ShortV

□4つ目のお願い
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もしも願いが叶うなら
俺は3つじゃ足りません






「尚雪、」
自分の名前が呼ばれた。
声の先を見上げれば少しつり目の大好きな目。
その強すぎる視線に思わず下を向いてしまった。
「なんでこっち見てくれないの」
「…煙草の煙が顔にかかって煙いんです」
とってつけたような言葉に溜息が一つ。ああ、呆れられたかな、なんて考えていると
「これでいい?」
自分の頬に触れる左手と頭をなでる右手に顔を上げれば額に唇が触れた。
軽いリップ音をたてて離れたそれに、今度は恥ずかしさで俯いてしまいたくなった。


見ていたいのに。
きっとにやりと笑っていて、でも優しいだろう眼差しを全部自分の物にしたいのに。
わざわざ自分のために長かった煙草を無駄にしてくれた幸福感も全部感じていたいのに。

俺には

耐えられない




もしも願いが叶うなら
俺は3つじゃ足りません
大それた幸福を願うのに
小さな幸福さえ受け止めきれないんです
望んだものが現実となった幸福を受け止める
大きな心が俺の1つ目の願いです
自分から求めることを知らなかった俺が
欲しいものを受け止めるだけの心をください








不意打ちで後ろから抱きしめてみた。
「な、何?」
動揺のあまり振り向くこともできず固まってしまった先輩をたまらなく愛しいと思った。
「なっ、尚雪くん…?」
「ダメでした?」
意地が悪くもそう問いかければ徹平先輩は口の中でもごもごとそんなわけないとか可愛いことを言ってくれる。
こんな夢みたいなことが目の前で起こっているなんて。
そんな考えが生まれると、これは夢ではないかなんて恐ろしいひらめきをしてしまった。
腕に力を込める。
「い…たいよ…」
「すみません…」
謝りながらも力を緩めることなく顔を首筋に埋めて先輩の匂いを吸い込んだ。


信じたいのに。
こんな夢みたいなことが本当に起きているって。
痛いぐらい現実に起きていることを実感していたいのに。

俺には

信じられない




もしも願いが叶うなら
俺は3つじゃ足りません
俺のことをわかってほしいのに
俺も他人のことがわからないんです
相手も同じこの世界に存在しているんだって
確信が俺の2つ目の願いです
同じ温度同じ鼓動で
それでも何か儚く感じてしまうんです
目の前にいる人が
本当にそこにいるって
教えてください







「尚雪」
「尚雪くん」
自分の名前を呼ぶ二つの声。
どっちも大切で、どっちも大好き。
先生のおおきな背中に、何もかも忘れてすがってしまいたい。
先輩の細い体をどこへも行かないように包み込んでしまいたい。

俺は

ずるい人間だ




もしも願いが叶うなら
俺は3つじゃ足りません
1人を手放したくないのに
1人に嫌われるのも怖いんです
2人のどちらも傷つけない
賢い選択が
俺の3つめの願いです
2人のどちらが欠けても
生きていけない気さえするんです
自分じゃもう取り除けない
まずこの矛盾を取り払ってください
















さあこれでようやく準備は整いました本当のお願い
4つ目のお願いを聞いてください

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