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□砕けた平常心
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「智哉ぁ」
「ん?」
舌の上で飴を転がしながら声に答えた。
振り向くことはしない。背中合わせの相手を見る必要はないから。
「お前、タクト先輩のこと、…」
奈央斗の言葉は段々小さくなって、最後まで言い終わらないうちに宙に消えた。
「あ、もしかして見てた?」
「…」
当たりかぁと呟いて、口元に笑みを作る。
「どう思った?自分より先輩が好きって聞いて」
「…本心なのか、あれ」
「俺が質問してんのに質問で返すなよ」
「…」
軽く突き放すような口調で言えば、奈央斗は黙りこむ。
支配感、だろうか。
この笑みを作り出しているのは。
きっと今奈央斗の頭の中は全て智哉で埋め尽くされている。それが堪らなく嬉しい。
「うーそ」
少しだけ勢いをつけて背中を奈央斗に預けた。
「俺が好きなのは奈央斗だよ」「……ばーか」
口ではそういいながらも奈央斗も背中を智哉に預ける。
そして、腕を強く捕まれた。
どこにも行くなと止められるように。
「…飴食ってるのか?」
「ああ、いつものやつ。食べるか?」
体を近づけたことでほのかに香る葡萄の飴の存在に気づいたのだろう。静かにきいた奈央斗に智哉は飴を差し出した。
「いらない」
奈央斗には珍しくきっぱりとした言い方だった。
「あ、そう」
「嫌いだよ」
腕を握る力が強くなった。
「葡萄の飴なんか、嫌いだ。食べてる智哉も嫌いだ」
「…あぁ」
智哉の手の中で握りしめられた飴が砕ける音がした。
なぁ、お前に焼きもち妬いて欲しくてあんなことしたって言ったら、お前、怒るか?
砕けた平常心