03/11の日記

01:53
罪な奴(タクフォン?)
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白黒のふわふわした毛皮にぎゅーっと抱きしめられる。それだけでふにゃっと表情が崩れてしまう。
老若男女誰だって虜にする、そいつは魔性の毛むくじゃら。

「うふふへへへ…もっふもふだなぁお前は〜〜〜♪可愛いなぁ可愛いなぁ!」
「…メェ〜〜〜」
「嘘だろお前そう鳴くのかよ」


こうしてパブリックフォンが「パンダの鳴き声が思ったよりヤギっぽい」という事に地味なショックを受けているのは理由がある。
そもそもの始まりは、彼がボンサイカブキの考えた新しい『商売』のモニターになった事だった。


「ふーん…『癒しの妄想体験』ねぇ。………胡散くせぇ…」
「おや、お主にだけは言われたくはない台詞じゃのう香具師詐話師。まぁ嫌なら良いぞ、他の者にも同様の声はかけておる。タダで癒しの妄想が見れるちゃんすであったのに…勿体無い勿体無い」
「タダならいいけど。でもよ〜その『癒しの妄想』っつーのはなんなんだよ?」

その言葉にボンサイカブキがした説明では普段通り生活し、自室に戻ってからかかる遅効性の幻術だそうで「他人の目を気にする事なく、部屋の中で自分を癒してくれる存在に出会える」らしい。

「…詳しく聞いてもやっぱこの上なくいかがわしいな…」
「何を申す。この幻術は自室で、癒しの存在、とまぁ条件付けがかなり難しい故、なかなか思い通りの好みのおなごには…おっと。まぁとにかく!お主、試しに一度体験しておなごが出たかどうかわしに教えてくれぬか!」
「あーなるほどそういう魂胆か。まぁいいぜ、暇だし」

…などと快諾して幻術を受けたものの…よくよく考えたらこの幻術、条件付けがかなり厳しい。目指す目的が目的なのでプライバシーに配慮してか自室に戻って初めて幻術が発動する時間差の術構造。はっきり言って個人の能力による幻術というよりはかなりの魔術寄りだ。

「あのおっさんは相変わらず秘められたポテンシャルをアホな方向に活かしすぎだな…」

さすが変態の国生まれ。エドから迷い込んで来たくせに常にエロく未来に生きている。そこに痺れも憧れもしないが執念だけは認めておく。

それより面倒なのは術の発動が「自室に戻ってから」という点だ。
パブリックフォンのように色んな知り合いのトコに居候暮らしの長い生活だと、もはや自室という概念がない。とりあえずは一つずつ潰していくかと死体の家や病院の個室などを巡ってようやく「癒しの存在」に辿り着いたのは、この世界に迷い込んで一番最初に与えられた居場所だった。

「…マジかー…」

そこにいた、妙な生き物にパブリックフォンは思わず声に出して呆然とした。
確かに共に地獄から逃げてきた彼は、最初タクシーの部屋を間借りしてグレゴリーハウスで暮らしていた。仕事仲間として、裏切りの共犯者として、当時の相棒として…誰より近くにいたのだ。
だからこの部屋が、パブリックフォンにとっての自室になるのか。生憎審判小僧ではないので深層心理なんざてんで分からない。

だがそれは今はどうだっていい。
今大事な事はこの部屋に「俯いてベッドに腰掛ける白と黒の毛並みのずんぐりむっくりがいること」なのだ。

一目見て、ドアを閉めた。
そしてもう一度そっとドアを開けてやっぱりそいつがいる事を確認したパブリックフォンは大急ぎで動物図鑑(ガール寄贈)を図書室から引っつかんでくると目の前の生き物がどうやら「パンダ」であるらしいと知れた。

「なんでパンダなんだ…」

熊じゃん。白黒でも熊じゃん。モノクロのグリズリーじゃん。これ、わりと危険じゃね?図鑑に雑食って書いてあるんだけど!と戦慄していると、当のパンダはパブリックフォンを一瞥してから目の前でごろんとベッドに寝転がった。じっと見つめているとどうやらそいつは寝ようとしているのだと分かる。

目の前で上下するふかふかの毛並み。なんだかうずうずする気持ちのまま、まぁ噛まれても幻だし…いざとなれば部屋から逃げ出せばいいし…と手を伸ばしてその腕をそっと撫ぜた。

「………。」
「………。」

パンダは一度瞼を持ち上げてこちらを眺めたが特に何もせず、くぁ、と大きく口を開けて欠伸をひとつするとそのままパブリックフォンに背を向けてしまった。

だがそんなことはどうでもいい。
なんだこのふわっとした手触り!あったかくてふっかふかだ。手を触れると思いの外長い毛足に指が沈み込む程。
パンダが無反応なのをいい事にだんだんと遠慮なく大胆に両手でその背中を撫で回していたパブリックフォンは耐えきれずに、白いもふもふな背中に抱きついた。

パンダが驚いたように少し目を見開いて首だけで振り返ったが特に怒ったような様子もなくこちらをじっと見下ろしているだけだ。
その隙にとパンダの背中に頬を寄せると毛布やコートも目じゃないくらいの温もりが腕の中でゆっくりと呼吸している。まるで包み込むような温もりはパブリックフォンの表情をだらしなく崩した。

これは、すごく、いい。
以前ボーイやガールがネコゾンビを撫で回していた理由が分かった気がした。

ただそこにいるだけで癒される癒しの存在…!
この癒しとは対極の位置にいる存在ばかりのホテルで、こうして側にいるだけでメンタルが回復するんじゃないかと思える。
なんて素晴らしいんだろうか。
きっと誰しもが夢中になりそうだ。特に女子供はこの愛らしい見た目にも弱いだろう。
レンタルパンダ…これはきっと金になる!大儲け確実だろう。

だがしかしそんな邪な考えもパンダに抱きついていたらどうでもよくなってくる。
そういやこのベッドはタクシーのベッドだったがまぁしばらく忙しいとかで会ってないし、きっと現実へ買い出しか出張だろう。

そこまで考えて、ふとパブリックフォンは昔の事を思い出した。

「昔もあいつが居ない時に、こうやってこっそりこっちのベッドで寝てたっけ」

生き死にや存在など全ての定義や線引きがあやふやで奇妙なこの世界に馴染むまで、戦闘力のないパブリックフォンはずっとこの部屋に一人取り残されてただいつもタクシーの帰りを待っていた。

その時はタクシーが居ない間に自分も良い方のベッドで寝たかっただけだと嘯いたが、本当はきっと寂しかったのだろう。タクシー以外の者達と交流を持ち、一人立ちした今ならよく分かる。


「あの時、お前が側にいてくれたらよかったのに」

思わず呟いた言葉を誤魔化すように額を背中に押し付けて顔を埋めていると、ぐい、と強い力で引っ張られた。
驚いて顔を上げると寝返りをうってこちらを向いたパンダの腕の中に彼の身体はすっぽりと包まれてしまった。再び、さっきよりも近くで温もりを分け与えられ、パブリックフォンは苦笑する。


「まさかパンダに慰められるなんてな…お前、いい奴だな」

恐る恐る手を伸ばしてパンダの頬を撫でると気持ちよさそうに目を細める。そのまま首を伸ばして頬にすり寄ってきた愛しさに思わず破顔した。


そしてベッドの上でパンダと添い寝してたっぷりと癒され、気がつくと翌朝になっていた。
どうやらあのまま眠ってしまったらしい。

パンダは消えていた。そりゃあ幻だったのだから仕方ないと自分に言い聞かせてボンサイカブキへとコールする。

「あ、もしもしおっさん?オレオレ!オレだけど。なぁ昨日の幻術あれさぁ、もうちょっとモニター延長してやってもいいぜ!なんならいくらか払うから」

勢いよくまくし立てると受話器の向こうのボンサイカブキが途端に不機嫌な声になった。

「…嗚呼、あれならもう良い。とんだ失敗じゃった」
「はぁ?なんでだよ。おっさんの幻にしちゃわりといい線いってたんじゃねーの?」
「いや、あれは失敗じゃ…やはり時間差を出そうとして術が弱くなっておったせいじゃろうな。いやはやまさか自分を相手の癒しの存在に見せかけるだけとはのう…」
「………………は?」

なんだか嫌な予感がする。
今なんて言った?このおっさん。

「じゃから、部屋に戻ると幻術で自分の方が誰かにとっての癒しの存在に見えてしまうのだ。道理で自分では分からぬわけじゃ…まさか自分の周囲に幻を見せる術だったとは…もう神父殿の本から得た術は二度と試さぬ。うっかり楽士殿を部屋に招いた時に著名な作曲家と間違えられそのまま数時間専門用語しか話して下さらなくなった…なによりあの喜び様。とてもじゃないが耐えられぬ罪悪感が………すまぬ、もう切るぞ。楽士殿が先より部屋に引きこもられてしもうてな………」

そう言って通話を切ったボンサイカブキの言葉を反芻するうちにどんどん顔から血の気が引いていく。
自分の方が癒しの存在に見える術だって?それじゃああのパンダの正体は…。

その時、ガチャガチャと鍵の回る音が聞こえた。
パブリックフォンがゆっくりと扉の方を向くのと、部屋の主がドアを開けたのは同時だった。

派手な黄色の制服の両手に抱えきれぬ程大きな白黒のぬいぐるみを見てパブリックフォンが悲鳴を上げて逃げ出すまで、あと3秒。



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ほのぼのタクフォンSSを目指して書いてみましたが上手く要点がまとまっているかは不明です。

ちなみにタクシーからはパブリックフォンが子供の姿に見えていました。仕事で疲れて癒されたいと思ったタクシーが、わざわざ部屋に帰ったのになんも起きないので不貞寝しようとしたところにパブリックフォンが来た感じです。

なぜパンダなのかは、実は3月11日は初めてパンダが発見された日だからという理由です。どっかで見てパブリックフォンがもふりたいと思ったのでしょう。審判ではないので深層心理などは分からぬ!

そんなわけで、空汰様お誕生日おめでとうございます!貴女にとってよい一年になりますように!




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