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□山盛りチョコとホットチョコ
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テーブルに広がるのは箱いっぱい、とまではいかなくともかなり大量のチョコレート。
それを前に逃げ出しそうな東海林である。
草食系な顔に似合わず甘いものが苦手な東海林にはこのチョコの山は悪夢であった。
だが元を辿れば、強く遠慮出来なかった自分の意思の弱さである。
多少なら食べれるだろう、だなんて。
考えが甘かったのだ。
「…誰が、うまいこと言えと、」
今朝、生徒一人のチョコを受けとってしまったのを皮切りに、それはもうネズミ算並にお菓子は増えていった。

*****

そう、今日はバレンタインだった。
ソファーに体育座りをし、チョコをつまみ、隣の山を睨んだまま過ごすこと数分。
睨んでる内に溶けて仕舞わないかだなんて現実逃避。
だが実際に溶けたのは手の中のチョコで、人差し指と中指が見事に汚れただけだった。
そうこうしていると、チャイムが鳴った。
「せんせー、お邪魔しますよ」
インターホンから尚雪の声がしたのを、これ幸いと、チョコを放り出して迎えに行った。
先生は少しの間をおいて玄関を開けてくれた。
心無しか、いつもよりほんのり甘い匂いがした。
尚雪はまた、ぎゅう、と胸が締め付けられるのを感じた。
いまだに、これが何なのか分かっていない。
ときめき、とか切ない、とか例える言葉はたくさんあるのだが。
とりあえずその痛みを放置して部屋へと入る。
あ、
少し、ほんの少しだけ表情が曇った。
その視線の先は東海林が貰った山積みのチョコレート。
そのチョコの全てが本命とは思わないが、少なくとも好意の塊ではある。
それに、整った顔に低く甘い声。
女子生徒には人気の教師である。
きらびやかな装飾を施されたそれを見て、ふと不安に駆られた。
「先生、甘いの好きじゃないっすよね?」
いつものように台所へ急ぐ東海林の背中に念を押すように尋ねた。
語尾が少し震えて、なんとなく怖くなって。
俺の知らない間に、チョコが好きな先生になってたらどうしようなんて馬鹿な発想が生まれた。
「うんちょっと、困ってんだよねえ。」
こちらを振り返り苦笑いしてくれた。
ちょこっとだけ尚雪の胸の痛みが引いた。
「じゃ、俺、ホットチョコレートにして飲んで良いっすか」
早口でよくわからないことを言ってしまった。
どうしよう。
慌てるが、彼に向けられた好意を溶かしてしまいたいのも本心で。
どうしよ。
銀縁眼鏡の奥、黒い目が見開かれていって、

笑った。

あ、
胸が切なくて、でも泣きたい位幸せだ。


ぎゅうう、酷く圧迫される。
体の内側から、不快じゃないけど強くて、もう、目合わせられない、です。

*****
先生の横に座って、マグカップを見つめて茶色のココアもどき、もとい溶かされたチョコ入りのホットチョコレートを啜る。
くたくたして柔らかい素材のソファーが好きなのは二人とも同じだから向かい合うというより同じ方を向いて座った。
不意に横から、俺も熱燗に入れちゃおうかな、なんて気の抜けた声。
「…せんせ、耳、貸してください」
「なに?」
マグカップを二人並べてテーブルに置いた。
今の二人と同じ、今にもくっつきそうな至近距離のカップ。
尚雪の方に寄せられた耳で近づく気配を感じた。
ゆっくり、もう、息がかかる位に。
そして、二人の間の距離が零になった。
「…あ、」
東海林の頬に、柔らかい唇が触れた。
「他の人、好きになんないでくださいよ、」
「…尚雪以外、見てないよ」
今度は東海林が、尚雪の唇に甘い甘いキスをした。


おわり


山盛りチョコとホットチョコ

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