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□夫婦円満、スパイスは腐男子
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「もどかしい…」
腐男子、飛鳥は呟いた。視線の先にいるのは放送部のオカンこと田中優羽と、放送部のオトンこと小佐野夏樹。夫婦でまったりお話中だ。
「リラッ○マ可愛いよね〜!!」
ほんわか笑う優羽。お前の方が可愛いよ!
「先輩も可愛いですよ」
ふんわり微笑む夏樹。さらっと言いよったこの子!
ニコニコと笑いあう2人の姿は見ていてとても癒される。一癖も二癖もある部員たちのせいで心なしか空気のよどんでいる部室で、そこだけマイナスイオンでも出ているのかと思うほど澄んだ空気が満ちている。さながら空気清浄機だ。そんな2人だからこそ、個性的な部員たちをまとめられるのだろうが。2人を見守るみんなの目は生暖かい。
だがしかし、そんな平和な光景では満足しない、生粋の変態がここにいた。
「刺激が足りねえ!!」
当然、冒頭でしっかり萌える光景を携帯のカメラに納めつつ不満げな呟きを漏らしていた飛鳥である。
「ほのぼのでも確かに萌えるけど!あれじゃ初々しいとか通り越して倦怠期…とはちょっと違うな、そう老夫婦!!ゆるすぎるんだよ高校生ならもっとがっつけよ!!余裕のない攻めが見たいのに!!」
壁から半分だけ顔を覗かせ、ぶつぶつ
と一人で喋る様子は軽いホラーだ。
「くっ、こうなったら…」
飢えた獣のような目をぎらりと光らせる。そして何を思ったのか、突然優羽に抱きついた。
「優羽くーんw」
「飛鳥くんどうしたの?」
首を傾げる優羽には答えず、夏樹の反応をうかがう。
「仲いいですね〜」
「………」
orzのポーズでうなだれる飛鳥。ハグが挨拶のような彼が抱きついたくらいで、期待していたような展開が繰り広げられるほど現実は甘くなかった。
「……優羽くん、飲み物買いに行かない?」
「あ、僕ものど乾いてたんだ!」
無邪気に笑う優羽に脱力する飛鳥。じゃあ行こうかと乾いた笑みを浮かべ、廊下へと足を踏み出した。
「優羽くんはなっちゃんのこと、どう思ってるの?」
自動販売機のある踊場まで来たところで、何気なく飛鳥は尋ねた。
普段腐ィルターを通して見ている分にはラブラブに見えるものの、実際は付き合っているわけでもない優羽と夏樹。先程の夏樹の反応からして、優羽からも期待するような返事はもらえないだろうと思いながら。
しかし飛鳥の予想はあっさり裏切られる。
「え、ええええ!?」
優羽が顔を真っ赤にして後ずさったことによって。
「え」
これには飛鳥も目を見開いた。
「…へえ〜」
そして次の瞬間にはニヤリとあくどい顔に変わる。
「ナニナニ優羽たん、なっちゃんのこと好きなの?」
「う…」
後ずさる彼をじりじり追い詰める。
「いつから?何がきっかけ?年下が好きだったの?」
「ううう…」
トン、と、優羽の背中が自動販売機に当たった。飛鳥は優羽を逃がさないよう両手をついて囲う。身長差のせいで優羽の腹の両脇につかれた手は、屈んで逃げるという選択肢を奪い優羽をさらに混乱させた。
「でもなっちゃん、さっき俺が優羽くんに抱きついても全然平気そうだったよね」
「!……っ」
その瞬間、ただ照れていただけだった優羽はくしゃりと顔を歪め、泣きそうな表情になった。
それに気付いた飛鳥はしまったと内心焦る。
「(やべ、いじめすぎた…)」
少しからかうつもりが、いつの間にかやりすぎてしまっていた。涙目の優羽を前に、あたふたと言い訳を考えるが結局素直に謝ろうという結論に達し、口を開こうとしたその時−
「何してるんですか!!」
初めて聞く、夏樹の怒声が響いた。
夏樹の突然の登場と、普段穏やかな彼の大声に唖然とする2人。その隙に夏樹
は飛鳥の首根っこを掴んで無理やり優羽から引き離した。「ぐえっ」と言ういかにも苦しそうな飛鳥の悲鳴を無視し、優羽の顔をのぞき込む。
「大丈夫ですか?何かされてませんか?先輩に何かあったら俺っ…」
「だ、大丈夫…。なっちゃん何で来たの?」
「なかなか帰ってこないから心配で…。来てよかった」
「ありが…とう…」
優羽は遠慮がちに夏樹の肩に顔を埋めた。
夏樹はそんな優羽の背中をそっと撫でる。
完全に2人の世界だった。
「結局腐ィルターなしでも両思いじゃんかこの夫婦…」
飛鳥の若干嬉しそうな呟きも聞こえていない。
「ま、念願の余裕のない攻めが見れたし、結果オーライってことでwww」
その手に握られ撮影中のライトがついた携帯の存在にも、もちろん気づいていない。
夫婦円満、スパイスは腐男子