08/28の日記

21:11
新しい季節が始まる2(三成)
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そろそろ五時になろうかという時間だった。

事務職の女が株価をグラフにして回してくる。
最近の世界経済はどうなっちゃってんでしょうね、なんて一応は心配気に眉をひそめてみせて。
本当は、今晩の合コンの相手に上玉がくるかどうかの方が、感心事な癖に。

凝った溜め息が、込み上げて来た。

どいつもこいつも・・・。
わがBASARAバンクの行く末よりも、今日の業後が楽しいかどうかしか考えていないのだ。

ほら、今そこの扉から、堂々とした足取りで歩いてくる男も同じだ。

―徳川家康。

新人ながら、取引先からの信頼も厚いらしい。年若い狸。
既に部の今期目標の半分を、彼の力で達成したという噂も聞く。
唯の、調子のいいヤツではないか。

・・・全く面白くない。

その家康は、同期の中で浮いている存在の自分を何かと気に掛けて来るのだが、それも面白くない。

私に同情しているのか?
貴様は一体何様だ?

いつだって―。初めて会った時からそうだ。


「なあ、三成。今日の同期会の返事、まだくれていないだろう?忙しいのは判るが」

家康は、一応は遠慮がちに私に訊ねる。
だが、暗にこちらを責めているような口調だ。
私は思い切りそっけなく答えてやった。

「メールの返事なら、その日のうちに返して置いたぞ」
「その日の内に?でも確かにさっき政宗とチェックしたときも・・」

家康は視線を斜め方向に向け、何かを必死に思い出しているようだ。
そして、あっと小さく叫んだ。
馬鹿め。

「もしかして・・メールの整理した時に間違って削除したんだろうか」
「知るか」
「容量が98%になったから、慌てて半分に減らしたんだ」
「では、きっとその時に間違って捨てたんだろう。仕事の大事なメールだったらどうするんだ」
「・・・すまん、三成」

家康はいつもこの調子だ。
自分のミスを棚に上げ、人の所為にした揚句、少し哀しげに被害者面をしてみせるのだ。

「誤解がとけたならいい。私は忙しいから、早く自分の職場に戻れ」
「ホント、すまない、三成・・」
「だからいいと言っているだろう?」
「えっと、判らなかったから、取り敢えず三成も出席にしてあるんだ」
「はあ?」
「そんな訳で、二重橋前のMon rougeに七時だからな!」

ニコっと満面の笑みを向けられた。

「ま、待てMon rougeなど知らん」
「真田がどうしてもそこがいいって決めたんだ。ワインが沢山あるらしいぞ」
「ワインだろうが、焼酎だろうがどっちでもいい。兎に角、私は今から配布用の中国経済動向資料を作ろうと・・」
「ふーん、残業か」
「勿論!酒など飲んでいる暇はない」
「残業なら他に用は無いってことだろ?来いよ、三成」
「な・・・な」

コイツはいつでもそうだ。
押しつけるだけ押しつけて・・・肝心な所はすっぽりと忘れてしまう。

初めて出会った時からそうだ。

初めて会った―。
私が秀吉様の使いで、半兵衛様と共に三河に行った折。
まだ少年だった家康は、庭で本多から武道の手ほどきを受けているようだった。

アイツは、上方からの来客に気付くなり、目を輝かせて駆けて来る。
そして、物珍しげにしげしげと全身を眺められた。
子犬のように、人懐こい仕草で。


「おお、おめえが佐吉か」
「そうだが」
「ふうん、おなご見てえな面だな」
「・・・それはどういう意味だ!」
「意味はな。ツンツンすましてっけど、すごく綺麗だって事だ!」

佐吉とはずっと仲良くやれそうな気がする、そう言って、アイツは笑った。

太陽のような、一点の曇りの無い笑顔が、目の前の笑顔と重なる。



忘れる筈も無い。
私を幸せにし、それと同じだけ不幸にした男の事を。

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