08/27の日記

02:45
たからもの(ややタクミラ)
---------------
ミラーマンは真実の鏡である。
常日頃からふんぞり返って自身が繰り返すその一言は紛れも無い真実だ。

だが彼はそれと同時に『鏡』なのだ。無機物に魂を宿らせるという魔術の副産物としての出生は、彼の無意識下に恐怖を植え付ける。

シェフが灯火が消える事を恐れるように、タクシーが愛車に傷をつけられる事に激怒するように。
ミラーマンは鏡を蔑ろにされる事を恐れ、憤る。どっかの馬鹿4号と末の弟子が普段からパリンパリン飴細工のように鏡を割る事ですら、だ。もっともこいつらに関してはミラーマンの過去の行いからして自業自得…仕方ない事かもしれないが。

とにかく、ミラーマンは鏡を粗末にされるのが嫌いだ。論外だ。だからこそー…

久しぶりに外(ホテル地上2階)の空気でも吸うかとちょっと出かけるつもりで鏡を通り抜けた先が暗く、狭い場所になっていてパニックを起こしたのは仕方が無いことなのだ。
決して真実の鏡のプライドには関係無い。誰だって自分の家の扉の先がいきなり別の場所になってたら驚いて涙目くらいにはなる。
五月蝿い!泣いてなんかいない!

「こ…此処は…?…真っ暗で何にも見えない…」

いかに真実の、と仰々しい枕がついても鏡なのだ。光源のない場所ではせっかくの真実を視る能力も形無しである。
そもそもこの場所、狭い。箱のような空間には色々なモノが並び、ミラーマンの胸迄しか入らない。外(あくまでも屋内)には危険も多いため目的地まで走ろうと勢いよく突っ込んだ事が仇となった。
そしてなにより…ここは寒い。頬や腕に触れる壁や床、モノ達は皆まるで氷のようだ。

「…なんなんだ一体…」

少なくとも今ミラーマンが突き刺さっているこの鏡は外(※ホテル内廊下二階bar近く)の鏡である事は間違いない。
それが何故こんな場所にあるのか?

パニックになった頭にふっと嫌な想像が入り込む。
もしかしたらこの鏡は、捨てられたのか。
ミラーマンを疎ましく思った誰かが鏡を割るまでもなく、またホテル中の鏡を仕舞い込んでしまったのだろうか。

嗚呼、オレはまた一人になるのか。
またあの日々が始まるのか。今度は何年だ、100年か、1000年か…それとも、永遠に地下で暮らすのか。
あの2人が来た時のような奇跡は2度と怒らないだろう。

じわと瞼の内側から露が落ちる。
もう誰とも会えないのだろうか。番人達はまだ望みはある。
だがあの賑やかな連中は。

思い出してしまった友人の顔にさめざめと泣き始める。

「…っ嫌だぁ…」

こんな一方的な別れを、永遠の世界でするためにヒトの器を持った訳ではないのに。

外の世界と己の前に立ちはだかる目の前の壁に力なく縋り付いていると、不意にぐい、とその壁が外に向かって開いた。
差し込んできた光に思わず泣き笑いのまま顔を上げると、そこには見知った黄色。

感極まったミラーマンは彼に向かって嘆息した。散々泣きじゃくった挙句ハコの中で冷えたせいでその声は酷く掠れていた。

「ひぅっ…あ"…あ"ぁあおお"あぁああ…タグ、しぃ」

常ならば美人(頭に残念な、とつこうとも)に類するミラーマン。ただしその美貌は冷えて唇さえ碧く、頬には涙痕。充血した目がざんばらになった髪の隙間から片方、此方を見て笑っている。折り曲げられていた上体と右腕がぎこちなく、外の世界にタクシーにと伸ばされる。

その時、時間は午前2時。
ひと気のないbarの冷蔵庫から這い出てきた(推定)ミラーマンにタクシーは絶叫を挙げた。
地獄のタクシードライバーのメンタル強度は、折りしもその日TVフィッシュ達の番組でホラー映画マラソンが繰り広げられていたせいで呆気なく直葬された。


ようやく2人が落ち着きを取り戻したのは、不自然な格好で冷蔵庫に詰まっていたミラーマンが床に崩れ落ちたのをきっかけにタクシーが慌てて自室から運んできた毛布をミラーマンに掛け、barの酒を温めて飲ませた後だった。

「…はーナルホド。それであんな所になぁ。坊主達のイタズラか?なんにせよ、飲みに来て良かったなぁ〜…真実の鏡が冷蔵庫で凍死?なんて洒落にならねぇし」

マジビビったぜ。なんとなく飲みたくなって酒飲みに来たら冷蔵庫がガタガタいいながらすすり泣きがするんだから…と遠い目をしているタクシーに毛布にくるまったまま体当たりしてミラーマンは隙間から睨みつける。

「…だれかにゆったらコロス」
「誰にも言わねえよ。必然的に俺が悲鳴あげたってバレるじゃねーか」
「…ならいい」

毛布をぽんぽんと軽く叩くタクシーに寄りかかりながら、ミラーマンはじっとその感覚を味わっていた。恐怖が、少しずつ薄れていく。

「…もう誰も会えないまま、終わるかと思った」

ポツリと呟く。背中に回された手は止まらない。

「このままお前にも会えず、朽ち果てるのだと思ったんだ」
「大袈裟だなぁ。一度鏡の間に戻りさえすりゃホテルの他の鏡は無事だって分かっただろうに」
「…戻ったら2度と会えないと思ったんだ…」

ぐずぐずと鼻を鳴らすミラーマンに、タクシーは安心させるようにゆっくりとなるべく優しい声をかける。

「ミラー。大丈夫だ。予想だけど、お前の事を本心から憎んでいる奴はこのホテルにはいないよ。あの弟子共もな、腹は立てちゃいるがお前に居なくなれとは思ってないだろうさ」
「…だが現に、あの鏡はここに」

沈んだままのミラーマンにタクシーがため息をつく。それもどこか若干呆れたような。

「多分だけど、アレが原因だろうな〜。TVフィッシュのCM…なぁミラー。お前、たからものはどこに隠す?」
「はぁ?」

いいから答えろ、と言われてミラーマンは訝りながらも鏡の中と答える。そりゃお前にしか隠せない場所だなぁと軽く笑って、話を続けるタクシー。

「『奥様の間では常識!?貴重品はここ!隠し場所ランキング』…一位は冷蔵庫の中、だってさ」

ぽかんとしていたミラーマンの顔が徐々に朱に染まっていくのをニヤニヤと眺めながら、タクシーは結論づける。

「お前はお前が思って入る以上にはこのホテルの住人にとって、『家宝』で『たからもの』なんだよ。泥棒に持ってかれたら困る程度には」

良かったな、の一言で毛布をかぶり直してしまったミラーマンの背中を再び軽く叩きながら、タクシーは黙った。
タクシーは黙っていた。

犯人は恐らくは酔っ払い…それも自分の弟分だろう。
あれは先日、泥酔してこの鏡に頬ずりしながら「いつもありがとうな〜…坊ちゃんの部屋という名のタダ酒飲み放題会場への片道切符〜…」とエヘエヘ笑っていた。
勿論指紋どころでなく鏡面を汚されて怒っていた目の前の男に真実は言わない方がいいだろう。
何せミラーマンの部屋で高級酒をタダ酒するのに慣れてしまったのはパブリックフォンだけで無く、タクシーも同じなのだ。こんな事でそれをフイにするのは惜しい。
タクシーは黙っていた。

タダ酒も、たからものも、限られた者の手の内にあればいいのだから。

「…誰にも持ってかれるワケにはいかないよな?」



後日…冷蔵庫に仕舞えないサイズの鏡が新しく二階廊下の壁に掛けられた。以前そこにあった鏡の行方を知る者は、その鏡の持ち主とその鏡の新しい持ち主だけである。


__________
日々の勤めと健康と限りなく情熱が低下して来た中で、更新も出来ないながらに何かしたい何が出来るだろうで作ってみました短文。
たからものはしまっちゃうタクシーおじさん。

最初パブフォン出す予定は全くなかったけれど某様宅の無機物三人衆がいつも可愛くてツボなので三人にしてみた。
あの三人衆の関係性大好きです。某様、2周年おめでとうございます!( ^ω^ )

前へ|次へ

コメントを書く
日記を書き直す
この日記を削除

[戻る]



©フォレストページ