迷彩表紙

□やさしい嘘をつく
2ページ/6ページ



最近幸村の様子がおかしい。
進路の事で悩んでいるのかと尋ねればそうではないという。
幸村は体力馬鹿にみえて、案外成績は良い。
志望校もA判定だし、来年の春には二人揃っていちょう並木のキャンパスを歩く事になるだろう。

では、一体どうしたというのか。
先程から、携帯の電源にさり気なく触れては、通知が無いかを確かめている。

路面がガラスばりのファーストフードから見える風景は、12月に入ってから、賑やかさを増したようだ。
白いツリーの仕掛けからは絶え間なく人工の雪が降って、通りゆく人を喜ばせたり、寒がらせたり。
やりすぎだなあ、と思う反面、こんな時くらいは素直に盛り上がりたいとも思う。
特に今年は自分も気合が入っている。

なんといっても、幸村と付き合いだして始めてのクリスマスだ。
佐助は一人暮らしなので、場所は既に決まっている。只今はその予定を具体的に練っている最中という訳だ。

出来たら泊って行って欲しい所だが、幸村の家は所謂名家で、男の恋人が居るなど知れたらどうなることやら。

普通のサラリーマンの家に生まれ育った佐助とは全然違う。
良く巡り合えたものだ。
幸せ・・だと思う。この幸せが来年も再来年も続けばいいのに。
いつかは終わる関係だとして、一秒でも長く続くようにというのが、佐助のささやかな願いだった。

「旦那・・?チキンは今日の帰りに予約しておいたらいいよね」
「あ、ああ」
「どうしたの、ぼんやりして」
「いや、すまない。それにしても楽しみだな」

不器用に笑顔を作ってみせるので、それ以上は何も言えない。



クリスマスは24日のイブが本番だ。
チキンはファーストフードのものを利用するが、その分ケーキには力を入れた。

ホワイトチョコの、雪のように綺麗なケーキは、蜂蜜ムースを挟み込んだ手のかかる一品だ。

旦那にはもっとイチゴとか、サンタさんとか飾りまくった方がいいかもね・・。

そうは思えど、今日はなんとなく背伸びをしてみたかった。
出来たら、口づけも、その先まで進められるように・・。

六時ちょうどに、携帯が鳴り、もうドアの前まで来ているのだという。
慌てて出迎えれば、緊張した面持ちの恋人が立っていて。
手には紙袋と、小さなツリー。
花屋で買ってきたというそれは、ホンモノの樅の木でできて居た。
付属のオーナメントだけではなんだか寂しく、二人は手あたり次第にリボンだの、ガチャの戦利品だので飾り立てた。
如何にも安っぽい仕上がりが、却って魅力的に見える。
通り一遍に決められて、きちんと整ったものを茶化してやりたい、そんな気持ちもあった。

それから食事をして、幸村が家からくすねてきたという赤ワインを少しだけ飲んで。
酸いか苦いか判らない味は、なるほどキリストの血に近いのかもしれない。
大人になればその味も判るのだろう。
今はコーラやオレンジジュースの方が好きだが、きっと大人になれば反対にこれを美味しく感じなくなってしまうのだ。


それから手を繋いで、ベッドに入った。
アルコールは丁度良い言い訳になって、二人は体を重ねる事が出来た。
痛みを我慢できたのは、幸村の快楽に煙る瞳を見たからだ。
美しいひとだ、と。
誰よりも純朴なひとだと思っていた彼は、誰よりも雄の顔をして、佐助を愛してくれた。
この時も、次のクリスマスを二人過ごせたらどんなに幸せだろう、と願ったのだが・・。

幸村が佐助を腕に抱きこみ、静かに話し始めた時、如何にそれが大それた願いだったかに気付くのだ。
幸せを作るのはあんなに大変だったのに、壊れるのは案外あっけない。

「お館様が倒れられてな・・。父上が甲斐グループの代表を務める事になった」
「え!甲斐グループの?それは・・」
「それで、俺が代わりに真田の代表になる。正式には大学を卒業してからだが」
「・・・そう。・・旦那んトコも大変なんだね」

体の痛みが、全身に廻る。甘い気分が一気に抜けたせいだろう。

「もう、お前とは会ってはならぬと父上に言われた。将来の為に良い相手を選んで下さるのだとな。お前も知っての通り、甲斐グループの業績は酷く下降していて、ゴシップは許されぬ」
「・・うん、そうだね。判ってるよ」
「・・・・」
「・・・・どうしたの?」
「佐助は良いのか?」

幸村ががばりとベッドから体を起こすと、掛け布団がすべり落ちた。
佐助も負けじと体勢を整えて、正面から睨みつけてやる。

「いやに決まってんじゃん。でも、それが旦那の為になるのなら、仕方が無いだろ?アンタは大きな会社を継いで、いいとこのお嬢さんをお嫁さんに貰って、幸せに暮らして」

誰にも後ろ指を指されずに。
佐助の言葉途中で、幸村が首を振った。

「俺はひとつも望んでいない。俺の欲しいものはそんなものではない」
「もう俺様にもアンタにもどうしようもないことだ。それが世の中ってやつさ」
「・・俺には・・お前しかおらぬ。何故だろう、俺はお前を死んでも離したくは無い。俺の中の何かが必死に叫ぶのだ」
「なにそれ。すっごいファンタジー?」

佐助はひっそりと肩を震わせた。
そんな事を言われてもどうしたらいいか判らない。
二人で逃げるとでも?
いや、この人は絶対に甲斐グループを捨てられないのだ。

「一緒にいてくれ。ずっと、俺から離れずに」
「ホント・・わがまま」
「判っておる。だが、我慢がならぬのだ・・・お前が俺の目の届かぬ所で生きてゆくなど」
「・・・・・」
「だめか?」
「まあ・・アンタの我儘は今に始まった事じゃないし」

途端に、幸村の瞳がきらきらと輝いた。
偽物のオーナメントなんかとは違う、本当の星よりも鮮やかに。

「指輪を買ってきたのだ。揃いだぞ」

幸村はベッドから降り、紙袋から水色の箱を取り出し出した。箱は二つ。シルバーで出来たシンプルなリングが入っている。
急に思い立って買ったのか、サイズなんて無視もいいところだ。

そして、手に持っていたのは、指輪だけでなく・・。
佐助は指で大きすぎるリングをグルグル廻しながら、小馬鹿にしたように笑った。

「あのさあ、カッターで手首切ったくらいじゃ、人は死なねえっての」
「やってみなければ判らぬぞ」
「やってみたいの?」
「無論。やってみたい」
「・・じゃあ、念の為にガス栓開けておこうか」

途端に不安そうに眉を下げる幸村が可笑しい。

「他の方に迷惑はかからぬか?」
「早く発見して貰えるように、時間指定でメールしときましょ。そうだな、迷惑掛けても怒らなそうな慶次あたりに」
「うむ!慶次殿ならば赦してくれよう」

だが佐助の意見は正しく、カッター程度で人は簡単に死ねるものではない。
痛さと苦しさと・・。手首にいびつな傷跡が残っただけだ。
病室で目が覚めた時、矢張り生きて居たのだと、妙に清々しかったのを覚えている。

退院したのと同時に、高校にも退学届を出した。
教師も大方の事情を知っていたらしく、寧ろ喜んでそれを受け取って貰えた。

指輪は封筒に入れて送り返した。
ちゃんと気持ちは伝わった筈だ。
だから、彼は去ってゆく佐助を追ってこなかったのだ。

それを何故今頃―。





「お前は・・随分会わない間に穏やかな顔になった。幸せな毎日を送っているのだろうな」
「旦那こそ。幸せすぎてだらしない顔してんじゃん」
「だらしない・・?」
「もう、うそだって。でも、ま、顔に自信が溢れてるね。仕事も私生活も順調だからでしょ」
「そう言われれば、そうかもな」

もう五年も経ったのだ。
きっとこの人にとっては、過去の甘酸っぱい思い出になっているのだろう。
お互い若かった、ぐらいに。

佐助は今は薄くなってしまった手首の傷を哀しく思い、バングルの上からそっと撫でる。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ