ShortV

□再会
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蝉の声が何処からともなく木霊し耳につき、ただでさえ嫌いな夏の暑さを倍増させている気がしてくる。物質1グラムの温度を1度上げるためのエネルギーを比熱と呼ぶのならば、蝉にはどれほどの比熱の値が秘められているのであろうか──などと文系大学生らしからぬ思考を働かせていた頃、智哉の視界は暗転した。外気とは正反対の反比例した手が瞼に触れている。
「だーれだ」
「……奈央斗」
そう答えてやれば、視界が戻ってきた。怠そうに後ろを振り返ると、其処には愛しい恋人の姿があった。二人が会うのはそれ以来三か月ぶりであるが、最後に卒業式で見た姿とそれほど変わらない。奈央斗は地元に残り、智哉は上京してしまったので簡単に言えば遠距離恋愛──とは言っても割とすぐ帰ってこれる距離なのであるが──なのだ。
「よく分かったね」
「声と手で分かるっつの」
──高校時代に腐るほど刻み込まれたからな。
そう言いかけて慌てて口を噤み、智哉はカッと顔が熱くなるのを感じた。暑さのせいも相俟って奈央斗には気付かれていないようで胸を撫で下ろす。
「大体、奈央斗と待ち合わせしてんだから十中八九奈央斗だろ」
「はは、それもそうだね」
「ってか、待ち合わせしたはいいが一体何処へ行く……」
途端奈央斗が智哉の腕を引き、その身を自らの腕の中に収めた。
「…久しぶり、元気してた?」
「ちょっ…!おま、ここ外……っ」
「何か…痩せた?ご飯食べてる?」
「……奈央斗には言われたくねーよ……」
暫く抵抗していた智哉だったが観念して大人しくなり、火照りを隠すかのように其の身体に顔を埋めた。そうして、奈央斗の細腰におずおずと腕を回した。短い抱擁の後、何事も無かったように体を離すと、智哉はハァ、と短い溜息を吐きながらしゃがんで照れた様子で髪の毛を掻いた。
「智哉の反応が何だか初々しいね」
「……暫く会ってなかったから、デレ方を忘れちまったの」
一時期は男も女もとっかえひっかえだった智哉からは考えられない丸くなりようで、奈央斗はくすりと笑う。それが聞こえたのか、智哉は如何にも何笑ってんだよと言いたげな目で奈央斗を睨んだ。
「はぁ〜……あっちぃ。誰かさんのせいでマジあちぃ……」
「暑い時はさ、更に汗かいたら涼しくなるんじゃない?」
奈央斗の含みを持たせた言い方の真相に気付いたのか、智哉は一瞬固まってから、フッと口角を上げてニヒルな笑みを浮かべた。立ち上がって奈央斗と目線を合わせる。
「オマエ頭ん中セックスしかねぇの?」
「そんなわけないじゃん、智哉のことしかないよ?」
「……ま、そういうとこ嫌いじゃないけどな……」
そして二つの影がゆっくりと近づき、そして重なった。その口付けは枯渇した大地を潤すかのように、暫く離れていた二人の間の溝を埋めた。
「──じゃ、行こうか。俺の家に…」

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