09/04の日記

21:26
クロムの渦(家康)
---------------
二重橋前のMon Rouge、七時も四十分を過ぎた頃だ。

ワシは三成の隣、真ん中の席に座っていた。

幸村と、慶次は対面側。金吾は三成から対角線上の一番離れた席に、小さくなって座っている。
政宗は急な仕事が入り、少し遅れるらしい。
他の同期は研修だし、姫は別の飲み会だしで、予想よりも静かな飲み会になってしまったのが残念な限りだ。

それにつけても、三成の仏頂面―。金吾が怯えるのもよく判る。

だが。悪いのはワシなんだ。
三成からの返事を間違って廃棄してしまっただけでなく、嘘まで吐いたのだから。
だって、真実を言えば、あの時は店の予約は確定していなかった。
三成の出欠は保留で。
なのに、「返事が判らなかったから予約している」などと咄嗟に口から出まかせを言ってしまったのだ。

孤立する三成を見るのが嫌いだから?
だからって強引に連れ出すなんて、ワシはどうかしている。
親切心にも限度ってものがあるだろうに・・。


「―まあまあ、三成。今夜は精々飲もう」

仏頂面の三成に溜息を一つ。カラフェからワインを注いでやる。
ガーネットのような深みのある赤が、グラスを満たしても、三成は仏頂面のまんまだ。
いっそのこと、強引に飲ませて酔い潰してしまおうか。

「そうでござるよ、石田殿!」

唐突に、幸村が会話に入ってきた。
マイペースな幸村は、ワシたちの険悪なムードも何処吹く風。やたらご機嫌で、少し救われた気分にもなる。

「たくさん飲んで下されよ。ここはワインも飯も、総てが最高なのだ!」

本当に、はち切れそうに幸せそうな笑顔とはこの事だろう。
幸村のKYは時として、同期の貴重な宝だと思う。

「はは!ゆっきー、まるで自分が作ったみたいだね。作ったのは清海君でしょ」

慶次がすかさず突っ込んでいる。

「む、だが本当の事でござる。それに金吾殿も喜んでくれて居るではないか」
「まあ、金吾はねえ。食いしん坊だし」
「豆と鶏の煮込み料理など、ほとんど一人でたいらげられたでござる。某とて、もっと食べたかったのに」

食いしん坊同士。
幸村の台詞に、金吾を見ると、確かに黙々と食べていた。
会話を交わす事で口を動かし、それに伴う危険を冒すよりも、咀嚼で口を動かすことを選んだらしい。

「フン。独り占めとは意地汚い子ブタだな・・・。いつか食材にして、煮え滾る鍋にぶち込んでやらねばなるまい」

三成はぽつりとつぶやく。
低く静かだが、よく通る声で。

「ッ!・・三成君・・・ぼくは・・・」

金吾は憐れな程肩を震わせたが、なんとか耐えているようだ。
うっかり三成君なんて嫌いだ、などと叫んだ日には数百万倍のお返しが待っているのだ。

ワシはハラハラしつつ、三成をなだめる事にする。
ここに連れて来た責任は、ワシにあるわけだし。

「おい、三成。そんなに金吾を虐めるな」
「私が何時子ブタを虐めた!家康!」
「こら。子ブタって呼ぶ所がそもそもいじめじゃないか」
「なんだと!?」
「それじゃ駄目なんだっ・・とと。失礼」

大事なキメ台詞の途中で、尻ポケットに入れている携帯が鳴った。
辺りをはばからぬ着メロに、マナーモードにしていなかった自分が恨めしい。
ディスプレイをみれば鶴田姫乃の文字だ。
ワシは話を中断する無礼を三成に謝罪し、小声で電話に出る。

右側からの視線が、より冷たく深く、ワシの頬に突き刺さった。

「はい、姫か!?飲み会はどうしたんだ」
『エヘ☆家康さん。ちょっとトイレ休憩。そっちはどうですか!?』
「こっちか?こっちは・・。・・比較的穏やかに時は過ぎているぞ」
『なら良かったです!なんだか嫌な予感がしたので電話しちゃいました』

姫の霊感は凄い。
昼休みの休憩室は宣託の館と言われているくらいだ。
その姫が、わざわざ電話を駆けてきて、嫌な予感がするという。

ワシの喉は自然にゴクリと鳴った。

「嫌な予感・・・?」
『はい!家康さんが何事かを叫びながら、ドロっとしたクロムの渦に呑み込まれていく映像が頭に浮かびました』
「わ、ワシは苦しんでいるのか?」
『うーん、溺れてますけど・・微笑んでるようにみえます!』
「はあ?」
『まあ、そんな訳なんでくれぐれも周りの騒動にはご注意くださいね。では!』

―切れた。
なんなんだ。
ワシは大きな渦に苦しそうに呑み込まれていき、なおかつ微笑んでいるだと?
ただの変態ではないか。

「・・つまらんな」

三成はグラスのワインを一気に煽り、溜まった息を吐いた。
口元を拭う仕草に、妙な色気がある。
まったく。男のくせに。
時々はっとさせられる程美しいのだから困ったものだ。

その三成は、美しい顔でワシに向かって毒を吐き続ける。

「こんなところで電話とは。貴様は皆に見せつけたいのか。いい気なもんだ。流石は殿と姫だな」
「いや、そのちょっと。・・急用があったそうでな」
「破廉恥野郎め。真田に破廉恥と罵られるぞ」
「違うんだ、三成!」

なんだか、三成には言われたくない気がする。
姫の事は勿論好きだが、三成にだけは揶揄されたくないのだ。

ワシはどんな風に言い訳をしようかと考えた。

仕事の所為にしようか。
共通の知人の所為にしようか。

だが、そんな愚策も、第三者によってあえなく潰されてしまう。
政宗が仕事を終えたらしく、BASARA銀行御一行様のテーブルに一直線に向かって来たのだ。
ワシの横が空いているので、そこに座るのか思ったら、違った。

「Hey、家康、場所変われよ」
「・・隣が空いているだろう」
「遅れてきたんだ。アンタらのテンションに追いつくためには真ん中の席がいいからなあ」

そして、強引にワシを横にどかせると、自分はさも当たり前のように、どかりと座る。
すぐに判った。
真ん中に拘っている訳ではなく、彼は三成の隣がいいのだ。

また、突っかかって、喧嘩をする気だ。

政宗の三成に対する執着心は、少し度を越しているのだから。

前へ

日記を書き直す
この日記を削除

[戻る]



©フォレストページ