ShortV

□蜂
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恐らく書くのは最後であろう日誌を適当に記しながら、智哉は自分の他に人のいない教室のしんとした空気を味わっていた。
「最後、か」
三年生に進級してから、この言葉ばかり聞いてきたような気がする。最後の学園祭、最後の試験、それから最後の大会…それらの出来事は高校生活の中でも、最高の思い出としてついこの間のことのように思い出すことができる。
部活を引退してからというものの、同じクラスの望はまだしも他のクラスの放送部員たちと話す回数は激減してしまい、彼らの近況等も殆ど分かっていない。
──ゆっきーはどこに進学するのかな。オトンは?颯はどうなったのだろうか。 数ヶ月前までは毎日顔を合わせていたのに、悲しいものだなと感じる。
「智哉」
教室には誰も居ないはずなのに背後から声が聞こえて、智哉は驚きに体をびくつかせる。聞き慣れたその声に、苦笑いで其方へ振り向く。
「…奈央斗」
声の主はやはり奈央斗で、もう帰ろうとするところなのであろう、コートを着てマフラーを巻いた彼は肩から鞄を提げて其処に居た。
「日誌?」
「そう。最後の最後で回って来たんだよめんどくせー」
智哉は怠そうな表情をして、日誌に走らせていたシャーペンを放り投げた。すっかりやる気を無くした智哉を見て、奈央斗はくすくすと笑う。
「どうせ最後なんだからさ、頑張って」
「……それはそうだけどさー」
事務的な作業が得意でなくて、書いてある内容も前の人と似たり寄ったりになってしまうため、どうにもそれをする気が起きない。
ふう、と溜め息を吐いた時、奈央斗が何かを思い出したような反応をした。
「ああ、そういえば。おめでとう智哉」
「え?」
「大学、第一志望受かったんでしょ?良かったじゃんか」
奈央斗にそう言われ、智哉は自分の事ながら他人事のように納得をする。先日、絶対に受かることはないだろうと踏んでいた第一志望から合格の判定が出た時に智哉は三度ほど頬を抓った。
「他は全部落ちたんだけどな」
「本命受かればモウマンタイ」
「だよなー」
けらけらと笑った後、智哉は薄く微笑を浮かべる奈央斗の頭から靴の先まで眺めて口を開く。
「奈央斗も看護だもんな…俺入院しに行くね」
「俺多分泌尿器科にはいないよ?」
「何で俺が泌尿器科行くって決めつけてるの?」
言ってから、二人で声を揃えて爆笑する。
一頻り笑った後、智哉は眉をハの字に寄せて伏し目がちに言葉を紡ぎ出した。
「こうやって馬鹿みたいに駄弁ることもできなくなるんだな…」
「悲しい?」
「玄関の屋根の上で死んでいる蜂を見た志賀直哉の気持ち」
「何そのピンポイント!」
恐らく放送部員でないと通じないような返しに思わず奈央斗は吹き出す。部活でも色々あったな、と感慨に耽る。
二年前の四月に出会い、数々の大会や出来事、事件を経験しそれから──
「もうこんな時間だ」
「何分日誌書いてるのさ」
奈央斗が、もう帰ろうと教室のドアの方へ向かう。智哉はそれを見て、急激に猛烈な寂しさを感じた。駄目だ、行かないで。
「…奈央斗」
「ん、なあに」
「ちょっと待っててよ」
智哉は今更恥ずかしそうに頭を掻いてから平然を装って、
「一緒に、途中まで帰ろう」
と聞こえるか聞こえないかくらいのボリュームでぽつりと口にした。
奈央斗は一瞬の間の後再びぷっと吹き出して、妖しく目を細めた。
「元からそのつもりだったけど?」
それを聞き智哉は目をぱちくりとさせて驚きの表情をしてから、
「…先に言ってくれよ」
拗ねたような、しかし少々嬉しそうな表情をした。

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