06/11の日記

14:24
廻る車輪(あっさり地獄風味)
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タクシードライバーというのは、ある意味接客業だ。退屈な移動時間に話題を提供して場を和ませるという七面倒な業務がある。
ただし中には喋れば煩いから黙れだの、黙っていれば愛想のない奴だの言うクソみたいな客もいるが、金を払って降りるまでは『オキャクサマ』だ。
…まぁ降りた後は別だが。
あと無賃乗車に容赦はいらない。

ともあれ老若男女、相手によってウケる話のネタは違う。食い物やちょっとした豆知識など、なるべく万人ウケしそうな話題を選んではいるが、どんな話題にもなんの反応もしない客もいる。

今、後部座席に座っている女みたいなのがそうだ。
乗り込んでからというもの話しかけても一言の口も聞かず…ずーっと陰気に俯いている。

かといって、黙ればこちらを伺うような空気を感じる。何か話していないと保てないタイプの沈黙に、なんで俺が居心地の悪い思いをしなきゃならないんだと内心で毒づいて他愛もない話をするために口を動かす。

「…こんな感じで、神話には逃げる星と追いかける星の話が多いんですよ。ギリシアでは蠍に刺されて死んだオリオンと蠍しかり、北欧では太陽と月の神、ソールとマーニを追いかけるスコールとハティの2匹の狼しかり。まぁこいつはちょっと違うかもですけど。逃げる彼らと追いかける彼らは宇宙をぐるぐる廻るんですよ、永遠にね」

女性向けにロマンチックな星座や遠い国の神話の話をしているように見せかけて『そのまま黙って窓から夜空を見ててくれ降りるその時まで』作戦。

だがしかし女は窓の外に視線をやるどころか、俯いた顔すらあげなかった。ちくしょう、何事でもムードが大事〜!とか言うわりにはこういう話には乗ってこねぇんだから、ホント女って気まぐれだよ!!

彼が若干見当違いの苛立ちも含めて黙りこめば、ふいに女が窓の外を見た。
信号待ちの間にちらりと目をやれば、細い私道の電柱の側に倒れた花瓶と萎れた白い花が目につく。

「あー…事故ですかねぇ。この道狭いし暗いし、見通し悪いし…」
「…事故なんかじゃないですよ」

「は?」

今まで黙り込んでいた女が突然喋りだした事に思わず素で驚いてしまった彼の呟きをどう受け止めたのか、女は俯いたまま、饒舌に喋りだした。

「女性が殺されたんです。帰り道で見知らぬ男に刃物を突きつけられて、あの細い道に引っ張り込まれて…乱暴目的だったのか、お金目当てだったのかは今となっては分かりませんが…女性がものすごく抵抗して、男に刺されたんです。犯人、まだ捕まってないんですよ…」
「そりゃあ…お気の毒ですね」

カケラも心にない台詞を口にする彼の首に、手に、しゅるしゅると長い黒髪が一本、また一本ときつく締め上げるように巻きついていく。
脚も同様に絡みつかれアクセルから足を外される。思わず顔を歪める彼の耳元に、女の甲高い喚き声がすぐ背後から聞こえた。

「本当は犯人は捕まるはずだったんですよ。本当は女性は助かるはずだったんですよ。本当は目撃者がいたはずなんですよ。女性が襲われてる時、男の背後に一台のタクシーが通ったんですよ」

ギチギチと肉に食い込む黒髪は彼を絞め殺すほどの力を加えてきた。身体がバラバラに千切れそうになるほどの痛みを与えながら女は耳元で囁く。

「たすけてって、私たすけてって言ったのに、叫んだのに、行っちゃったんですよ。聞こえなかった?気づかなかった?嘘。目があったわ。嫌な顔をしてこっちを見てたわ。巻き込まれたくないと。顔をしかめて車が走り去ってったの、私叫んだ。大声で、叫んだわ。なんどもなんどもなんどもなんども叫んだの。それでうるさいって、なんどもなんどもなんどもなんどもなんどもなんども刺されたわ。ねえどうして?どうして無視したの?どうして行っちゃったの?どうして見捨てたの?どうして私を、見殺しにしたの?」

「め…」
「め?」

口を開いた彼の言葉に興味があったのか、はたまた因縁の相手の今際の言葉を聞いてやろうという腹づもりか女が彼の言葉に耳を澄ますと、彼は淡々といつものように告げた。

「面倒なお客様ですねぇ…ホント。車違いですよ。希望を持って助けを求めてる人間に俺が見えるわけないんですから」
「え…なんで、喋れて…」

こんなに締め上げては話すどころか、息もできないはずなのに…と女が驚愕に目を見開くと彼はクモの糸をちぎるようにぷつりと長い黒髪を千切った。

「慰謝料、清掃代、乗車賃、手間賃もろもろ含めて請求してやるぜ…お客様。それで?何処にも行けない地獄のタクシーに乗ったお客様。今日はいったいどちら迄のご利用ですか?…それとも…お代は高くつきますが…貴女のお望み通りの結末まで?」

バックミラー越しににっこりと営業スマイルを浮かべるタクシードライバーの目はカケラも笑っていなかった。



数日後、タクシーの目の前で、全く同じ顔をした男が彼を睨みつけていた。ずいと突きつけられる掌にタクシーは肩をすくめた。

「なんだよタイヤ。今日は仕事はねーぞ。自主休。これからレース中継なんだ邪魔したら殺すぞ」
「給料!よこせよ!!!」
「あのなぁ…俺のパーツであるお前に給料なんか出るわけねーだろ」
「うそだ!知ってんだからな…おれがいるから、ふよーこうじょってヤツでちょっと給料増えたんだろ!だったらおれにも給料よこせよ!」

殴っても蹴っても踏んでもなお手を引っ込めないタイヤに、タクシーはため息をついた。

「いいか?お前は俺のパーツ。つまり俺のモノ。だからお前の給料も俺のモノ、だ」
「こいつやっぱりピンハネしてやがったーーー!!」
「うるせぇ」

みぞおちに左フックをくれてやり、呻き声とともに地面をのたうちまわるタイヤを見下ろしてタクシーはニコニコと微笑む。

「ぐぉお…あいかわらず性格悪いよな!お前は!!エンジントラブルしたらどーしてくれんだ!!」
「ほーん…それならいいモンやろうか?」

そう言ってタクシーは二つの瓶を取り出した。
中には魂が二つ。…なぜか一方がべたりとガラス越しにもう一方に威圧をかけているが。

「まずこっちを飲め。その後にこっちな」
「?勝手に飲んでいいのかこれ。…うお!一個飲んだらもう一個が口ん中飛び込んできたぞ!?」
「旦那には確認した。条件が特殊な客だったからいいんだと。どーだ?」
「…おぉ!エンジンの中で燃えながらぐるぐる回ってやがる!!すげぇ!どーなってんだコレ?」

回転が上がって力が湧いてきた!これなら給料がわりでも充分だと嬉しそうに腹をなでるタイヤに、タクシーは淡々と答える。

「こないだ乗せた客。自分を殺した奴を地獄に落とす代わりに、地獄の炎で焼かれながら永久に自分を見殺しにした奴を追いかける…ようはお前のエンジンになったんだよ」

あの女の魂はタイヤの腹の中で地獄の炎に焼かれ続ける。その間もどうしてどうしてと、乗車拒否のドライバーの魂を追いかけ回すのだろう。二つの魂はタイヤにエンジンとして認識されたために混沌にも輪廻に戻ることも無く、燃え尽きる事もなく…永遠に逃げ、そして追いかけ続けるのだ…ぐるぐる、ぐるぐると…燃えながら回り続ける星座のように。廻る車輪のように。

「…なるほど、これがモンスターエンジンってヤツか!」

タイヤの感心したような声に、タクシーは笑みを浮かべた。

「お前ホント馬鹿だな」
「んだとコラァ!」


ーーーーーー
腕前不足のためにあっさり地獄風味。
タイヤはドーピング剤を手に入れた!
タクシーは給料を浮かせた!
その分を競馬に注ぎ込んだ!

レース終了後。
タクシーは目の前が真っ暗になった…。


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