09/11の日記

21:16
今の俺様たちの話(佐助)
---------------
深夜の0時を過ぎた頃、最後の客がふらつく足で、ドアから出て行った。

俺もその客の背後を追いかけるように外に出て、黒板を店内に仕舞う。
夜のひんやりした空気は、昼の暑さを忘れたかのよう。
少し硬さを感じさせるそれは、確かに秋の訪れを教えてくれた。
耳を澄ませば、蟋蟀も鳴いている。こんな都会の真ん中でも、ちゃんと己の習性を忘れずに。

俺が店長を務めるこの店は、ビジネス街にあり、少し歩けば皇居も望めた。
深い堀の前に立つと、ずーっと前の持ち主のだれかを思い出して、少し複雑な気分になるけれど・・。
あれから、もう400年以上経ったんだ。

血を流し戦ったあの頃の、憎しみや哀しみは浄化されて、大切なものだけが記憶の底に残った。

それとは反対に、今の俺様の、現在進行形での悩みや苦しみが増えてゆく。

愛おしいと感じる気持ちも、きっとそうなんだろう。






「しかし、驚いたな。こうして考えてみると世の中というのは簡単というか・・あっけないというか」

厨房の片付けもそこそこ。
三好清海がグラス片手にやってきてカウンターに座った。
俺はボトルを並べながら、商売用の愛想笑いを浮かべる。
この時間になると、無意識に張り付いてしまうから困ったもんだ。

「だからいいんじゃねーの?清海ちゃん。それより、もう終わったの?」
「もちろん。昔から私の手際がいいのは、店長が一番よく知っているだろう?」

自画自賛しながらも、俺の手元に熱い視線を注ぐ清海。

グラスワイン用として出していたロワールの赤が、半分以上残っているのを、注視しているのだ。
翌日の料理に利用するのはこの業界ではあたりまえの事。
普段だと、酸化を防ぐために窒素を注入し、打栓機で再度コルクを入れ直すところだ。

でも、今日は特別。

俺様も気持ちは判るよ、とばかりに脇のアペリティフ用冷蔵庫からチーズを出してやった。
本当は一人、今日起こった出来事をひとつひとつ掬いだして、噛みしめたい気もするけど・・。

こうやって仲間と気持ちを共有するのも悪いもんじゃないから。

「あれ、ふたりだけでずるいですよ。オレも一杯貰っちゃおうかな」

それを見つけたフロア係の小介が、グラスを二つ、ひょいと取る。
自分用と、俺様用らしい。
童顔の可愛い顔を彼だが、どうかすると俺や清海よりも酒豪だ。
そして絡み上戸というか・・。要は酒癖が悪いときている。

「おい、お前は一杯じゃ終わんないだろ?普段は売上売上煩いくせに」
「堅い事いいっこなしですって。それなら店長も、さっきイケムをサービスだって出してたじゃないスかぁ」
「あ、うん。だって、旦那好きかなあって」
「オレ!太っ腹で感心しました!さっすが店長!」
「ぐ・・・」

当てこすりか?それとも本気で褒めてんのか?

「ということで、しめて8万5千円。店長の来月分の給料から天引きしていいって、カマちゃんにちくっちゃいますね」

やっぱり当てこすりの方か!
こいつは酒が絡むと人が変わる。

ちなみにカマちゃんとは、オカマちゃんの略では無い。
由利鎌之介君のニックネームだ。
彼はマネージャー兼フロア係で、偶々所用で休暇を取っている。
今日の事を知ったら、地団太を踏んで悔しがるに違いない。
もっとも、今は鎖鎌を振りまわすなんて暴挙には出ないだろうが、それでもアイツを怒らすと面倒なのだ。

「どうぞ、小介様。テーブルワインで宜しければ白も飲んで下さい!」
「じゃあ、お言葉に甘えて頂きますッ!」

小介もカウンターに座り、内輪だけのささやかな祝賀会が始まった。
勿論、平成23年の、普通の水曜日が、かけがえのない一日になったお祝いだ。


「それにしても・・幸村様、ちっとも変ってらっしゃらなかったな」

清海はグラスの赤い液体を揺らした。
表面の波が揺れる様は、風にそよぐ旗印のよう。赤い赤い、真田の旗だ。

「そうそう、お店に入って来た時、思わず笑っちゃいましたもん。全然覚えてなさそうなのに」

長を見つめる瞳が、あの頃と全く同じで―。
小介はその時の光景を思い浮かべているのか。ふふ、と声に出して笑った。

ここは、からかわれて怒る展開の筈なんだけど、俺様もさっきの旦那の姿を思い出して口を閉ざしてしまう。
不覚にもまた、赤くなりそうだ。

だって視線とは時として、言葉よりも饒舌になるんだから。
思えばあのひとは、子供のころから表情で心を伝えてきたものだ。

『さすけは弁の誇りだ。
さすけが居ないと寂しい。ずっとずっといっしょにいたい』

大きくなっても、それは変わらなかった。

『俺は佐助が、誰よりも―』

俺はその時どういう態度で旦那に応えてたっけ。



「―だからね、店長と幸村様の今週末のデートが楽しみになってきたっていうか」

清海の言葉に、はっと我に返る。

俺は物思いに耽っていたのを誤魔化すように、冷蔵庫から生ハムを取りだし皿に並べる。
ついでに薄い一枚をぺらりと抓み、口にほおり込んだ。
しっかりした塩味が、軽やかな赤ワインに良くあう。

照れ臭さも手伝い、グラスの中を一気に煽って。溜まった息とアルコールを共に吐きだした。

「ばっか。デートなんかじゃねえよ。どう考えてもおもりだろ?おもり」
「とかなんとか言っちゃって。判ってんでしょ」
「何がだよ」
「幸村様にガンガン攻められてうろたえていた店長、すっげえ可愛かったです」
「うるせー、てめえら、殺されたいんだな?判った、今すぐ殺してやるぜ」

ソムリエナイフを開き、磨き抜いた刃を小介の鼻先に突きつけてやる。
良く砥いだ刃は小さく見えても、なかなかに危険なものなのだ。

「やめてくださいよォ。危ないなあ。図星さされたからって、子供みたい」
「それ以上言うと、頬に一生消えねえナナメの傷を入れてやる」
「ほらもう、店長も小介も落ち着いてくれってば」

清海が降参のポーズを取った。
皆、浮かれてはしゃいでいたのだ。
ずっとずっと会いたくて、でも会えなかった人に会えたんだから。

と、その時ポケットの中にブルブル振動が走った。慌てて携帯を取り出して、壁紙をスライドさせてみる。


「ああゴメン、とちょっと中断」

メールが入ったらしく、中身と確認すれば、皆と共通の知人からだった。

ちょうど良かったとばかりに、カウンターに座る二人に向って、画面を向けてやった。
見られて困る事は勿論書かれて居ないからだ。

「おい、才からだぜ!今から合流したいってさ。どんな風に報告しようか」
「おお、才かあ。びっくりするでしょうね。でも」
「でも?」
「うーん、なんか不安です。だってアイツ、いつものように流れで長のうちに泊るつもりだろうし」
「悪い?」
「悪いっていうか、ですね」

見れば小介が真顔に戻っている。
小介だけじゃない、清海もだ。
何やら言いたげな表情に、俺は不思議な気持ちになってしまう。

才だって、主の為に命を懸けて戦った仲間なんだ。
同じ気持ちを共有している、と思うのは俺様だけなのかな?

「何かまずいのか?」
「店長、ほんと判っておられぬな。私の方が複雑な心境だ」

神妙な顔つきのまま、清海は肩を竦めた。
なにやら呆れられている気がするのは、俺の思い違いでは無いだろう。

「俺?俺は忍びの中の忍びだぜえ?ヒトの気持ちを読むなんてお手の物じゃん」
「自分の事には、ってこと」
小介が小憎らしい口を挟む。
「はあ、意味判んねえし。大体メール来た途端なんだよ」
「そうそう、店長が幸村様よりも、実は鈍いってことを思い出しました」
「・・・だってさ旦那の話、いつもするんだぜ。喜ぶよ、彼女も」

彼女―霧隠才。
真田十勇士の一人、真田忍隊の副長を務めていた男は、現世ではすっかり様変わりしていた。
性格がクールで掴みどころの無いところとか、振りかえる程の美形という点は変わらない。

ただひとつ違うのは、アイツが俺様たちと比べて一回りも小さな女性になっていた、という事だ。

そして彼女が現生に於いて大きなつむじ風になるなどその時の俺は知る由もなく・・次に旦那と会ったらなんて挨拶しようなどと、暢気に構えていたのだ。

前へ|次へ

日記を書き直す
この日記を削除

[戻る]



©フォレストページ