りたーんず

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「ねぇねぇおじいちゃーん一緒に遊んでー!」
「ジェームス、ワシは今ホテルの補修作業で忙しいのだ。そんな暇ないわい」

グレゴリーの眼前ではロビーの床が一部、歪んで軋んでいる。この老体ともども古いホテルには、傷み、修繕を必要とする箇所が多く存在する。もっとも、好き勝手に暴れる住人どものせいという部分もあるのだが…。

その原因の一人でもある彼の孫は唇を尖らせて、自分の誘いを断った祖父に後ろ手に隠していたモノを見せつける。

「ちぇーツマンナイの!…じゃあこれは遊んでくれるまでボッシューだね!バイバーイおじいちゃーん!」

グレゴリーは見た。駆け出した孫の手に、大事に大事に隠しておいたはずの『ピンクの表紙』が握られているのを…。

「!あれはッ…ま、待ちなさい!こらジェームスッ!!」
「わーい!こっこまでおいでー!ニャハハハハハ!」

何事もない、ごく普通のグレゴリーハウスの1日が始まろうとしていた。



「…ふ〜む、どうしましょうか」

ミイラパパは頭痛のする思いで青竜刀の刺さった頭をボリボリとかいた。

目の前には壊されバラバラになった電気椅子。そしてちぎれた革ベルト…。
医者いらずの素晴らしい椅子だったが、これでは作り直して貰う他ない。

「まぁこの椅子で診察代を節約したおかげで待っていただいていた宿泊費もちゃんとお支払い出来ましたし…もうお金の心配はしなくてすみそうですね。それでは、今日はキャサリンに診察していただきに参りますか!数日ぶりですから、きっと悪化しているんでしょうなぁ!」
「わ〜い!シンサツシンサツ〜」

大はしゃぎの坊やと一緒に部屋を出ようとしたところで、外からノックの音が聞こえた。扉を開けるとそこにはバッテリーを持ったボーイが立っている。

「こんにちは、ミイラパパ。バッテリーの交換に来ました。調子はどうですか?」
「おや、ボーイさんでしたか。こんにちは」
「こんにちわー!」

元気よく挨拶する坊やにボーイは笑みを深め、坊やにもこんにちはと繰り返した。

「そうだ、ミイラ坊や。さっきジェームスが探してたよ?一緒に遊ぼうって」
「ホント!?ねぇ父ちゃんあそびに行っていーい?」
「ああ。いってらっしゃい。お昼には一回戻るんだよ?」
「うん!」

元気に駆け出していく坊やを見送った後で椅子がバラバラになっているのを見つけ、ボーイが短く悲鳴を上げた。

「うわっ!?なんですかコレ…バラバラじゃないですか!これはひどいなぁ…一体どうすればこんなことに…。あのパブリックフォンって人が壊したんですか?」

その言葉に、ミイラパパはようやく違和感の正体に気がついた。気がついた、が…ただただのんびりと首を傾げただけだった。

「ああ、そういえば昨日からお見かけしていませんねぇ〜…かくれんぼですかね?」
「え!?それじゃああの人はどこに行ったんです?まさか逃がしちゃったんですか!?」
「さぁ…きっと革ベルトを引きちぎれるほど、元気になったんですな!」
「それを逃げたって言うんですよ!どうするんですかいったい!」

ボーイのあまりの慌てぶりと剣幕にもミイラパパはひたすらのんびりとした様子で頭を悩ませて、結論を出した。

「そうですねぇ…それでは支配人さんに一度ご報告に行きましょうか?」
「はぁ…そうですよね。それじゃあ…」

ボーイがため息をついたその瞬間…バチィ!と強烈なフラッシュが瞬いてミイラパパの体は床に倒れた。


「ちょっと眠っててください?」
「?…何でしょう急に眠気…が…」

見上げた視界に写る高圧電流のバッテリーに繋がったコードを自分の体に押しつけて笑うボーイの顔を最後に、ミイラパパの意識は闇にのまれた。

「ふん、頑丈な奴…まぁいいや。悪く思わないでくださいね?アンタに起きてられるとこっちが困るんですよ」

冷笑を浮かべたボーイは気絶したミイラパパを手早くロープで縛り上げ、クローゼットへと押し込んだ。廊下に出ると、ミイラパパから奪った鍵で部屋の扉を施錠する。これでミイラ坊やは室内には入れない。…この『かくれんぼ』は、簡単には見つけられないだろう。

「…まず一人」

彼が首から提げた赤いヘッドフォンに向けて呟いた時、騒がしく駆ける足音が廊下を近づいて来た。

「ジェームス!ようやく捕まえたぞッ!観念して早くそれを返すのじゃ!」
「ヤだよ〜だ!あっ!いいところに…おじちゃんパスッ!!」

振り返った瞬間、彼はすでにいつものボーイの顔をしていた。その顔面に突然飛来した雑誌が叩きつけられる。ジェームスによって投げられたグレゴリーの愛読書は引力に従ってボーイの足元に落ちた。
飛んできた方向を見ると、グレゴリーとジェームスが掴みあってお互いに相手の動きを封じながら叫んでいる。

「パスしたからねッ!絶対おじいちゃんに渡しちゃダメだよッ!」
「オーノゥッ!お、お客様雑誌…じゃない、お怪我はご無事ですかッ!?」

ボーイは無言で拾い上げ、パラパラと一通り目を通してグレゴリーに白い目を向けた。

「…ちょっと過激すぎやしませんか?グレゴリーさん、これ法律的にどう…」
「そそそのような有害図書は私の物ではございません!それから、決して違法ではございませんからね!?昔は規制が緩かったのです!」
「ボーイにあげる!だからおじいちゃんには絶対渡しちゃダメだよ!」
「ジェームス!お客様、お渡しくださいませ。その本はもう絶版…ゴホンッ、処分致しますので!!」

「………ふぅん?じゃあ…」

ボーイは雑誌を手に二人に近づいた。安堵を浮かべるグレゴリーの眼前に雑誌を突きつけて満面の笑みを咲かせた。

「ここで処分してしまって構いませんよね?」
「…え?」
「二人目…」

次の瞬間、グレゴリーの目の前でビリィッ!と音を立てて紙くずが散乱した。

呆然とする二人の目の前で、紙吹雪を散らしていたボーイが細切れにした最後のページをグレゴリーに向かって吹きかける。ひらりと舞い散るその最後の一片が床に落ちた瞬間、グレゴリーの絶叫が上がった。

「オ…オーマイガァアアアーーーッ!ワ、ワシの…ワシの本がぁあああーーーッ!!」
「すっごーーーい!今のおじいちゃん、すごく面白ーい!ニャハハハハーーーッ!」

すぐさま踵を返して逃げ出したボーイを追いかけようとしたグレゴリーの足元に、ジェームスがまとわりつく。

「ジェームス…足止めよろしくッ!!」
「ニャハハハ!オッケー!」
「こらッ!止せジェームス!彼奴を懲らしめてやらねばワシの気がすまん!待たんかキサマーーー!」

愛読書を破られたグレゴリーの怒りは、もはやジェームスの妨害如きで止まるようなモノではない。エロの恨みは恐ろしいのだ。

しかし、曲り角を曲がるとそこにはすでに誰も居なかった。グレゴリーは肩を震わせて叫ぶ。

「おのれ…どこに行きおったッ!絶対に逃がさんぞーーーッ!!」

マスターキーを取り出したグレゴリーがボーイの部屋の方へと走って行くのを見送り、脱衣所の扉が開いて潜んでいたボーイが姿を表す。グレゴリーの去ったあとの廊下を静かに歩みながら二階への階段を進む。
ヘッドフォンから聞こえてきた音声によって『ある扉』の前で立ち止まると、彼は懐から取り出した物を扉に向かって振りかぶった。その瞬間、ちょうどタイミングよく中から出てきた人物の顔面に勢いよく叩きつける。

「三人目!」


その頃…ホテル内で起こっている異変にも気づかず、僕はガールやネコゾンビと一緒にキャサリンの持ってきてくれた朝ごはんを食べていたところだった。

不意にノックというより連打に近い音が聞こえた後、何か返すより先にマスターキーを手にしたグレゴリーさんが何やら血相を変えて飛び込んできた。

「うるっさいわねぇ〜…普通返事より先に入る?」
「あ、グレゴリーさん!」
「ああ、グレゴリーさんでしたか…おはようございま」
「お客様ーーーッ!酷いじゃありませんか!あんまりでございます!貴方それでも男なのですかッ!?」

キャサリンやガールを一瞥したが、そちらには返事もしないでグレゴリーさんは僕に向かって叫んだ。キャサリンやガールがこの場に居なければ掴みかかってきていたかもしれない。

…ただ挨拶をしただけなのに僕はなんでいきなりグレゴリーさんから罵倒されているんだろうか…?やっぱり昨日、決闘の後片付けをしなかったからだろうか…?

そう思った僕は素直に謝罪することにした。しかしグレゴリーさんの怒りは治まらない。

「昨日はボヤの片付けをお願いしてしまってすみませんでした。もうガールの怪我も良くなったので今日こそは手伝いま…」
「とぼけたって無駄でございます!あれはあまりに過激すぎてもう絶版になったのですよ!手にいれるのにワシがどれだけ…!!」
「はい?」

全く話がかみ合わない。ただただ涙交じりの恨み言を聞かされて僕たちは顔を見合わせた。
とりあえず、アレって何のことですかと尋ねようとしたところで…今度は扉を蹴破って第二の闖入者が現れた。

ノックの嫌いな荒野の男が開口一番叫んだ言葉に、僕はまた困惑に突き落とされることとなった。

「大変だアミーゴ!アンタの偽物が暴れてる!!」

「はぃい!?」



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お待たせしました、2章で一番のカオスな一日のスタートです!

まずは速攻でグレゴリーさん涙目!
偽ボーイの正体はもちろんアイツですが…なんだか様子が?
次回は主人公達がさらに涙目!お楽しみに!



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