ShortU

□無意識の束縛
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五感の中で最も記憶に残るのは匂いだと言う。
好みの人と好みの匂いは一致するらしい。
要するに、人間の感覚の中で匂いは重要な役割を担っているのだ。



「…ん」
自分と東海林、智哉、そして蓮しかいない部室で望は顔をしかめる。
他の部員もいたのだが、外に出てしまっている。

「なんか甘いにおいとツンってしたにおいと…煙草っぽいにおいがものすごいするんですけど」
数種類のにおいが混ざった空間に望は少し気分が悪くなる。
「煙草は俺じゃないよ。先生か先輩かだろ」
「俺が吸ってるみたいな言い方するなよ」
智哉と蓮の言葉を受け、東海林に目をやる。
「普通に考えて俺だろうね」
言っている間にも東海林は「CHERRY」と書かれた箱から煙草を出し、口にくわえる。
「…校内禁煙」
「黙ってればばれないしいいんじゃないですか」
眉を寄せる蓮に智哉が返した。
「…先生前までそんな匂いしなかったような気がするんですけど。吸う量増えました?」
「最近銘柄変えたんだよ。匂いきついやつに」
「わざわざなんでそんなこと…」
呆れる望に東海林は答えた。

「尚雪に俺の匂いを覚えこませたいんだよ」
「…へ?」

望の頭にはクエスチョンマークが飛び交うが、蓮と智哉は妙に納得したような表情を浮かべる。
「ああ…」
「なるほど」
「え、二人は意味分かるの?」
そう問いかければ異なる口から全く同じ答えが返ってくる。
「「だって俺も同じことしてるから」」
二人から差し出されたのは葡萄の飴と、プラスチックの入れ物に入った消毒液。

「俺この味好きだからいつも舐めてるんだよね。だからもう染みついちゃったんじゃない?」
俺の味になっちゃうくらいに。
そう言って智哉は笑った。
「この匂い嗅ぐたびに、この味がするたびに、兄貴が俺のこと思い出せばいいって思ってるから」

「匂いって意外と覚えてるもんだからなー」
蓮の手元を見ると、消毒液を脱脂綿に染み込ませて腕にできた傷を殺菌していた。
「また喧嘩ですか」
「うん」
蓮は傷口を見ながら満足そうに笑った。
「消毒液の匂いって薬局とか病院とかで結構するだろ?これで謙太が俺を思い出すきっかけになればいいなーって」

望は改めて思い返してみる。
東海林がまとっている煙草の匂いは自分が気づくほどに日に日に強くなっていっている。
智哉の飴だって、さっきは口に含んでいなかった。つまりは智哉自身に既に染みついてしまっているのだろう。
この頃蓮は傷を作ってくる割合が格段に高くなった。きっと、消毒液を使うために。
思いを寄せる相手に自分の存在を示すためだけに、ここまでする意味があるのだろうか。

「…なんでそこまで…」
望の小さな呟きに、三人の口から同じ答えが紡ぎだされた。





「無意識に思い出すほど、自分に囚われて欲しいからに決まってるだろ」




道を歩いていた尚雪、奈央斗、謙太が突然立ち止まる。
「どうかした?」
優羽があたりを見回しても、三人の足を止めるようなものはなにもない。
尚雪は先ほどすれ違った男性の後ろ姿を見るために足を止め、
奈央斗は自分が開けた葡萄ジュースを見つめて足を止め、
謙太は通り過ぎようとした薬局の前で首をかしげて足を止めていた。
「おーい?」
優羽がそれぞれの顔の前で手を振ると、三人は元の世界に引き戻されたように優羽の顔を見た。
「三人ともどうしたの?」
優羽の言葉に尚雪は再び後ろを向いた。
「…今の人、先生と同じ匂いがしませんでしたか?」
「匂い?気がつかなかったけど…」
「絶対しました」
尚雪にしては強い言い方に、優羽は少しだけ驚いた。
「閣下…」
後ろから聞こえてきた呟きに奈央斗を見る。
「俺、なんで葡萄ジュースなんか買ったんだろ…」
「それ奈央斗くんが自分で選んでたじゃん」
「何かこれ見たら閣下の顔思い出しちゃって。無意識に買っちゃってたみたいです」
苦笑する奈央斗につられて優羽も苦笑する。
仲がいいなぁなんて思いつつ、まだ首をひねっている謙太に目を向ける。
「謙太はどうしたの?」
「いや…。突然蓮先輩思い出して…。本当に突然だったからなんでだと思って…」
原因に思い当たらないのか、難しい顔は終わりを見せない。
謙太の横を、薬局から出てきた白衣の店員が通り過ぎた。

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