06/03の日記
17:59
カレイドスコープ(タクミラ?)
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キラキラと蝋燭の光を反射して赤い絨毯に散らばっている鏡の破片。
その価値を知るグレゴリーは皮肉げな声とともに肩をすくめた。
「ずいぶんとまぁ…派手にやられましたなぁ。真実の鏡ともあろうものが」
「…五月蝿いぞグレゴリー。お前だって分かっているはずだ。『運命には逆らえない』…遠からず欠ける運命だったんだ。被害は少ない方がいい」
仏頂面で答える貴族じみた衣装の青年がグレゴリーを見下ろしている。その顔に嵌め込まれた鏡の仮面からはポタリ、ポタリと血が滴っていた。まるで鏡そのものが顔の一部だとでもいうように…。
「なるほど…避けるだけ避けてこの被害というわけか。ヒヒヒッ…どうやら真実の鏡でも万能というわけではないらしい」
「ふん……おいグレゴリー。人の欠片をそんな箒とちり取りなんかで掃くつもりか?」
「おや、いけませんかな」
手にしていた愛用の箒を掲げて見せれば、さらに冷たくなる視線。苛立ちを隠さない様子で真実の鏡はグレゴリーに罵声を浴びせかけた。
「癪に触る。とにかくオレは役割を果たした。あとはあのゲスト次第だ。早く出ていけ目障りなドブネズミめ!」
これ以上この男の機嫌を損ねるとまたとんでもない目に遇わされるのは間違いない。まったく…家宝のくせに…。などとぼやきながらもグレゴリーは部屋の掃除を放り出して宝物庫を後にする。
その手に持つ蝋燭の光が闇に溶けて消えるまで眺めていた真実の鏡は、一人残された部屋の中、血を流しながら自らの破片を握りしめ薄笑いを浮かべた。
「…これでいい。これがあれば…」
しばらくして。
真実の鏡が割られたのと同じ部屋の中ではまた不機嫌な顔をする者がいた。だがそれはあの日とは違う男だった。真っ黄色な制服に身を包んだ運転手らしき男が、出されたお茶にも手をつけずに頬杖をついて唇を尖らせている。
「…まだ機嫌が直らないのか?」
「当たり前だ!お前、なんですぐ俺に連絡しねーんだよ!」
そう言われた方の青年は右目に巻かれた包帯を触りながらも余裕たっぷりに微笑んだ。以前グレゴリーに怒鳴り散らしたのと同一人物とは思えない姿でミラーマンは淡々と語る。
「だからその件については悪かったと言ってるだろう。それにもし言えばお前、ゲストが戻ってくる前に現実まで轢きに行ってしまうんじゃないか?」
「そんな事しねーよ!…たぶん」
ミラーマンの怪我に対して我が事のように犯人のゲストへの怒りを露にする友人…地獄のタクシーの姿に、知らず笑みを深めてしまい余計に怒らせてしまう。仕方ないとばかりにミラーマンは懐から短い筒を取り出すとテーブルの上に置いた。
「心配かけたな…悪かった。詫びといってはなんだがお前に良いものをやろう…これだ」
掌に収まる程の大きさの黒い筒に金の蒔絵。両端には硝子のような者が嵌め込まれたそれの正体はすぐに知れた。
「なんだこりゃ…カレイドスコープ?」
「如何にも。万華鏡とも言うらしいが…怪我してからこっち暇が有り余っていたから作ってみたんだ。特別にお前に預けておく。大事にしろよ?…間違っても質屋に預けるんじゃあないぞ」
最後の台詞にタクシーが両手で机を叩くように椅子から立ち上がる。
「当たり前じゃねーか!借り物を質屋に預けたりなんて…」
「タクシー?」
「…あるけどッ!これはやらない!やらないから!」
冷めた目に座らされて、タクシーは椅子の上で身を縮ませる。その姿がなんだか可笑しくてミラーマンは笑った。
「…まぁいい。明日からまた外界に行くのだろう?一週間ほど持っといてくれるか」
「いいけど…なんなんだ?」
まるで怪我のことなどよりもっと気になる何かがあるような上機嫌な様子で、ミラーマンは明後日の方に向かって呟いた。
「実験、かな」
翌日。
現実世界での買い物途中、運悪く長い渋滞に捕まり手持ちぶさたになったタクシーはなんとなしにカレイドスコープを覗いて仰天した。
「わっ!」
ミラーマン手製のカレイドスコープには中で反射して美しい世界を見せてくれるビーズのような物は使われておらず、奥にはたった今目の前にある現実の世界が写っている。それはいい。
だが問題なのは『その中に立っている人物がいる』ことだ。よく見知ったその姿に、声をかける。
「…ミ、ミラー?」
カレイドスコープの中に引っ越した友人はようやく気づいたかとばかりにこちらを指差してふんぞり返る。小さな鏡の間となっている中で傍らのテーブルからスケッチブックを取り出すとこちらに向かって掲げて見せた。
『反射による立体映像の応用』
その文字を読み上げると、あまりの衝撃にパニックになっていたタクシーはようやく落ち着きを取り戻した。
「立体映像…じゃ、本体のお前じゃあないんだな?」
頷く。だがその表情は少し嫌そうだ。
分身とはいえ真実の鏡、偽物扱いされたのが不服なのだろう。
「いや悪い。…でも本物なら外には連れ出し禁止だからな…」
その一言で小さなミラーマンの機嫌が急激によくなる。それに伴い、万華鏡の中に写る映像が切り替わった。
そびえ立つ白い連峰。
満面の笑みでそれを指差すミラーマン。
「山…?って…今からかよ!?」
それからというもの、タクシーは次から次へと連れ回させられる羽目になった。
夜空のキリマンジャロ、華やかなオペラ座、陽射しの強い白いレンガ街、紺碧の色をした海。万華鏡の中のミラーマンは次から次へと絶景を望んだ。
最初は仕方なく付き合ってやっていたが、望み通りの場所に連れていくと万華鏡の中のミラーマンがそれに合わせて衣装を変えるのが面白かった。
山ではハイカーのような格好でたき火を囲み、オペラ座では着飾った客達の中で一等高貴な佇まいを見せる。レンガ街では陽射しに目を細めながら野良猫に興味を示し、海では大きなサングラスをかけてビーチパラソルの下で寛いだ。
「…こうして誰かと連れだってドライブするのも久しぶりだな」
信号待ちの間、タクシーはそう口に出してから程なく自分のその失態に眉を寄せる。
いや、正確には自分達は確かにそれぞれ『一人』であるのだ。ミラーマンの本体は迷界のあの部屋に閉じ込められている。ここにいるのは本物のミラーではなく、鏡が作った虚像。助手席で窓の外を見ながらはしゃいでいる青年も万華鏡から目から離すとそこにはいない。
…以前ならば、この車の助手席にはタイヤが、パブリックフォンが居た。
だがタイヤはタクシー自らが炎を分けて岩屋に縛りつけた。そのせいで苦しみ今もタクシーを呪っている。
パブリックフォンは一度はその首に手をかけたタクシーに怒りと憎悪の言葉を残して去っていった。今でもタクシーの裏切りを恨んで他人を信じられずにいる。
だがそのことについて、後悔は微塵もない。そうするしかなかったのだと言い訳をする気も起きない。
だが二人を失ってはじめて、タクシーは本当の独りになった。
長い道のりを運転する彼の傍らには、今はもう…。
万華鏡を覗くとそこには上機嫌な友人がいた。自然、笑みが浮かぶ。
本当なら虚像であろうがミラーマンが外に出るなど許されない事である。
だから万一にも妙な動きをしないよう、繰り返し万華鏡を覗き込む。
これは監視だ。ミラーが外の人間とコンタクトをとらないか、泳がせて見張っているのだ。
今だけ。今だけだ。
危ないようなら旦那に報告する。
危なくないなら…上手くすればもしかしたら、俺が見張ってさえいれば…コイツも外に出られるようになるかもしれない。
そうしたら、今度こそ。
信号が碧に変わる。
「…楽しいな、二人旅ってのも」
アクセルを踏み込む直前、思わず口をついて出た言葉に助手席の幻は何も言わず、ただ一度…後ろ姿だけで頷いた。
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モチベーション駄々下がりなのでとりあえず半分だけ先行公開。
需要があれば続ける
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