迷彩表紙

□野分立ちたる宵には
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裸にされるなり、いきなり敷き布団に押し倒され、頭を酷く打ちつけた。首すじがグキッと嫌な音を立てる。
まったく柔術でもあるまいし。
これが今をときめく太夫と愉しい手合わせをしている男の所作なのだろうか。

佐助は妙に不安になってきて、恐る恐る訊ねてみた。

「ねえ、アンタ、ほんと〜に筆おろしは終えてるんでしょうね。その立派な槍をちゃんと女の中に入れて、擦って、子種をびゅーって出して」
「破廉恥を申すな!・・・・・当たり前だろう。俺を疑っておるのか?」
「いやいや!ゴメンね。そんなつもりじゃなくて、ちょっと確認したかっただけなんだ」

まさかアンタの手管が不安なんだよ、とも言えず、佐助は愛想笑いで誤魔化した。
そもそもが色気の無い閨なのだ。
潤んだ瞳や上目遣いなども、大事な技の一つだが、なんとなく恥ずかしい気がして躊躇する。
しかし、忍びの技を見せてやると言った手前、出来得る限りの事はしなくてはなるまい。

「旦那・・・。ねえ、やさしくしてよ?俺様ぎやまんみたいに繊細なんだから。・・いいね?」

声に媚を乗せてみる。
と、案の定、幸村の逞しい喉がごくりと鳴り、ついでのどぼとけが上下に動いた。

「無論、ちゃんと学んでおる。前儀というものが如何に大切であるかぐらい」
「良かった。・・・じゃあ、全部任せてもいいんだよね。俺様の、このカラダ」
「当たり前だ。まずはこうするのであろう」
「わッ・・!何?」

太股を両手で観音開きのように押し開かれる。
天井裏から、御開帳という掛け声が聞こえてきそうで、やりきれない。

「ここの穴にな、すべりの良くなる軟膏を塗りつけて、解す」
「う、・・うん。まあそんなところだけど」

それは正しい。
自分は女と違い男だ。繋がるためには後ろの孔を使う。
だが、いちいち指さし確認するのは如何なものだろう。
まるで、弁丸の時に教え込んだ、後片付けの手順のようではないか。

硯の中に残った墨を綺麗に拭きあげたか。
筆は水で濯いだか。
使わなかった巻紙は葛篭の中に仕舞ったか、等々・・。

普段なら微笑ましく感じる主の仕草も、今は不安材料でしかない。
だが、取り敢えずは花魁の技量を信じるしか道は無かった。

「で、次はこうであろう!」
「うぎゃ!」

軟膏を塗った指が三本、凄まじい勢いで突っ込まれ、佐助はうかつにも蛙の潰れたような声を上げてしまった。

「お前な・・・」
「ごめんなさい・・」

色気が無いと呆れられても仕方が無い。
というか、呆れるのは己の方だというのに、主従関係とはなんと理不尽なのだろうか。

「佐助・・本当にやる気はあるのか」
「あ、ありますよ!・・・ああ〜ん!」

取り敢えず喘ぎで誤魔化してみる。

「ふむ、やはり心地良いと見えるな。意地は張っても、躰は正直なものだ」

いきなり突っ込まれて掻き廻されても痛いだけだというのに、まるで判っていない。

だが、相手を乗せてこそなのだ。
未熟や古拙な、などは言える筈も無いし、思っている事を悟らせてもいけない。

こんなとき、色忍びってすごいよなあ、なんて素直に感じる。
やっぱり自分には向いていないのだろう。

それから暫し、孔をぐりぐりと弄られる痛さに耐えていると、膝裏を掴まれそのまま逆さ吊り。
まんぐり返しだかなんだかと、得意げに説明をされた。
揚句木偶のように振りまわされ、叩き落とされ、貧血を起こしそうになる。
夜に食べたものが逆流したので、唾とともに必死に胃の中に戻した。
そしてほっとしたのも束の間。
いよいよ挿入される段となったらしい。

「行くぞ、佐助!しかと俺の滾りを受け止めよ!」
「ちょ、早いよ!これじゃあ前儀なんて呼べねえし」

慌てて訴えたら、唇をぶつけられた。
口吸い・・だというのだろうか。
いや、まさか。

「今から試す体位は、菊一文字というらしい」
「き・・試す・・!?」
「お前との交わりにはこれが一番良いだろうと教えて貰ってな」
「あッ待って!・・」
「待てる筈が無かろう!」
「ッ・・ぁぁッ・・!」

片足を掛られて側面からズブと押し込まれた。
後孔に幸村の陰茎が深々刺さり、奥まで一息に侵される。
これは凄い。
内の壁の快楽の元に性器が当たって、それだけで、極まってしまいそうになる。
まさに男性同士の睦合いに適した体位と言えるだろう。

幸村の技巧は決して良いとは言えない。
だが、所詮快楽をもたらすものは、技巧などでは無いのだ。

「ああ・・・佐助。堪らぬ・・ずっとこうしたかった・・ずっと俺のものにしたかったのだ・・!」
などと、溜息と共に告げられて、
「ん・・っうそ・・いうなよッ・・だってたまたま今日は・・」
涙混じりの声で返してしまう。

「馬鹿め、野分など口実だ」
「口、実・・」
「お前を好いておるからだ」
「あッ・・アあぁ・・・ッ!」

幸村が斜め後ろから、臍の下を狙って腰を振る。
胎が震えて仕方が無い。
律動の都度、佐助は喉を逸らせ、小刻みに息を零して。
胎の奥で獣のように精を吐かれて、最後は熱さと快楽のあまりに叫び声を上げてしまった。

情けない。本当に、色忍びも真っ青なんて虚勢を張るんじゃなかったよ・・。

風が雨戸を脅かすたびに、主が優しく抱きしめてくれるのも、佐助の居た堪れなさに拍車をかけた。






それを契機に、野分の日で無くても、閨房に呼ばれるようになってしまった。
自分なりには散々な結果だったのだが、主には丁度良かったらしい。

「その飾らない反応が良かったのだ」だとか「抱き手の好みに合わせて反応するとは、流石一流よ」などと、褒められる始末。
何も出来なかった自覚があるだけに、居たたまれなくなる。
これを怪我の功名と呼んで良いものかどうか。

そして、主はもう、廓へは行かないらしい。

考えてみれば、そもそも本当の意味で筆おろしを終えていたかも怪しいものだ。
あの幼稚な所作の数々・・。
それに、初音屋の主人は生本番が無かったら割引してくれる・・なんてまことしやかに囁かれる悪どい人間である。
幸村の小遣いで賄えていたのはその辺に裏がありそうだし・・、きっと、木偶だか四十八手絵草紙だかを使って適当な知識を植え付けていたのだろう。

一度中尾だか高尾だか知らないが、その遊女をとっちめてやらなくては―。

「佐助、今宵は松葉がえしをやってみるぞ!楽しみにしておれよ」
「はいはい。お手柔らかにね。俺様ぎやまんのように繊細なんだから」
「それは知っておる。だが加減が出来るかどうか・・」
「え?」
「お前が気持ち良くなれるかどうかは俺の腕次第だからな。つい力が入ってしまうのだ」
「・・ほんと、破廉恥なお人だねえ。まあ、いいけど」

如何にもな四十八手はちょっと苦手なのだけれど、主が嬉しそうだから良い。
指さし確認も無くなったし、結局のところは主が喜んでくれるならばなんでも良いのだ。

自分も主とこうなるのを、ずっとずっと待ち望んでいたのだから。




(終)
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