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□日常に咲く花
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「飛鳥ちーん!愛してるよー!!」
「保くん、俺も愛してるっちゃ☆」
だきっ!
いつもの部室。いつものノリで抱き合う飛鳥と保。
「ラムちゃんか!!」
といつもなら突っ込む蓮の姿はない。蓮どころか、優羽をはじめとする放送部の部員の誰一人としてこの場にはいなかった。休みだったり取材や撮影に行っていたりして皆出払ってしまい、今この空間には保と飛鳥の2人しかいないのだ。
「…寂しいね」
「そう?」
保がポツリと呟く。ワイワイと賑やかな空間を好む彼はため息をつきながら飛鳥から離れた。
「インタチェックでもしますかー」
くるりと飛鳥に背を向けて、ルルを起動し仕事の準備を始める。
「……」
名残惜しげな飛鳥の視線には、気づかぬまま。

「………」
しばらく保の背中を見つめていた飛鳥は、ふいと視線を逸らして自分も何かしなければと菊に向かう。
その表情は固い。
マウスに添えた手はほとんど動かさないまま、飛鳥は思考する。
―2人で抱き合っていたあの時間が永遠に続けばよかったのに。保くんの体温を感じて、保くんの香りを嗅いで、保くんの心臓の音を聞く…そんな時間が、ずっと。
ただの変態だな…と顔をしかめ、チラリと保を盗み見る。広い背中や
スラリと組んだ長い足、時折カメラの方を向く横顔の真剣な表情。目で認識してから脳で理解するまで数秒かかった。そして脳が理解した瞬間、ボンッと顔が赤くなり慌てて前を向く。
ずるいと思った。自分はこんなに好きなのに、保は自分のことなど友達の一人としか思っていない。自称人の男を寝取るタイプな彼のために彼女も作ったのに。彼のアーモンド型の、舐めたら美味しそうな瞳に映るのは自分だけでありたいのに。
「寂しい…か」
思わず口に出したが、ヘッドフォンをつけている彼の耳には届かないだろうと飛鳥はさらに自分の世界に入ってゆく。
そう、確かに保は言った。自分と2人だけでは"寂しい"と。保が何気なく言ったその言葉は、飛鳥の胸をえぐった。その時の感覚を思い出して、飛鳥は胸の辺りで拳を握りしめた。
"その日の気分で性格も考え方も変わる"と豪語する、飽きっぽくて移ろいやすくて感情が長続きしない飛鳥の中にあって、唯一変わらない感情。初めは憧れや友愛だと思っていたそれが保への恋心だと知ったその日から、自分の中で何かが壊れていくのを飛鳥は知っていた。嫉妬や独占欲や愛情が、変わらない綺麗な恋心を包んでいく。2人だけの永遠の時間を望む心は狂気に近い
。自分だけを見てくれないなら、いっそ…。「飛鳥」
その声を聞いた瞬間、ぐるぐると飛鳥の中で蠢いていた仄暗い感情が、ぱちんと音を立てて消え去った。
「手、白くなってるよ」
そう言ってそっと飛鳥の手を握る保。飛鳥が視線を移すと、ずっと握りしめていた拳は色を失っていた。
「もー、そんなになるまで何考えてたの?」
「や、ちょっと、…妄想?」「本当?」
すっと細められた保の瞳に、全てを見透かされているような気がした。
「う、ん…」
「まったくー!!インタチェック終わったからさ、喋ろ!!サンホラについてwww」
ぎゅっと抱き締められて、じわりと胸にあたたかいものが広がる。それはえぐれた心の上に積もって、飛鳥を癒やした。狂気を進ませるのが彼だけなら、止められるのも彼だけなのだと、ふいに気付く。もう彼なしではいられない。
「誰もいないし、ニコ動しちゃう?w」
それでもいいと、今はまだこの関係を享受しようと笑う飛鳥は知らない。
「しちゃいますかwww」
寂しい…かという飛鳥のセリフを保がしっかり聞いていたことに。その時彼の顔に浮かんだ笑みの意味に。

いつもの部室。いつものノリで抱き合う飛鳥と保。
何気ない日常の中、2人の間に
芽を出した一輪の花。その花が毒を孕むかどうかは、2人次第…。


日常に咲く花

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