする女郎。
「と、いつもなら叱るとこだが……男だもんなァお前、男に買われてびっくりすんのは当たり前だ」
楼主に聞いたところ初見世だったようなのだ。
つまり自分がこの少年の初めての客ということになる。
「だろ!? だよな!? でもありがとう!! 今日のお試しで客取れなかったらおれクビになるとこだったからさァ」
まぁ座れ座れ、と料理の並ぶお膳の前に連れて来られ、男が脇の刀を抜いて畳に置くや直ぐ様座らされる。かなり強引だ。
少年は隣へくっつくように座ると、しししっと嬉しそうに笑った。
「そうだったのか。そもそもよくお前に客を取らせようと思ったもんだ。まぁいい、まずは酒をくれ」
「おう! じゃなくて、はい!!」
「あともーちっと静かに喋れ……」
「あい……」
少年がおどおどした手つきで男の徳利に酒を注ぐ。
早速ひとくちで煽ると少年が「おおー」と目を輝かせる。何がそんなに気を引くのか。
それから男の問いへは、
「それはおれが楼主のおっさんに頼み込んだからなんだ。おれ、姉ちゃんの代わりに7つでここに来て、昨日までは裏方で働いてたんだけども……」
「ああ、15になったのか」
「そういうことだ」
遊女の年季は10年。だいたい15から客を取り始め、10年経てば里へ帰れる。だが年季明けまで働ける女はそうなく、たいていは疫病で亡くなるか、そのまま縫い子や飯炊きなどをして遊郭から出ることなく一生を終えるらしい。
「見世の女がどんどん死んじまうからさー、やっぱり姉貴寄越せとか言い出しやがって……あんにゃろう!」
おれ前のおっさんの方が良かったよ、と憤慨した少年の天然色つやつや唇がツンととんがった。顔に出る質らしい。
「それでお試しってわけか」
「うん! だから旦那には感謝してる! おれを選んでくれてありがとう!!」
「それはこっちの都合だ。気にすんな」
「おれルフィ。旦那は?」
「ロロノア・ゾロ」
「ゾロかァ。よろしくなゾロ!」
「旦那からあっさり呼び捨て……。まぁいいか」
本当に人見知りしない少年だと思う。だがどうやら好き嫌いが激しい。
あの男達は嘲笑っていたが、ゾロはルフィに好感しか抱かなかった。
「とりあえず傷が癒えるまでは通うつもりなんだ。よろしくな?」
「傷? 怪我してんのか?」
「あぁこれ」と袖をめくってみせると包帯の巻かれた二の腕。楼主と話をした時に花車に手当てをしてもらった。花車とは楼主のかみさんで、会えばゾロにはよくしてくれる。
「連泊はダメだってやり手のおばちゃんに教わったぞ?」
「やり手?」
「この仕事の仕方とか教えてくれるおばちゃんだ。怖ェんだ……。おれ男だし、新造とかやったことねェから色々教わった」
「新造…ってのは花魁のお付きのことだよな? なるほどな。おれはここの楼主と知り合いなんだよ、話しはつけてあるから心配すんな」
ここは小見世で面倒な引手茶屋を通らなくていいから好都合なのだ。
「マジか! やったぁ! つーかゾロの腕、筋肉すっげーな〜。いいなァかっけ〜! 髪の毛緑だし」
「そっち……」
今日会ったばかりの客などさほど心配ではないらしい。しかもルフィはそれ以上の事情を聞いては来なかった。
その夜は飯を食い、共にひとつの布団で眠った。
ルフィは抱かれる覚悟をしていたようで身を固くして目を瞑ったが、ゾロがルフィを抱き寄せあっという間に眠ってしまったので、気が抜けたのかすぐに寝たようだった。


連泊の約束をしたのにゾロが遊郭を訪れたのはそれから一週間も経った後だった。
臨時の仕事が入ってしまったのだ。
ゾロは賞金稼ぎを主な生業にしているが、先に触れたとおり用心棒も請け負ったりする。
その期日を終えたのがルフィを買った翌日から今日までだった。傷は殆ど塞がっていた。
ただの用心棒ならば断ることも出来たが、ゾロがずっと追っていた賞金首が絡んでいたため、断る気になれなかった。
この時代の手配書はあってないようなもの、情報量は圧倒的に少ない。似顔絵すら殆どない。
そんな中、有力な情報が得られるとなれば食いついて当然。
残念ながら追っていた賞金首には辿りつけなかったが、そんなわけでまとまった金が手に入った。
これでまたしばらくはルフィを買えるだろう……と、考えてゾロはハッとした。
「傷も癒えたのに何でおれァまたここに来ちまったんだ?」
遊郭の仲の町でひとり、はてなと首を傾げる。
性欲処理をするでもなし、あの小僧に会いたいがために……?
「そうか、おれはルフィに会いてェのか。アイツ面白かったもんなァ」
大口を開けて笑う顔を思い出してゾロはハハッと笑った。
それだけの理由で大金をはたく意味を、この時のゾロは深く考えていなかった。
ルフィはあれから誰か他の男に買われたろうか……。
自分は初めての客だが、初めての男ではない。3度は通わなければ遊女は肌を許さないと言うが、もう7日も経つ。
ちょっと胸にモヤモヤしたものを感じ、ゾロはまた首を傾げた。


ルフィのいる遊女屋の張見世の前、少し逸る心臓を不思議に思いつつゾロは格子から中を覗く。
ゾロは隻眼の強面だがなかなかの美丈夫なので、色目を使ってくる遊女がたくさんいる。
だが根っから鈍感なので……。
「お、ルフィだ。相変わらずの見物客だなァ……。まだクビになってねェってことは客がついたのか」
ちょっとガッカリしつつもルフィに声を掛けると、ハッとゾロに気づいたルフィが慌てて駆け寄ってきた(一度ズベっと転んでから……)。
「ゾ、ゾロ!!!」
「悪かった、あれから来られなくて。仕事が──」
「買って!!」
「…あ?」
「おれんこと買ってくれ! 頼む!!」
「はい??」
必死の形相のルフィにあっけにとられたが、もちろんそのつもりだ、とゾロは答えた。


「あ〜〜助かったよゾロ〜〜!!!」
「何がだよ」
ルフィの部屋へ入るなりルフィに抱きつかれ、その軽い体を支えながらもゾロはルフィの顔を覗きこんだ。
今日もすっぴんのルフィは子供っぽい。1週間程度お客を取らされたくらいでは、色気もへったくれもないのだろうか。
「おれゾロが来ると思ってたからガックリしちまって……あの次の日」
「う、すまん。それは謝る」
「そんでムカついて殴っちまって。だってゾロと違って触ってくっから!」
「いや触るどころか抱くためにお前がいるんだろうが。殴った……? 客をか!?」
「うん。で、次の日もその次の日もそのまた次の日も」
「お前アホなのか!?」
「だってゾロが来ねェから!」
「う、すまん……」
二度目。
「今日が最後だって……。今夜殴ったらクビだって言われてて!!」
「あぁ、で、やっとおれが来たわけか……」
「そうなんだ! ホントありがとう買ってくれて!!」
「……」
キラキラ笑顔になぜだかゾロはイラァっとした。
つまりルフィは誰とも寝てなかったわけだが、ゾロも対象外なのは疑いようもなく。
「ルフィ」
「うん。酒だよな? ゾロは酒大好きだもんな〜!」
たった一晩のことだったのに既にバレている。
と、そんなことはどうでもよく。
ゾロはルフィの細い手首を掴むとぐいぐい引いて屏風の奥、既に敷かれているひと組の寝床を目指した。
「ゾロ? どした??」
どうしたもこうしたもねェ、と心の中でごちる。ここへ来たらやることは一つなのに。
ルフィを寝間へ連れて行き、ゾロは振り返ると、当惑して見上げてきたルフィの着物の腕をガッチリと掴んだ。
「なぁゾロって…──どわ!?」
ひょいと足を引っ掛けてあっけなく仰向けにひっくり返し、ルフィに馬乗りになる。
それからルフィの着物の掛襟をガバッと開くと、その胸をあらわにして──、
「抱かねェとは言ってねェ」
ニヤリ、ルフィを見据えてきっぱりと言った。
「え? ……えええ!? そうなんか!?」
「下級女郎のお前を買う金があれば、遊里の宿で最高位の女が抱ける。お前知ってたか?」
買ったことねェけど、とは言わずにおいて。
「ゆ、ゆう何? 知らねェよそんなの、でもゾロは……」
「ともかくだ。おれはお前を抱くことにした。断る権利はお前にはねェ」
「う゛……そ、それはそうなんだけど……ええ〜マジか〜」
納得がいかなそうなルフィをゾロは無視し、腹の前で蝶々結びされていた白帯をしゅるしゅると解いた。
あっさりルフィの生まれたままの姿がゾロの目の前に現れる。
白く瑞々しく、綺麗な肌をしていた。
楼主がルフィを見世に出した理由が嫌でもわかる。
あの曲者オヤジは見抜いていたのだ、ルフィは抱かれれば抱かれるだけその魅力を開花させ、男達を取り込むだろうと……。
細い首筋にゾロは鼻先を突っ込むと、触れる唇にそこは柔らかく、いい匂いがする。
ちゅっちゅと口づけてたまに吸い付いて、平たい胸をまさぐると、ルフィが顕著にも「あっ」と啼いた。
「なんだよ、すげー敏感じゃねェか」
「そ、そうなんかな? 初めてだもんわかんねェよ……」
「感度はいいと思うぜ? 声は我慢しなくていいからな」
言えば、ルフィは素直にこくんと頷いた。抵抗するつもりはないらしい。あれだけ毎日お客を殴っていたくせに、本当に抱かれるつもりなのだろうか。
ルフィの淡い色をした乳首は穢れが全くなく、つるんと照ってゾロの舌先を喜ばせる。
ぷりぷりのそれをつれつれ舐めていたらルフィがもぞもぞして片足を立てるので、するりと肌蹴た褄下から細い太ももがあらわになった。
それを掌の全体でするする撫で上げてまた乳首を吸う。
「あ、待てっ、なんか変……」
かり、と小さな粒に歯を立て「変じゃねェよ」と囁くと、またルフィの肢体がぴくりと震えた。
「ンッ、あっ」
押しやってくる手を握って敷布に縫い止める。
「やっぱ嫌か? おれのことも殴るのか?」
「な、殴らねェ……ゾロならいい」
「ホントかよ」
「うん」
短く頷いたルフィにゾロは喜びを感じる。
拒絶されなかったことをこんなに嬉しく思ったのは初めてかもしれない。
「ゾロだけがいい……」
その呟きをゾロが真摯に考えるのは、ルフィを抱いて本気で惚れた後のことになる。


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