09/04の日記

21:27
Mon Rouge2(幸村)
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そのひとの選んでくれた酒は、美味かった。

俺はあまり拘らないほうなのだが、料理に酒を合せるのは、基本中の基本らしい。

使っているソースと同じ産地のワインを選べば間違いが無い、とか。
肉料理でも、白いソースの白っぽい肉には白いワインを合せたりもする・・・等は知っていた。

これは俺が年頃になった頃に、父からおなごとのデートで恥を掻かないようにと教わった事だ。
だが、そのような定説だけではなく、彼は俺の好みを知っているようだった。

酒だけではない。
勧めてくれる、デザート一つとっても、総てが美味かったのだ。
そしてデザートとともに、「サービスですよ」と置かれた、甘い甘いワインも。



トイレに立ったあと、バーコーナー奥に彼の姿を見つけた。
ここは、ワイン以外にも、蒸留酒やカクテルも用意してあるようだ。
以前テレビで、酒の瓶を曲芸みたいに放り投げる、フレアバーテンダーとやらの映像を見た事がある。

―手元でくるくると回して。
空中にカラフルな瓶が華麗に舞う。

彼ならばどんな妙ちくりんな形の瓶も、上手にさばく事だろう。
きっと俺は、手品を見ている童のように、ドキドキ、ワクワクと胸を高鳴らせるのだ。

想像して、つい頬を緩めてしまった。

「どうしたんですか?何かおもしろいものでもありますか?」

俺の視線に気付いたのか。
彼は橙色の前髪を、軽く振り払う様にして、顔を上げた。
切れ長の瞳が、まっすぐ俺の顔を映す。

俺の阿呆め。
初対面のこの御仁に、不躾な輩だと思われたら、どうするのだ。
親しくなる前に、警戒などされてしまったら・・。

俺はしどろもどろで言い訳を探す。

「じ、じろじろ見て申し訳ございませぬ!見た事の無い瓶がたくさんあるなあと吃驚しまして」

さっさと慶次殿の待つテーブルに戻ろうと思ったのだが、もう少し彼の傍に居たい。
彼の事をもっと知りたい。
だがそんな己の心が器を通して漏れ出ているのも感じ、羞恥に頬が赤らんだ。

彼は俺の態度をあまり気には留めて居ないようで、当たり障りの無い笑顔を浮かべている。

「どうぞ、見てって下さい。こっちもその方が嬉しいですし」
「よいので?」
「勿論。ほら、座って座って」
「かたじけない!」

まだ樫の香りのするカウンターテーブルに行儀よく座る。
それから酒の瓶をチェックする振りをしながら、必死に彼の姿を追った。

滑らかに動く白い指が、破廉恥。
・・でも、見惚れてしまう程に綺麗だ。

「店の奥に大きなカーブもあるから、後で案内しましょうか?」
「おお、有難い。実は今度上司の家に呼ばれていて、手土産に酒や菓子でもと考えておるのだが・・何がいいやら見当もつきませぬ」
「まあねえ・・。あんた絶対変なの選びそうだからなぁ」
「は?」

改めてびっくりしたのは、相手の砕けた口調。
砕けた、などというものではない。
客相手だというに、ゆるゆるではないか。

「あ、ゴメンなさい、こっちの話。買い物もついて行ってあげたいとこなんですけ」
「まことか!感謝するぞ!ソムリエ殿!!」

俺は言葉を途中で被せ、逃げられぬようにした。
たった一ミリのきっかけでよいのだ。どうにかして、掴まえたい。

「でも・・あ!お仕事忙しいんじゃないですか?不規則だろうし」
「確かに不規則だ。どうして知っているのだ?」

俺の口調もぞんざいなものだ。
親にだってこんな言葉は使った事が無い。
だが、きっとこれが正しいのだ。この人に対しては、これが。

「なんとなくですよ!サラリーマンのお客さんはいっつも残業してるみたいだし」
「うむ。残業は多いな。まあその分土日は完全に休みだ」
「・・うん」
「今週末はいかかであろうか」

掴まえたい。

「・・・・」

掴まえたい。

「今週末は空いておらぬか?ソムリエ殿」
「えっと・・」
「うむ!」
「夜はここがあるから、昼間なら大丈夫ですけど・・」

―掴まえた!

まだ裾どころか、細い糸ぐらいのものだけれど。
確かに俺の目の前に、その白く優しい手が差し出された気がしたのだ。

「無論だ!夜に会うのはまた別の日にすればいい。ソムリエ殿」

彼は驚いていた。
だが、困ったように笑いながらも、俺の提案を受け入れてくれる。
そして、ソムリエ殿ってのはやめてよと、自分の名前をそっと囁いた。

猿飛佐助。

とても耳触りの良い響きだ。

その名前を何度も何度も反芻すれば、胸のあたりが、また、あの優しい感覚に包まれるのを感じる。

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