FINAL FANTASY [

□〜The 2nd War〜
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第33章


朝、目を覚ましたウィッシュはその広いベッドにしばし現実を忘れた。
時計を確認しながらバスルームへ向かい、身支度を整えた。
持ってきたバッグに洗面用具をしまう時に目についたメモ帳と筆記用具。
昨夜、父から出された“宿題”を思い出す。
「(あ、そうだった…)」
記憶が新しいうちに書き留めておこうと、簡単な箇条書きで昨日の出来事を書き入れていく。
自分達に逃げろと言ってから、研究所の外で声を掛けられるまでに、中で何があったのかは知らない。分からない。
でも、ちゃんと2人とも無事に再会できたってことは、うまくいったんだろうな、と考えた。
「(…スコールさんて、格好いいな…)」
トラビアで出会ったリノアの口から出たその名前。
父であり、スコールの友としてかつての戦争で共に戦ったというアーヴァインから教えられたスコールという人物。
ずっと会ってみたいと思っていた。
母から見せて貰った写真や映像ディスクで、顔は知っていたが、実際に出会った彼はもっとずっと大人という感じがした。
確か、父や母と同じ歳のはずだ。しかし、それよりもずっと年上に感じた。
ホープが彼を“おっさん”なんて呼んだのも、きっとホープも自分と同じように感じたせいなのだろう。
冷静で落ち着いててそして何より、強い。
ガーデンの資料でしか見たことのない、特殊な武器を巧みに使い、無駄の無い動きで兵士を倒していく姿は本当に凄かった。
しかも、あのエスタのレウァール大統領の息子とは!
ウィッシュの目には、スコールという人物が自分達とは違う世界の人間のように思えて仕方がなかった。
ある程度簡単に纏めてから、ウィッシュはそれを制服のポケットにしまい込んだ。
年少クラスの制服は、候補生のそれとよく似ている。
ウィッシュはこの制服が気に入っていた。ブレザーに手を通すと、袖丈が少し短くなっていることに気が付いた。
自分の隣のベッドでまだ寝息を立てているホープに声を掛けてみるが、唸り声と共に反対側に寝返ってしまった。
「(…ランスさん、どこで寝たんだろう…?)」
リビングのソファーの上に無造作に置かれた毛布に気が付く。
「(…ソファーで寝てたのかな…?もう1つベッドあったのに…)」
リビングからベランダへ出るガラス製の薄い扉が開かれている。そこにランスがいるのかと、歩み寄ってみる。
微かな息遣いが聞こえ、壁に隠れた向こう側が見え始める。自分の目の高さの辺りを足だけが上下に規則正しく動いていた。
「ランスさん」
声を掛けると、動きが止まり、そしてその足が床に降り立った。
「おはようございます。トレーニングですか?」
「ウィッシュか、おう、ちょっとだけな」
2人は室内に戻り、着替えてくると言葉を残して汗を拭きながらランスはバスルームに向かう。
タイミングよく扉が開かれ、ウェンディがワゴンを押して入ってきた。
「おはようございます、お坊ちゃん方。よく眠れました?」

ウェンディに半ば強引に起こされたホープも席に着き、3人は朝食を摂る。
「あの、スコールさんは…?」
また彼に会えるのを少々楽しみにしていたウィッシュが、そこにいない彼の事をウェンディに訊ねてみる。
「スコール様は昨夜の内にお出かけになりました」
「えっ!昨夜!?…なぁんだ、もっとお話したかったな…」
残念そうな顔を露骨に示すウィッシュを横目で見ながら、ホープが口を出す。
「どこ行ったんだ?」
ランスは何も言わない。知らぬ振りを決め込んだようだ。
「兄さん、そんなのトラビアに決まってるじゃないか」
「えー、トラビアに行ったのか! …じゃぁ、俺たちも連れていって欲しかった…」
「ダメだよ、兄さん。まずガーデンに戻ってちゃんと報告しなくちゃ! …それに、いますぐガーデンに戻ってもパパもママもいないんだよ」
「あー、そういえばそんなこと言ってたっけ…」
3人のグラスにそれぞれ飲み物を注いで回っていたウェンディがランスの席までやってきたときにこれから帰るのかと聞いてきた。
エスタからティンバー行きの列車に乗ろうと思っていた矢先だった。
使用人たち同士で顔を合わせ、何事か囁きあっている。
「? あ、あの…」
「TVもご覧になっていらっしゃらなかったんですか!?」
「?」
昨日の魔女研究所の襲撃事件以来、エスタでは戒厳令ほどではないにしろ、街の警備がいつも以上に厳しいものになっていた。
至るところに検問が張られ、公共機関や乗り物は全て身分証明書の提示が義務付けられていた。
しかも、エスタ・ガルバディア両軍が動いているのだと言う。
「まぁ、当然だろうな」
「研究所襲撃の犯人を捜しているんですね?」
「ええっ!それって俺たちのことか!?」
「…迂闊には動けないな…」
思案している3人を余所に、ウェンディは明るく声を掛けた。
「私共のほうでお送り致しますよ」
スコールからでも言われていたのだろうか? …いや、まさか彼がそんな気を回してくれたとは考え難いと思いながらも、2人のことを考えるとこの警備の中を抜けて列車で海を渡るのは少々無謀かと思い直した。
せっかくの好機でもある。ランスは有難くその申し出を受けることにした。

ラグナロクにずっと乗りたいとスネていたホープは、それでもヘリポートへやってくると年相応に喜んで走り回っている。
「申し訳ありません、お坊ちゃん方。ラグナロクは政府要人専用なんです。…もしラグナ様がいらっしゃったら乗れたかもしれませんね」
「あ、いえ、こちらこそスイマセン。我侭言ってしまって…」
ウェンディは謝る必要は無いと、笑ってくれた。そして今回ヘリの操縦をしてくれるパイロットを紹介してくれた。
政府防衛部大統領私設課第一航空部隊軍曹マック・ダニエル。すごい肩書きがついていた。自己紹介するのが大変だな、とランスは思っていた。
改めてウェンディに礼を言って、ヘリに乗り込んだ。エンジンの音と物凄い風で彼女の言葉はもう届かない。それでも彼女は笑顔で何かを叫んでいる。
また来いとでも言っているようだ。整備の者達らしい人物に促され、下がっていくウェンディを見送りながらヘリはフワリと舞い上がった。
空の旅は快適だった。広いエスタの街を一望し、大きな大統領官邸もエアステーションも飛び越え、やがて海に出た。雲ひとつ無い青空と薄っすらと浮かぶ丸みを帯びた水平線と眼下に広がる大海原。この美しい青い世界にポツンと1人だけ浮かんでいるような気持ちになってくる。
操縦レバーを握る軍曹と隣の席に座ったランスが互いにインカムで話をしている。何を話しているのかは、後ろの2人には全くわからない。
ランスが時たま交える身振り手振りから察するに、操縦に関することでも話しているのだろうか?
この轟音の中では、すぐ隣に座る兄と話すのも一苦労だ。耳元で怒鳴るように言葉を発しなくてはならない。
「兄さんはヘリの操縦免許を取るの?」
「取れるもんなら取りてーよ。でも専攻は格闘だからな〜」
「取っておくと便利だし、SeeD選考の時に有利だって聞いたよ。僕はスペル専攻だからちょっと不利なんだよね」
「お前は頭いいんだから、筆記のときは有利じゃねーか」
「でも、やっぱり実技が一番問題だから」
「まず候補生になることが先決だろ」
「…それ以前に心配なことがあるよ…」
「なんだよ」
「今回のこと、ガーデンに報告したら僕たちどうなるのかな〜?」
「う〜ん、やっぱ懲罰室行きかな」
「候補生資格交付禁止とか、もしかしてガーデン追放になんてなったらどうしよう…」
「縁起でもねぇこと言うなよな!なんとかなんだろ!」
俯いたまま静かな2人にランスが気付き、ウィッシュの頭にインカムを乗せてやる。
突然のことに驚いて顔を上げたウィッシュに、ランスは自分のインカムを指でトントンと合図を送ってきた。
慌ててスイッチを入れる。
「聞こえるか?」
「あ、はい、聞こえます」
「どうしたんだ?元気が無いな。もしかして酔ったのか?」
「あ、いえ、そうじゃないんです。 …ガーデンに帰れるのは嬉しいんですが、帰りたいような、帰りたくないような…」
「今回の研究所の件か」
「はい、何があったのか全てを作文にして書いてきちんと報告するように、とパパに宿題を出されました」
「…作文の宿題か…」
ふいに学園長から出された宿題を思い出す。
このごたごたですっかり忘れてしまっていた。そして今回の任務の内容を振り返る。
自分よりも幼い、守らなければならない対象とこなさなければならない辛い任務。
2人を知り、2人と共に行動し、自分も彼らに命令する立場になる。
ランスには、その答えが少し見えてきた気がしていた。
「…あの、ランスさん?」
「…心配するな。報告するのは俺の役目だ。お前達はやれと言われたことをやっただけ」
「…でも!」
「お前達の宿題は、お前達へのご両親にかけた心配をなくしてやるってことだ。ガーデンへの報告はSeeDの俺の任務の1つ」
「…はい、でもやっぱり教官長にもちゃんと本当のことを言います。この許可を貰ったときに言われましたから…」
「そうか、わかった。確かに、ずっと一緒に行動を共にしていたわけではないからな。…その結果がどうであれ、受け止めることも必要だな。ある程度の覚悟も」
「はい…」
1つ頷いて、ウィッシュはインカムを外そうとした。しかし、ランスは首を横に振る。
「何があるかわからない。つけておいてくれ」

スコールに言われた言葉を思い出す。
“白いSeeDの船”
なぜ彼がそれを知っているのかは判らない。だが、その船のことは良く知っている。ガーデンに入学する前までは、自分もそこで暮らしていたのだから。
しばらくして、インカムから軍曹の声が聞こえてきた。
「見えましたよ。まだちょっと遠いですが、バラム島です。0時の方向です。見えますか?」
ヘリが進んでいく前方の水平線に薄っすらと見える微かな影。時間と共にその姿はしだいにはっきりと見えてくる。
子供たちは大喜びだ。
四方を海に囲まれた小さな島。漁業が盛んなこの島の特産物でもある魚には、世界にその名を知られた高級魚も並んでいる。
四季の移ろいをはっきりと感じることができるのもこの島の特徴のひとつだ。
緑豊かな島の中央部に見える一際大きな建物はこの空の上からでもはっきり確認することができる。
SeeDの代名詞とも言える、バラムガーデンだ。
島に近付くにつれ、普段の様子と違うことに気が付く。
「…何事でしょう?」
軍曹の声には不安が混じっている。その様子を見たランスも、背中にゾクリと冷たいものが走る。
子供たちの声も嬉しそうにはしゃいでいたはずなのに、それはいつの間にか驚きの声に変わっている。
ガーデンの周りをグルリと取り囲む軍用車や軍用飛行機械の数々。そして黒い虫のようにさえ見える山のような兵士の数。
ガルバディア軍がガーデンを取り囲んでいた。


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