りたーんず

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坂道を転がるように、事態は進んでいる。
僕達のあずかり知らぬところでー…


カクタスガンマンの話によると、グレゴリーとガンマンがボーイの部屋に駆け込んだ、その十分ほど前…カクタス兄妹はちょうど自室を出たところで、廊下を歩いていた『ボーイ』にばったり出くわしたのだそうだ。

「ようアミーゴ!ここで会えたのも運命だな!ちょうどアンタ達を訪ねようってとこだ。妹がセニョリータにどうしても会いたいっていうんでな…ところでセニョリータは?」

ただしガンマンの手には大量のバラが抱えられている。…明らかにカクタスガールの用事、というのは建前だろう。けれども、そのボーイはすまなそうに笑って首を振るだけであった。

「やぁガンマン。あいにく今日はまだ彼女をみてないんだ」
「…そうか。そりゃあセニョリータにはすまねぇことをしたな…オレ達のせいだ…だからこれから見舞いにいくことにする!!ところで…アンタの方の傷はもういいのか?」
「ええ、もうすっかり治りましたよ」
「そうか!」

それを聞いたガンマンはカクタスガールを庇うように前に出て、ホルスターから銃を引き抜いた。いきなり銃口を向けられたボーイが驚いて後ずさる。

「い、いきなり何を!?」
「とぼけんな!こんな真っ昼間からアミーゴが堂々とこの辺を歩いてるもんか。それに…セニョリータにも隠してる傷のことを、アミーゴが素直に白状するハズが無いんだよ。正体を表しな!ニセモン野郎」

それを聞くと、ボーイは突然、笑い声をあげた。その歪んだ笑顔はまるで作り物の顔のようで、見ていてゾッとするような強烈な違和感を放っていた。

「ぎゃはははッ!なんだよなんだよ?ガンマンに見破られるとはな…こいつはいったいどんな奇跡だ?」
「その声はパブリックフォンか…?ずいぶん久しぶりだな…と挨拶したいところだが、オレのアミーゴの姿をして何企んでやがる?」

笑い終えたパブリックフォンはボーイの姿のままで肩をすくめた。

「へぇ…アミーゴねぇ?それじゃあ後で慰めてやれよ。まあ…二度と部屋から出たいとは思わないだろうけどな」
「何をする気か知らないがな…悪いことは言わねぇぜ、今すぐ止めとけ」

ガンマンの説得をパブリックフォンは嘲笑で返した。愉快そうに細められたその目には、よく見ると怒りが宿っていた。

「嫌だね。あいつらにオレをあんな目に遭わせたこと…敵に回したことを、たっぷり後悔させてやる」
「言っても分からない奴だな!」
「撃てるもんなら撃ってみろ、ヘボガンマン!お前の弾なんて当たるかよ!!」

パブリックフォンの挑発に、兄を侮辱されたことで激昂したカクタスガールが投げ縄を投擲する。

「兄ちゃんをバカにするなッ!!」
「おっと!危ない」

投げ縄はパブリックフォン目掛けてまっすぐに飛んだ。しかし、その縄がかかる直前、一瞬で状況は大きく変わった。突然、縄の進行方向に思わぬ相手が出現したのだ。

相手もまさか出現したとたんに投げ縄が飛んでくるとは予想できなかったのだろう。縄に絡み取られたマイサンが悲鳴をあげた。

「うわあーッ!!」
「マイサン!?きゃあッ!!」

「ギャハハハ!こりゃ傑作だな!急な時間の停止にご注意くださいってか?」

投げた縄にひっかかったマイサンが倒れ、カクタスガールに衝突する。縄に絡まる二人を見て、パブリックフォンは大笑いしながら逃げ出した。

「面白いモノ見せてもらったぜ!じゃあな!」
「ちくしょう!アイツめ…大丈夫か、お前達?」

ガンマンはパブリックフォンを追いかけることよりも、二人を助け出すことを優先させた。ロープをほどくとマイサンがしょんぼりしながらも、ありがとうと礼を言った。

「マイサン…お前さんどうしていきなりあんな所に現れたんだ?」
「あのね!オイラ、アイツを追っかけてたんだ!」

カクタスガンマンの問いかけに、マイサンは思い出したかのように再び怒りだした。

「父ちゃんが『ようやくキノコの影響が出なくなったから』って、バーでお酒飲んでたんだ!飲み過ぎでフラフラだったからもう帰ろうって言って、バーを出ようとしたらアイツがいて…アイツ、父ちゃんの顔にパイをぶつけたんだ!!」
「…パイを…ぶつけたのか?」

なんとも微妙な反応しか出来ない。パブリックフォンのやり方にしてはどうも地味すぎる嫌がらせだ。しかし、マイサンの説明は続く。

「うん。それが…またあのキノコのパイで…父ちゃんまた泡吹いて倒れちゃって…」
「そいつはひどいな!」

地味な上に効果はバツグンだったようだ。おそらくカクタスガンマン達に会ったのはバーから逃げる途中だったのだろう。もしも正体に気がつかなければ、自分もパイの餌食になっていたかもしれないと思うとガンマンはゾッとした。

「だからオイラ父ちゃんのカタキうちで時間を止めたり、飛ばしたりして追いかけてきたんだけど…」
「大変だったな、マイサン」

それで運悪くカクタスガールの縄にかかってしまったらしい。カクタスガールがおずおずと尋ねた。

「それで、マイサンのお父さんは大丈夫なの?」
「あっ!いけない!オイラ追いかけるのに夢中で、父ちゃんを置いてきちゃった!」

オイラ戻るよ!ガンマン達も気をつけてね!と言い残し、慌ててバーの方へと駆けて行く小さな背を見送り、ガンマンは考えていた。

パブリックフォンの言っていた『二度と部屋を出たいとは思わなくなるだろう』という言葉を反芻し、その意味を理解した途端、ガンマンは青ざめた。

「こりゃあ大変だ!!」



「それじゃあ…あの詐欺師さんが、ボーイの姿で他の住人達に意地悪して回ってるってこと?」

珍しく理解の早いガールにホッとしかけて、僕は慌てて気を引き締めた。問題はむしろこれからなのだ。

「ガール、最低限の荷物をまとめよう…ガンマン達の話が本当なら…じきにここにもマイサンやクロックマスターがやってくると思う。今のうちにどこか別の場所に隠れなきゃ」
「そうね〜…待ち伏せされたら大変だし〜。いったんどこかに身を潜めた方がいいわよォ〜?」

キャサリン達が自室で匿うことを申し出てくれたが、僕は首を横に振った。

キャサリンやネコゾンビの部屋は、僕達の部屋と同じ並びにあるため見つかる危険性が高い。カクタス兄妹も、隣室にロストドールがいるため行動が制限される危険がある。それに、誰にせよ、もしもの時には巻き添えにしてしまうかもしれない。

「じゃあ審判小僧の部屋は?灯台モトぐらしってことで!案外バレないかも!」
「「「よし、そこにしよう」」」

全員がガールの提案に即座に頷いた。
彼なら多少巻き添えになっても頑丈だから大丈夫だろう…それに、今までのことを考えると多少の迷惑くらいはかけても許される気がした。

「じゃあまずは、審判小僧を探さな…きゃ…?」

最低限の荷物を持って部屋を出たところで僕達を待ち構えていたのは、ある意味時計親子より恐ろしい存在だった。

「あっおじちゃん!さっきはありがとね!だからボク、お礼しにきたよ!」

ドアを開けた途端、そこにジェームスがいた。この際、それはいい。だが問題なのは…ジェームスが肩に担いでいるビデオカメラだった。

「…な、何してるんだいジェームス?」
「コマーシャルだよ!このカメラはねぇ、Webカメラって言って、テレビフィッシュでホテル中にセンデンできるんだー!これで『なんでも屋』にお客さんがいーっぱいくるよ!ぼく、エライでしょ?」

ニヒヒッっとジェームスが笑って構えるWebカメラには、僕とガールの青ざめた顔がバッチリと映し出されていた。


なんてことだ…ホテル中に、僕達の存在がバレてしまった!!…いつかこんな日がくることは半ば覚悟していたが、まさかこんなタイミングで…!と、僕が頭を抱えた時、図書室の方から子供が二人、駆け寄って来た。


「あ、ジェームスみっけ!あそぼう〜」
「今日はボクもいっしょなんだよ!遊んで遊んで〜…あれ?」

そして、ミイラ坊やの後を元気に走ってくる…ルーレット小僧と目が合った。驚きに開かれた丸い目は、瞬き一つでキラキラと輝きだす。

「キミたち、戻ってきたんだ…ってことは…またいっしょに遊んでくれるんだね!?」

ルーレット小僧の影法師から、双六のマス目が猛スピードで壁や床を埋め尽くしながら廊下を迫ってくる。

「やばい…!」
「逃げるわよっ!ボーイ!」

踵を返したそこには廊下いっぱいに広がるマス目があった。止まることもできず踏み越えて逃げ出した僕たちの背後で、プラカードを持った黒子がくるりとそれを裏返す。
『STONE』という文字が見えた途端、図書室のドアを突き破って巨大な石が僕達めがけて転がってきた。

「「ウソでしょーッ!?」」



その頃、偽ボーイ…パブリックフォンは厨房の冷蔵庫を漁って腹ごしらえをしていた。早くホテル中を敵に回して逃げ惑う彼奴らが見たいものだが、あいにく『次の指示』はまだだ。全体的にヒット・アンド・ランの作戦のため、こちらには上手く立ち回ることが求められている…今のうちに食べておかないと、さすがに体力が心配だ。

その時、ノックも無しに食堂の扉を開いて、派手な服をきた青年が現れた。

「あれ?珍しいね〜!つまみ食い?ご飯前に食べるとシェフに怒られるよ?」
「なんだ審判小僧か…驚かさないでよ。お腹減っちゃってさ。シェフには内緒にしててくれる?」
「いいよ!だってボクもつまみ食いしにきたんだもん!」

今日はグレゴリーのデザート用のチーズケーキがあるって知ってるんだ〜♪と審判が鼻唄まじりに冷蔵庫を漁りだす。こっちの正体はバレていないようだが、そのつまみ食いはバレたら大変なことになるんじゃ…と思いつつ黙っていると、審判がケーキをパクつきながら愚痴をこぼしはじめた。

「だってさー今朝から吊り椅子の調子がおかしくって、ずーっと歩きっぱなしなんだもん。お腹も減るよね!…そうだ、ボーイならあの椅子直せるかな?」
「うーん…さすがに無理じゃないかな?」
「そっかー」

チーズケーキを食べ終えた審判が、笑顔で首を傾げる。

「ところで…君、誰?」
「?なんのことを言って…!!」

逃げる間もなく、審判小僧の左手から放たれた鎖がパブリックフォンの体に巻きついて動きを封じた。当の審判はいつになく厳しい表情を浮かべている。

「とぼけても無駄だよ。ボーイは自分から厨房に入ったりしないんだ。シェフがおっかないみたいだからね。…君、パブリックフォンだろう?」
「…なんだ、またバレちまったのか」
「真実はいつも一つだからね!」
「お前らはいつもそればっかだな…」

苦笑いとともに肩をすくめたパブリックフォンは、不意に眉をひそめて審判小僧の顔をじろじろと眺めた。

「なんだ…他人の空似か。紛らわしい顔しやがって」
「え?」
「お前によく似た先輩いるだろ?そいつと…昔ちょっとした縁があっただけだ」

審判が『自分によく似た先輩』について考える前に、パブリックフォンの顔から笑みが消える。無表情の完璧な変装の中で、そこだけは自前の瞳をギラギラと憎悪に輝かせ、氷のように冷たい声で吐き捨てた。

「それも昔の話だからな…今のオレはお前らに対して何も思っちゃいねぇ。邪魔するんならお前でも容赦しないぜ?怪我する前に引っ込んでな天秤野郎」
「君の方こそ、彼らの仲直りを邪魔してるじゃないか!」

審判がしかりつけるように口にした台詞に、パブリックフォンが再び嘲笑を浮かべる。

「はあ?仲直り?…そんなことして何になる?オレが邪魔しなくても、いずれまたあいつらは裏切るぜ。たとえこっちが裏切らなくても、必ず相手に裏切られる。必ずだ。それが真実ってモンさ。お前らの大事なお友達だってなぁ…『一時的に』だ。今は敵じゃないだけにすぎねー」

パブリックフォンはそう言いながら己の腕を縛り付ける鎖を指先で弄んで、ハートの入った籠を引き寄せると両手で掴んだ。

「…知ってるか?仲違いの種はそこらじゅうに撒かれてるんだぜ?…こんな風によ!」

審判小僧は、ジャッジ以外では開くはずのない籠からパブリックフォンがハートを取り出すのを唖然として見ていた。

「残念、ツキは今オレに味方してるんだ」

パブリックフォンが振りかぶって投げたハートはきれいな放物線を描いて鍋の中に着水した。…ちょうど、中庭から戻ってきたシェフの目の前で。

ボーイの姿をしたパブリックフォンが、すかさず叫ぶ。

「シェフ!審判小僧が鍋にいたずらを!!」

ハートがぐつぐつと煮込まれている鍋を見たシェフは、持っていた野菜かごを取り落とし、審判小僧に向けて包丁を振りかぶった。

「審判小僧…鍋にイタズラした…ゆ〜る〜さ〜な〜い〜!!」
「ひえぇッ!?ちょっ…ちょっと待ってボクじゃないよ!」
「問〜答〜無用〜〜〜!!」

審判小僧は襲いかかってくる包丁から逃げ出すと食堂に停めておいた吊り椅子に飛び乗り、全速力で食堂を飛び出した。ボーイとガールが右側から猛スピードで走ってきたのは、ちょうどその時だった。

「「退いてぇええーーー!!」」
「え?」

止まりきれずに審判小僧の吊り椅子にぶつかった二人は、その場に尻餅をついた。吊り椅子が大きく揺れる。脳まで揺らしかけながら慌てて全員が相手に謝った。

「「「ごめん!追われてるんだ!!」」」

「「「え?」」」

三人が互いに顔を見合わせて首を傾げたその時、ガクッ、と嫌な振動がしてレールに吊り椅子を吊るしていたフックが外れた。

ガシャーン!という大きな音とともに審判小僧は吊り椅子ごと床に叩きつけられた。審判小僧は気を失ってしまったが、ボーイとガールの二人を下敷きにしなかったことは運がよかったとしか言えない。

しかし…ホッとしたのもつかの間、ミシミシと音をたてて老朽化していた床にヒビが入り、次の瞬間、三人は暗い闇の中へとまっ逆さまに落ちていった。


「!?うわぁーーーッ!!」
「キャーーーッ!!」





…坂道を転がるように事態は進んでいる。
ただし…坂道を転がるモノは最終的に穴のなかに落ちるものと、相場が決まっているらしい。


――――――――
お待たせしました40話!

主人公達に次々と立った死亡フラグ、そしてとうとうバレてしまった帰還。さらには主人公達が全員ボッシュートです。

これからどうなる?次回、探検〇〇〇!!

お楽しみに!



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