10/10の日記

21:16
街のリアル(佐助)
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「それでお前はどうするつもりなんだ」


細い指が、グラスの氷を揺らす。

よく晴れた週末。
待ち合わせ前に、二重橋の喫茶店に呼びだされた俺様。

季節は秋だというのに、窓から入って来る日差しはまだまだ厳しい。

午前中でこれなんだ。
昼はきっと真夏並みの暑さになるんだろう。
椅子の背に掛けたジャケットが、なにやらもっさりした厄介者に思えて来て。


・・でもまあ、夜は冷えるからいっか。


俺は質問とは違う事をぼんやり考えながらも、目の前の相手に困った表情を作ってみせた。

見返す黒い瞳は鏡のように反射して、俺の苦笑いを映し出している。


「さあ、どうしたいんだろ。俺様にもよく判んない」
「呆れたヤツだ。あれ以来、初めて会えたんだろうが」
「うん。そうだよ。・・あの時以来。・・そりゃあ会いたかったけど、会えた後の事は考えた事が無かった。怖かったからさ」
「相変わらず腰ぬけな野郎だ」

霧隠才蔵あらため、霧隠才は、すっと唇をすぼめてストローを咥えた。
今日は彼女にしては珍しく、鮮やかな色合いのリップをつけている。
こんなとき、女の子は凄い、と感心してしまう。
忍びでも無い癖に。リップ一つでイメージを変える事なんてお手の物なのだから。

俺様も、昔はそりゃいろんなモノに化けたものだ。

町娘に、お侍さん。
天狐仮面、なんてふざけたのもあった。
天狐は別に化けたって言う程では無くて、シャレみたいなモノだったんだけど。
でも、旦那は全然正体が判らなかったんだよな。


そして、俺の短い生涯の最後に化けたのは真田の旦那だった。


「・・猿飛?」

遠い昔の自分にぼんやりトリップしてしまった俺は、はっと手元の腕時計を見る。

「あ、ゴメン。俺様そろそろ行くわ」

レシートを持って椅子から立ち上がった。
才が訝しげに眉を顰めているが、気にしない。

「さっき聞いた待ち合わせ時間には、まだまだあるだろうが」

ごもっともな意見だ。
だけど。

「でもさあ、旦那を待たせちゃいけないし。ていうか、旦那のコト考えながら待ってる時間を楽しみたいというか」
「・・ふ。お前は乙女だな」
「現在乙女の才蔵に言われたら、なんか変な感じ」
「そういうな。おれは今はこんな成りだが、心は昔のまま。ちっとも変わってないぞ」

いつもは自分の事を私と呼ぶ才が、わざとおれ、という単語を使っている。
なんとなく、肩肘はっている感が否めなくて。
もしかすると、こいつの心の中は俺様の想像以上に複雑なのかな、と思ったりもする。

「そんなもんかね。俺様、女になったことないから判んないけど」
「・・女にはなった事はないみたいだが。似たようなものだっただろう。幸村様にとっては、立派なヨ・・」
「な、何が言いたいの!」
「まあいい。早く行け。長のふにゃけた顔も見飽きたからな」
「はいはい。まったく、口の悪い副長さんだよ」

彼女は、旦那が現れた事に純粋に驚き、喜んだ。
あの夜の店内は大いに沸いたのだ。
だが、週末旦那に会うから一緒にどう?と誘ってみても、かたくなだった。

会いたくない訳ではないが、邪魔をしたくないと言う。
どうやら遠慮をしてくれているらしいけど・・。

でもまあ、時間はいくらでもあるんだ。
乱世と違って、明日をも知れぬ命って訳ではないし。


俺は、今は邪魔モノのジャケットを片手に掴み、日比谷通りを飛ぶように駆け抜けた。







結局一時間には、待ち合わせ場所に到着してしまっていた。
駅近くのカフェは、昼過ぎというコトもあって、やっぱり混んでいた。

早く来て良かった、と息を整える。
旦那の為に、席をとっておいて上げられる。
主を路頭に迷わせるなんて、忍び失格なのだ。

俺は商品を受け取り、トレーを持ってくるりと店内を見回した。
あの人は時折、大きな声を出すから、人の少ない、奥の方がいいだろう。

目標を定めた後は、まっすぐ奥の席に向かった。

すると、パーテーションの影から、茶色い頭がひょこひょこと動いているのが見えたのだ。
一般的な日本人より少し明るめのその色には見覚えがある。

まだ待ち合わせの一時間前なんだけど?

訝しく想いながらも、俺は正面に廻り込んだ。

すると、やはり――。

旦那がこれまた予想通りの、アップル クランブルなんとかって、甘くて冷たそうな飲み物を前に固まっている。
表面が溶けている所をみれば、結構前に到着してたんじゃないかと思う。

俺様としたことが、出遅れたのか?
でもまさか、旦那がこんなに素早い行動にでるとは。

茫然としながらも、旦那を見守る。
旦那は只管、自分の世界に籠もっていた。

「こんにちは・・でござる・・今日は良い天気でござるなあ・・この間は失礼を・・ゆうべはなにやら遠足の前日のような心地がして・・・」

ブツブツと、ひとり言を口元に乗せては、これではだめでござる叱って下されぇ、と髪振り乱し。
揚句のはてはテーブルに頭をガンとぶつけた。

限界だった俺は、慌てて声を掛ける。

「なにやってんの?それ以上やると本当に頭がおかしくなっちゃうよ。てか飲み物毀れるし」
「さ、さささ佐助殿・・!?」

あれほど緊張した待ち合わせのシーン。
ずいぶんと間の抜けたものになってしまったのは・・間違いなく旦那の所為だと思う。


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