GHS短編
□3月「kiss her shadow」
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「平和ねぇ〜」
グレゴリーハウスの談話室でキャサリンはのんびりとため息をついた。
今日は週に一度の公休日。看護婦業も今日だけはお休みである。勿論急患には対応しなければならないが、それでも『お休み』というそれだけで大分気分がよい。
素敵な恋愛映画を観ながら、大好きなドーナツを思いきり食べる。
「うふふ〜♪オフはやっぱりこうでなくちゃ〜…」
いただきま〜すと最初の一口をかぶりつこうとした時、にわかに廊下が騒がしくなる。
次の瞬間、青ざめたグレゴリーとボーイが談話室に飛び込んできた。
転がり込んだ勢いのままグレゴリーがマスターキーを使ってドアを施錠する。ボーイが悲鳴に近い絶叫をあげた。
「グレゴリーさん!外にまだガンマンが!!」
呼応するように廊下から叫ぶ声が聞こえた。
「オレに構うな!逃げろアミーゴ!メイドに…メイドにされるぞッッッ!」
「お客様、早くバリケードを!彼奴の献身を無駄にしてはなりません!!」
グレゴリーとガンマンの言葉に唇を噛みしめてボーイが大量の板をドアに打ち付ける。
ドアの向こう側で六発の銃声が響いた後、荒野の男の断末魔がこだました。
「ぎゃああああーーーッッッ!フリルが…フリルがぁあああーーーッッッッッッ!!!」
「ああ、また一人犠牲者が…!」
「くッ…立派な最期じゃったぞ…サボテン野郎め!」
ドーナツを頬張ろうとしていたキャサリンの細い顎がカクンと落ちる。
その時、テレビジョンにザザッとノイズが走り、メイド姿をした少女が写し出された。
「どこに逃げたって無駄無駄よ!大人しくメイドになりなさーい!」
画面越しにガールがビシッと指を突き付ける。
キャサリンの手からこぼれ落ちたドーナツがころりと転がった。
思えば…ここニ、三日ガールの様子がおかしかった。
普段からは考えられぬほど…難しそうな顔で何かを思い悩んでいたかと思うと、エンジェルドッグやロストドール達とこそこそと話しこんでいたり…。かと思えば丸一日部屋に閉じこもっていたり…さらには、元気が服を着て歩いているようなガールが目の下にクマまで作っていたのだ!
思えば…なぜあの時点で、自分はさっさとホテルから逃げ出していなかったのかと考えると返す返す口惜しかった。
とにかくそんなことがあったのが昨日までで、ガールが本格的に壊れたのが今朝からの状態である。
朝食を終えて何人かが食堂で談笑していた時だった。
満面の笑みを浮かべたガールがやってきて、朝の挨拶を交わすより先に、バサリと大量の衣類がテーブルの上に山盛りにされたのは。
「おはよう皆ー!やっと出来上がったわー!!」
「えっと…おはよう、ガール?一応聞くけど…これは何だい?」
本当は聞かなくても分かる。フリルにレースにリボンにエプロンのついたスカート…だいたい想像はついたがそれを認めるのを頭が拒否していた。
「何って、メイド服よ?ボーイ知らないの?メイド服はね!メイドさんが着る服よ!」
ガールの言葉に脳内で警鐘が鳴り響いた。
視線を逸らさぬまま、じりじりと椅子を引く。
「へぇ!そうなんだ〜…で、なんでそんなものがここにあるのかな?」
「あら、そんなものなんて失礼しちゃうわね!ロストドール達と一緒に頑張って作ったんだから!!ほらほら名誉の負傷よ!」
「それは大変だったね…」
ガールが指をひらひらさせる。全部の指に絆創膏が貼ってある姿は痛ましかったが、あいにく今はおばあさんに化けた狼を相手にしている気分だった。
「ところで…なんでこんなにいっぱいメイド服があるんだい?」
嫌な予感しかしないことを口にしながら僕はテーブルクロスの影でスピードプラスを使った。
「着てもらうために決まってるじゃない!」
ガタッッ!!
その言葉に、男達は全員椅子を蹴散らして立ち上がった。普段ならば不作法を咎めるはずのシェフは真っ先に厨房に続く扉へと駆け出していた。
ガールは相変わらずニコニコと笑って腰かけている。何かおかしい。シェフの手が扉を開いた途端、その口の端がニィと歪んだ。ガールが吠えるように叫ぶ。
「「逃がさないわよッ!!」」
「!?」
外から聞こえた声に扉を閉めるより先に、ボン!!と音を立ててシェフがピンクの煙に包まれる。
煙が晴れて現れたのは…赤いメイド服に身を包まれたシェフ。そして高笑いを響かせる小悪魔の姿だった。
「あははははは!!サイッコー!似合ってるわよぅシェフぅ〜♪」
フリルつきのメイドの言葉の槍がシェフの傷口をぐりぐりと抉っている。風もないのにふっ…と灯火を消されたシェフがバタリとその場に膝をついて動かなくなった。
「厨房の方はエンジェルが固めてるわよ…」
座ったままのガールが静かに語る言葉にエンジェルドッグがニヤリと笑う。
「そーゆーこと!大人しくメイドさんになりなさぁい♪それっ☆」
「キャーッ!」
エンジェルドッグがステッキを振ると近くにいたカクタスガールが煙に包まれる。なぜか眼鏡つきのメイド姿になったカクタスガールにエンジェルが抱きつく。
「あーらカワイイわよぉ☆ちょーっと地味だけど。アタシの専属メイドさんにしたいくらいだわ!ねぇ…ガ・ン・マ・ン?」
「あ、兄ちゃ〜ん!!」
「…妹よ!すまねぇ…助けに行けないオレを許してくれッ!!」
エンジェルドッグの露骨な挑発に、カクタスガンマンは断腸の思いで背を向けた。行けばミイラ取りがミイラならぬメイドになるのは目に見えている。シェフとカクタスガールには申し訳ないが…男には退かねばならない時があるのだ…。
もう一つの退路。
食堂の入口へと人の波が押し寄せる。
「何やってるんだ!サッサと逃げるぞ!」
「ロストドールの怨念だよ…扉が開かないんだ!」
「しょーがねぇな…不可抗力ですから俺の給料から引かないでくださいよ、旦那?…退いてろお前ら!」
タクシーが渾身の力で扉を蹴りつけた。
ガコォンッ!!と轟音を響かせて扉が蹴破られる。
「開いた!!」
飛び出そうとした者たちをタクシーが止める。
パラパラと木屑と粉塵が舞う中を…前方に人影が立っていた。
タクシーが眉をひそめる。
「なんだ。道理で静かなはずだと思ったら…お前も『そっち側』か…?」
「そーゆーこと。ヘイ、タクシー…一着どうだい?」
安くしとくぜ?と、吊るされた大量の衣装を背に札束を懐に入れた赤いメイドが薄く笑った。
「男らしさ?男のプライド?ハッ…そんなモンで腹は膨れねぇーよ…なぁ、そうだろお前等?」
いっそ男らしいことを言ってメイドパブリックフォンが緑の容器を投げ捨てる。壁にぶつかってガシャンと音を立てて割れたソレはとても馴染みのあるものだった。
「スピードプラス…!」
赤いメイドがくるりと回る。ふわりとスカートが広がった瞬間、全員が目を閉じた。
目を開いた時にはすでに目の前を大量の衣装とメジャーを持ったパブリックフォンが立ち塞いでいた。
…なんて効果的な眼つぶしなんだ…!!
「衣装は全部人形の嬢ちゃんの怨念入りだからなぁ…一日は脱げねェけど、ちゃーんと着付けしてやるから安心しろよー…」
札束にキスして、メイドと言うには邪悪すぎる笑みを浮かべたパブリックフォンが笑う。
「さぁて…誰から先に変身させて欲しい?ご主人様ァ」
その笑みはどう考えても冥土に導く系のメイドだった。
「前門の詐欺師、後門の天使か…まいった。ガール。僕達の負けだ…」
退路は二つとも完全にふさがれている。もし仮に力押しで通ろうとしても、ガールが黙っちゃいないだろう。
だから僕は大人しく両手をあげた。
そして…手のひらに隠したコインを落とす。
チャリーン!という涼しげな音にがめついメイド二人が気をとられた隙に、駆け出した。
僕のそばにいたカクタスガンマンとグレゴリーさんもつられて走りだす。なんとか包囲を抜けられた!
「あーッ!待ちなさいよアンタ達!!行くわよカクタスガール!」
「えっ…こ、このカッコで?!待ってよエンジェル!!」
談話室の方へと逃げたボーイ達をエンジェルドッグとカクタスガールが追いかけていく。
「…貴方達は逃げないの?」
ガールの言葉に、残された審判とタクシーはそろって頷いた。
「だって、ガールが自分のことでわがまま言うなんて珍しいからさ!叶えてあげたいじゃないか!…ボーイ達は脊髄反射で逃げちゃったみたいだけど、きっとそのうち気づいてくれるよ!グレゴリーは…うん。まぁ時間の問題だし!」
「どうにも勝ち目がなさそうなギャンブルだしなー。コイツの言うとおり、勝ってもいくらにもなりゃしねぇし」
「おい足どけろよタクシー。お前ぜってー踏んでるだろコイン。」
踏んでません!じゃあ足どけろよ!逃げなかったんじゃなくて逃げられなかったんだろオメーは!という器の小さい争いをBGMに、ガールはイスから立ち上がり、審判小僧に頷いて見せた。
「そう。貴方はなんでもお見通しね審判」
「真実の天秤だからね!さぁガール!行くんだ、君のわがままを通しに!!」
「ええ!」
ボーイ達を追いかけ、食堂を飛び出していったガールの背を見送って審判は頷いた。
小銭を奪い取ったパブリックフォンが小首を傾げて尋ねる。
「じゃあ着替えるかーお前ら?もう気づいてんだろ?この呪いのメイド服の秘密」
パブリックフォンがスカートをちょいとつまみあげる。目を固く閉じて二人は頷いた。
「うん!どんどんスカート丈が短くなるんだよね!!一人毎に3センチ!」
「ああ、逃げれば逃げるほどミニスカだろ?…シェフは幸せだよなー、一番最初で」
パブリックフォンが微笑みを返す。おどけたような仕草で恭しくお辞儀してみせた。
「そーゆーこと。オレ達も一応ギャラは貰ったけど、ガールには日頃世話になってるしなー。うまくいくようにいろいろ考えたんだよ。だからさァー…」
そのままの姿勢でテーブルクロスの下に隠れていたクロックマスターの怯えた顔をのぞき込み、肉食獣のような笑みを咲かせた。
「アンタがどんだけ時を戻そうが進めようが、無駄だぜ。ご主人様よォー?さ、どうする?アンタもメイドにして貰いたいか?」
それともおっさん…超ミニ履きてぇ?とメイドはやがて来る悪夢を囁いて嘲笑った。
「いっぱい遊んだねー!」
「遊びましたねぇ〜」
はしゃぐ子供達に、ミイラパパは目を細めた。
今日は診察室が休みのため、久しぶりに朝ご飯のすぐ後から子供達が遊ぶのを見守っていたのだ。
「一緒に遊んでくれてありがとう!坊やのお父ちゃん!」
「いえいえ、いいんですよマイサンくん。こちらこそ、いつもウチの息子と一緒に遊んでくれてありがとうございます」
頭をなでると、へへっとはにかむ姿は子供の中では年長とはいえまだ幼い年齢相応に可愛らしいものだった。
「オイラお腹すいたよぅ父ちゃん!」
「そうですねぇ、少し早いですがおやつにしましょうか?」
シェフはもういらっしゃいますかねぇ?とミイラパパは食堂の扉を開いた。
「見ろよ審判これきっとお前んトコの親分用だぜ!」
「すごいや全身金色!こんなに自己主張の激しいメイド見たことないよ!!」
「いやいやお前も結構ひどいからな?なんだよその審判色ボーダー!!」
「お願いします!わしもメイドに…メイドにしてくださ…!!」
「あぁん?聞こえねぇなぁ〜?お電話がちょーっと遠いようでございますよご主人様ァ!オラもっとでかい声で『メイドになりたい』って言ってみろよ!」
「…メ、メイドに…メイドになりたい…!!」
「ぎゃはははは本当に言いやがったよこのおっさん!」
バターーーーンッ!!
「ど、どうしたの?ミイラ父ちゃん?」
開いたばかりの扉を突然閉めてしまったミイラパパを不安げな表情を浮かべて見上げるマイサン。
その手を強く握りしめて、ミイラパパは出来るだけ優しい笑顔を浮かべた。
「…マイサンくん。辛かったら遠慮せずにおっしゃってください?いつでも、私の息子として受け入れますからね…!」
「えっ!?」